やっぱり、旅は続くよどこまでも~~!
アルフレッドは、かつて城の中庭だったところを歩いている。そこは得体のしれない力に支配された、この世界の一部ではない何かに変わっていた。アルフレッドは何かに押さえつけられ、石の隙間から抜け出せないでいる黒い影たちへ視線を向けた。
「リリスのお陰だな」
アルフレッドの口から言葉が漏れる。黒い影たちは、城壁の側でもうごめいているが、それらもアルフレッドの方へは近づいて来ない。視線の先では、鎧の隙間から血を流す、多くの死体も横たわっているのが見えた。アルフレッドはそれらを一顧だにすることなく、その隙間を通り抜けると、瓦礫の間に転がる、銀色に輝く諸刃の剣へ目を留めた。
「ここへ戻ってくるとは、やはり因果か……」
そうつぶやくと、おもむろにその剣を拾い上げる。その手の中で、剣が微かな光を放った。
『我を、我の力を解放せよ!』
剣が語り掛けてくるのを無視すると、アルフレッドは半壊した祠へ足を向けた。そして黒曜石の隙間へ、剣を差し込む。次の瞬間、天井にあるひび割れたステンドグラスから漏れる明りが、祠の中を赤や緑に染めた。
外へ出ると、城を包んでいた霧は何処かへと消え、既に西に傾き始めた冬の日差しが、瓦礫だらけになった城の中庭へ降り注いでいる。アルフレッドは背後の祠を振り返った。
「眠り続けろ。永遠にだ」
その台詞は、吹き抜ける木枯らしの向こうへと消えていった。
ピ~ヒョロヒョロ~~!
頭の上では、ところどころに浮かぶ羊雲を背景に、鳶が思いっきり睡眠を誘発する鳴き声を上げている。こちらとしては、無かったことにしたい現場から必死に逃げているはずですが、周囲の風景はあんな悲惨なことに巻き込まれたことを、忘れそうなぐらいに平和です。
「サラさん……」
「アイシャ、トイレかい?」
サラさんが、乙女に聞くとは思えない台詞を吐いてくる。
「違いますよ。次はどこへ行けばいいんでしょうかね?」
「さあね。これだけ色々とやらかしたから、大きいところへは近づかない方がいいとは思うよ。でも田舎へ行ったら行ったで、目立つ上に食い扶持もないしね……」
サラさんが首をひねって見せる。
「ランドさんの他にも、以前パーティーを組んでいた人はどうしています?」
今は色々と訳ありですから、頼れる人がいた方が安心ですよね?
「ランド以外だと、私の組のリーダーだった男がまだ現役だね」
「その人を頼れませんか? それにリーダーだったら、頼りがいがありそうじゃないですか!」
そう声を掛けたが、サラさんの表情はかなり微妙だ。
「どうだろうね。だいぶ変わった男だったよ。厄災研究家と名乗っていたけど、私から言わせれば、筋金入りの迷宮オタクだ」
「オタクって、迷宮が大好きって事ですか?」
「そうだよ。超やばいやつが現れても、それが珍しいやつだったら、目の色を変えて飛んでいく。それどころか、自分を餌にして、そいつを観察しようなんてするんだ」
「な、なんか、すごそうな人ですね……」
「その通りさ。下手に倒してやったりすると、『なんてことをしてくれるんだ!』だよ。実力はピカ一だったけど、ともかく危ない男だった」
「私たちの事をお願いするのは、やっぱり難しいですかね?」
「まあ、頼めば色々と世話をやいてくれるとは思うけど、あんたには難しいだろうね」
「えっ!」
もしかして、「君にはまだ早い」とか言われたりします?
「今は別のパーティーにいるけど、それがミストランドの所属なんだよ」
「あきらめましょう!」
ミストランドへ近づくなんて、ありえません!
「でもどうしましょうか?」
「そうだね。表は差し障りがありそうだから、裏にでも頼むしかないね」
「裏って、ギルドから手配が掛かっている人を追うとか、そういうやつですか?」
なんか、やばそうな感じが満載ですけど……。
「ちょっと違うね。その人が推薦状を書いてくれれば、どのギルドでも、文句なしに仕事をあっせんしてくれるらしい」
「それって、影の支配者みたいですね」
「元は有名なギルドの事務長だったけど、今は隠居して、アビスゲイルにいるんだ。しばらくは、アビスゲイルみたいな大きな町で、ほとぼりが冷めるのを待つしかないね」
そう言うと、小さく肩をすくめて見せる。あの〜、いつも思いますけど、全部が全部、私のせいですかね? そう言おうと思って、手を振った時だ。指で何かがきらりと光るのが見える。あの男から受け取った指輪を、指にはめたままでした。
さっさと指から外そうとしたが、どう言う訳か、ぴったりとはまっていて中々ぬけない。最後は皮のつなぎ用のなめし油をつけて、無理やり引っ張るとやっと抜けた。
「何をしているんだい?」
「あの男から受け取った指輪が、やっと抜けました」
「持っていると色々と面倒だよ。さっさと捨てちまいな」
「そうですよね」
あらためて手に取ると、シンプルではあるが、作りは決して雑なものではない。それに相当に古いものであるのも確かだ。でも裏にあるイニシャルは、まだはっきりとしており、新しく入れられたものらしい。本当は誰が誰に送った指輪なのだろう。
捨ててしまうのは簡単だが、これを送り、受け取った人の気持ちを考えると、人知れぬところで、風雨にさらすのは忍びない。もし、正当な持ち主が現れたら、匿名で送ることだって出来るはずだ。馬車から放り投げようとした手を止めて、とりあえずつなぎのポケットへ入れた。
「そんな事より、今回みたいな件が二度とないよう、あんたには男の扱い方を教えておく必要があるね。夜の生活も含めてだ」
「はあ?」
サラさんが、再びとんでもない事を言ってくる。もしかして、謎の不感症ネタをまだ引っ張っています?
「サラ様、それは女性相手でも、使えますでしょうか?」
御者台の後ろから声が聞こえた。一部の隙もなく整理された荷物の間に座っていたアンジェさんが、目を輝かせてこちらを見ている。
「まあ、使えるとは思うね」
「でしたら、是非にご教授のほどを、よろしくお願い致します」
そう言って頭を下げつつ、私の方をさりげなく見る。あのですね、私はノンケですからね、ノンケ!
これにて、第五章終了になります。次回は第六章、「美少女冒険者アイシャ、ヒロインを首になる?」をお送りさせて頂きます。




