残されるって、とっても辛いことですよね
ダン!
テーブルの上に、エールの入った木の器が打ち付けられる音が響いた。
「もう空なの?」
器の中をのぞき込んだ、女性の口からつぶやきが漏れる。
「次を持ってきて!」
「リンダ……」
女性の向かいに座っていた男性が、小さく声を掛ける。しかし女性はそれをフンと言う顔で眺めると、恐る恐る近寄ってきた女給に、空になった器を差し出した。
「気持ちは分かるが、酒を飲んでも何も解決はしないぞ」
「だから飲むのよ」
そう叫ぶと、リンダは給仕が持ってきた酒を、喉の奥へ流し込んだ。
「グラディオとは子供の頃からの付き合いよ。あいつには何度も助けられた。なのにこの様。その仇すら討てない。ミルコ、あんたはどうなの? ハンナの仇を討ちたくはないの? あんたはハンナにベタ惚れだったじゃない」
「俺だって悔しい。だが俺たち二人じゃ何もできない。ギルドに応援は頼んである。それが来るまでは――」
「来ないよ」
リンダが即答した。
「そもそもミストランドへ入ったばかりの、私たちのようなぺいぺいが、処女探索を任されること自体がおかしいのよ。ミストランドに入った時、他にも新入りが一杯いたのを覚えている?」
「ああ、確かに同期が多いのには驚いた」
「陰でベテランたちが、なんて言っていたか知っている?」
「ひよっことか、そんな類か?」
「そんなのは陰口の内にも入らない。一番と二番がいないから、手と足だけついているやつの数を増やしている、と言っていたの」
「一番と二番?」
「神話同盟と薔薇の騎士よ。その手足もいつまでついているか……。それが私たち。まあ、その通りの結果だったという訳。だから誰も来ない」
そこでリンダは、店の隅で小さくなっている給仕を横目に見ながら、ミルコの側へ体を寄せた。
「あんたも分かっているでしょう? 封印柱はもう持たない。だから、最後は酒ぐらい飲ませてもらうの」
そう小声でつぶやくと、空になった器を差し出した。
「次を持ってきて!」
「ギルドから聞いてきたのだけど、暁の閃光のメンバーはこちらにいるかな?」
背後で声が聞こえた。暁の閃光は自分たちのパーティー名だ。リンダたちが振り返ると、鋭い目をした少し細身の男が、年齢からすれば少し大きすぎる娘と二人で、給仕に声を掛けていた。そしてこちらへ視線を向ける。もっとも、店で飲んでいるのは、リンダとグラディオの二人だけだ。
「あなたたちか。私はランドスルーというものだ。こちらはクラリス」
「親子連れが何の用? 見れば分かるでしょう。今は子供に冒険譚を聞かせてやりたい気分じゃないの」
「いや、冒険譚を聞くのが目的じゃない。それで、リーダーはどちらかな?」
そう告げると、ランドスルーと名乗った男は、リンダとグラディオの顔を交互に眺めた。男が連れてきた、とてもかわいらしい顔をした少女が、何か気になることでもあるのか、ちょっと小首を傾げて見せる。そのいかにも女の子らしい仕草が、リンダの鼻についた。あの女、ハンナに似ている。自分の幼馴染のグラディオを奪った女に……。
「うちのリーダーはちょっと遠いところへ行っていて、当分不在なの!」
忌々しげに答えたリンダに、男は胸に小さくこぶしを当てて見せた。
「その魂に安らぎがあらんことを」
「そんなもの、なんの――」
リンダは続けて文句を言おうとしたが、ミルコが目で制する。
「そちらも冒険者らしいね。ギルドから何か伝言でも?」
「私たちも一緒に潜らせて欲しい。こちらにギルドからの許可証と、とある人に書いてもらった推薦状がある」
男がミルコへ二枚の紙を差し出す。
「ふざけているの!?」
掴みかかろうとしたリンダの腕を、ミルコが引っ張った。
「リンダ、ちょっと待て。Sランクだ!」
「どういうこと? ミストランドからここへ来たのは、私たちだけのはずよ」
疑問の声を上げつつ、リンダは酒に濁った眼で、男の顔をじっと見つめた。処女探索に失敗した迷宮へ潜ると言うのに、この落ち着き方は尋常じゃない。
「もしかして、ミストランドからの応援できたの?」
リンダの問いかけに、男が首を横に振って見せる。
「残念ながら違う。とりあえずの所属はアビスゲイルだ」
「アビスゲイルで、Sなんてあり得ない!」
「Sと言うのはとある人の私的な判定でね。それを信じるかどうかは、そちら次第だな」
男がリンダへ肩をすくめて見せる。
「ミルコ、どうなってんのよ!」
「こいつは間違いないやつだ。お前だって、ゴライオン前ギルド長の名前ぐらい知っているだろう?」
「それって、伝説のギルド長?」
「その伝説のギルド長本人の推薦状だ」
「偽物に決っているじゃない!」
「それが本物であることと、それに基づく認定を、アビスゲイルのギルドが裏書きしている。でもこの名前……」
「まだ何かあるわけ?」
「推薦状に名前があるのは一人だけだ。もう一人は通常のギルド証。あんた、名前は確か……」
「ランドスルーだ。ランドと呼んでくれ」
「と言う事は、Sなのはこちらのお嬢さん!?」
クラリスがぺこりと頭を下げる。それを見たリンダの顔色が変わった。
「私たちの事を役立たずだと思って、馬鹿にしているのよ!」
リンダが投げつけた器を、ランドは片手で受け止めると、そっとテーブルへ置いた。
「迷宮を前にして、冒険者を馬鹿にするものなどいない。いたとすれば、それは単なる無知だ」
「ランドスルーって、どこかで聞いたことが……。あんた探究者の鷹の目か!?」
「鷹の目はよく分からんが、探究者には以前いた」
「鷹の目って、あのオールドストンの?」
リンダも目を丸くして見せる。
「だけど、どうしてあんたがCなんだ? このお嬢さんがSなのと合わせて、さっぱり訳が分からない」
「当時はかなりやんちゃをやっていてね。特に昇級の申請をするつもりが無かったのさ。それよりも、一緒に潜る相談をしたかったのだが、君たちの酒が抜けた後の方がいいだろう」
リンダが、ランドへフンと鼻を鳴らす。
「あんたたちも運が悪いね。明日の朝まで封印柱はとても持たないよ。それにもう夜中だ。今から馬をしゃかりきに走らせたって、逃げきれない」
それを聞いたクラリスが、ランドへ向かって口を動かした。
「こそこそと何の話をしているの!」
声を張り上げたリンダへ、ランドが両手を上げて見せる。
「悪く思わないでくれ。クラリスは口がきけないんだ。それで唇を読ませてもらった。封印柱についてはクラリスが頑張ると言っている。俺たちは封印柱の近くでキャンプを張るから、酒が抜けたらそこまで来てくれないか」
そう告げると、呆気に取られているリンダとミルコを尻目に、奇妙な二人連れは、酒場の外へと消えていった。
ご迷惑をおかけしてすいません。切れが良くなかったので、当初投稿した際の最後の部分を、次の投稿の先頭へ移動しました。




