皆の者、我の命に従うのです!
「それで、どうするんだい?」
サラさんの問いかけに、思わず首をひねってしまう。外では砲弾が立て続けに放たれており、轟音と共に建物が揺れ続けている。出て行った者たちが、あっさり殺されたことを思えば、私たちで交渉が出来るとも思えない。
「ひっ!」
天上から落ちてくる細かい破片に、アンジェさんが頭を抱えて、床に座り込むのが見えた。同時に彼女のすすり泣く声も聞こえてくる。
「アンジェさん、大丈夫です。飛んでくる弾は私が全部弾き返してやります。だから、城に残っている人達を中庭に集めてください」
「は、はい!」
私の呼びかけに、アンジェさんが慌てた声を上げた。
「それしかないね。向こうの砲撃だって限りがあるはずだ」
サラさんも私に頷いてくれる。本来ならとても無理な話だけど、今はそれが出来そうに思えるぐらいの絶好調です。
「中庭に戻りましょう!」
サラさんと外へ出ると、いきなり砲弾が飛んでくるのが見えた。
「斬撃!」
それを全部叩き落してやる。いつもならとっくにマナが空になっているはずだけど、いくらでも撃てそうな気がする。
「ウォール!」
サラさんが、飛んできた細かい破片を速攻魔法で防いでくれた。私の技は基本的に一発勝負なので、細かい破片には対応できない。サラさんがいて助かった。
「やればできる子じゃないか!」
「えっ、そう思います?」
休むことなくカタパルトの音が響く。頭にきているのか、今度のやつは一斉射撃だ。連発できないこちらとしては、むしろ一斉に飛んできてくれた方がありがたい。気合を入れて剣を抜く。
「アイシャ、待ちな!」
不意にサラさんが声を掛けてきた。だけど私の斬撃は、急に止められるほど器用なものではない。全力で放った斬撃が、砲弾へ向かって放たれる。
『なんか、赤く光っていませんか?』
私の斬撃を受けたそれは、砕け散るのではなく、バラバラになると、驟雨のごとくこちらへと降ってくる。石弾ではなく、たっぷりと油を含んだ藁で出来た焼夷弾だ。サラさんが私の体を引きずり倒す。その周りに火の雨が降ってきた。
キャ――!
私の背後からは、たくさんの人たちの悲鳴が聞こえてくる。アンジェさんが中庭に集めた人たちだ。侍従さんや料理人さんたちが、炎を避けて右往左往していた。それにわざと悪い油を使っているのか、あたりは真っ白な煙に包まれてもいる。これでは相手の砲弾を打ち返すことなど、とても出来ない。
「落ち着いて!」
私は中庭にいる人たちへ声を張り上げた。しかしパニックになった人たちへ、私の声は全く届いていない。
ドン!
城壁の下からは鈍い音も響いてくる。
「アイシャ、やつら破城槌も使っているよ」
まずい。こちらも油をまくとかしないと、すぐに突破されてしまう。
「皆さん、落ち着いてください!」
私はもう一度声を張り上げた。だけど誰も私の話を聞こうとしない。建物からも火が上がり始めている。ともかく火を消さないと、煙にまかれて死んでしまいます。でもどうすればいいのだろう。
『心臓が止まるまで、考え続けろ!』
あの男の声が頭に響く。ともかく誰かが統率を取らない事には話にならない。でも当主は逃げ出して行方不明だ。城を守るべき騎士たちも、降伏した挙句に、あっさり殺されてしまっている。そうだ。あれがありました!
「サラさん、ちょっと剣を取ってきます」
「剣、何のこと……」
当惑の声を上げたサラさんを無視して、煙の向こうへ突き進んだ。小さな神殿とでも言うべき祠は、特に何の損害も受けることなく立っている。中へ入って、岩に突き刺さった剣を引き抜く。それは再びあっさり抜けると、私の手の中に納まった。それを持って中庭へと駆け戻る。
「見なさい、アズールの剣よ!」
アズールの剣と言う言葉に反応したのか、泣き叫んでいた人たちが、煙で真っ黒になった顔で私を見た。
「辺境領を統べるものとして、皆に命じます。二人一組で水が汲めるものを探しなさい。それで噴水の水を使って、火を消して!」
皆がはっとした顔をして、一斉に動き出すのが見えた。
「それって、何かの宝具かい?」
サラさんが不思議そうな顔をして、私が手にした剣を見る。
「よく分かりません。ですが、この剣を手にしたものが、辺境伯なんだそうです」
「それで、向こうの連中も、言う事を聞いてくれるといいんだけどね」
「サラさん、それです!」
私はアズールの剣を手にして、城壁の上へ立った。灰色の煙の向こうで、いつの間にか架橋をかけたらしく、騎士たちが城門へ群がっているのが見える。
「皆の者、我が手にあるのはアズールの剣です。辺境伯として命じます。すぐに撤退しなさい!」
とりあえず、精いっぱい虚勢を張って見せます。
「ハハハハハハハ!」
煙の向こうから、あの女の高笑いが聞こえてきた。
「冒険者風情が、辺境伯を名のるとは腸がよじれます。誰ぞ、あの売女の口を閉じなさい!」
ヒュン!
風切り音と共に、これでもかと言うほど矢が飛んでくる。慌てて城壁の下へ身を隠した。
「サラさん、ダメでした」
「まあ、そうだろうね」
そう思っていたのなら、最初からそう言ってください!
「アイシャール様!」
手に桶をもったアンジェさんが、私たちの前へ駆けこんでくる。
「ふ、噴水に、水がありません!」
「えっ!」
アンジェさんが指さした先には、水の枯れた噴水があった。慌てて近寄ってみると、あれだけ高く上がっていた水は元より、水盆にも全く水は見当たらない。
「どこへ行ったの!」
アンジェさんの前だと言うのに、思わず声が出てしまう。その時だ。これまでの砲弾とは比較にならない大きな音が、城門の方から響いてきた。とうとう城門が破られたらしい。アンジェさんが涙にぬれた顔で私を見る。
「大丈夫。約束したでしょう。私がみんなを守る」
そう言ってはみたものの、正直なところ、もう打つ手は残っていない。でも私の心臓はまだ動いている。それが止まる最後の一瞬まで、あがき続けてやるだけだ。
ビュ――!
不意に強い風が吹いてきた。同時に頭の上に真っ黒な雲がかかってくる。せめて雨がふってきてくれれば、焼け死ぬのだけは避けられる。そう思った時だ。おぞましくもあるが、慣れしたしんだ感覚が、私の体を駆け抜けた。
『そうか……。そう言う事だったのか……』
私は自分がどうして絶好調だったのかを、やっと理解した。




