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君にはうちはまだ早い  作者: ハシモト
美少女冒険者アイシャ、花嫁になる
59/90

これがドッキリと言うやつですか!?

 アンジェさんが開けた扉の向こうから、目がくらむほどのまばゆい光が漏れてくる。明かりに目が慣れると、そこは城の中庭に面した温室らしく、冬枯れの季節だというのに、色とりどりのばらが花を咲かせていた。


 温室の向こうには大きな噴水もあり、私の背丈の二倍以上の高さから水が落ちている。それが冬の日差しを浴びて、宝石のようにきらめく様は、ロマンス本で読む貴族の生活そのものだ。


「……理想の女性との出会いですか? グラント殿、あなたから言われると、嫌みとしか……」


 どこかから、男性の話し声が聞こえてくる。アンジェさんの後に続いて、温室の奥へと進むと、真ん中に置かれた白いテーブルで、二人の男性が歓談しているのが見えた。


 一人はグラントさんだが、もう一人は見たことのない男性だ。前髪をそろえた独特の髪型をしていて、裾のゆったりとした、真っ黒な服を着ている。グラントさんは温室に入ってきた私に気づくと、テーブルへ手招きをした。


「アイシャール殿、お休みのところ、お呼び立てしてすいません。本日は大事なお客様をお迎えしておりまして、ぜひご紹介させて頂きたいと思います」


 そう告げると、黒い服を着た男性へ視線を向ける。修道僧みたいな服を着ているが、お客ということは、貴族かそれに準じる人だ。その人物はこちらへ歩み寄ると、私の手にそっと口づけをした。


「アイシャール殿、スニファノと申します。どうかお見知りおきを」


「アイシャール・カーバインと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 私はスニファノと名乗った男性へ、淑女の礼ではなく、胸に手を当てる冒険者式の礼を返した。それを見た男性が、口元に笑みを浮かべて見せる。


「冒険者の方と婚約されるという話を聞いた時は、正直なところ、冗談かと思いましたが、どうやら本気のようですな」


「スニファノ卿に、婚約の件で冗談など言いませんよ」


 男性がグラントさんへ首を傾げつつ、私の方を振り向く。


「それはさておき、アイシャール殿を見ていると、グラント殿がそう決心した気持ちが、よく分かります」


「ご理解いただけて何よりです。それにどんなドレスより、アイシャール殿には冒険者姿がよくお似合いですね」


 そう告げるグラントさんを見ながら、私は大きく深呼吸をした。たとえお客が居ようとも、どんなに褒め殺しをされても、これを後回しにする事は出来ない。


「グラント様、その件についてお話があります」


「はい、もちろんです。ちょうどお茶の準備もできたようですから、それを飲みながら話をしましょう」


 グラントさんが、ティーポットとティーカップを持ってきたアンジェさんへ、軽く片手を上げる。


「用があったら鈴で呼ぶ。君は下がっていたまえ」


「グラント殿、私も席を外しましょうか?」


「いえ、もとからスニファノ卿には、婚約の件もお願いするつもりでしたので、同席していただけると助かります」


「おや、大法院を婚約の公証人にするおつもりですか?」


 大法院? 一体何のことだろう。貴族の世界はさっぱり訳が分からない。いつの間にかぽかんとしていたらしく、スニファノ卿が私を見て苦笑いを浮かべた。


「この服を着てさえいれば、皆が私のことを理解してくれていると、つい思ってしまいますね。私は王都の大法院に属していて、グラント殿がアズール家を継がれるにあたっての、裁定官としてこちらへ来ました」


「すいません。大法院が何か、よく分かっておりません」


「大法院は貴族間のあらゆる問題について、法に照らし、その裁定を行うのが役目です。そうでないと、青き血が流れる方々は、すぐに剣で物事を決めてしまいますからね」


 サラさんが、本土では貴族同士がバチバチやり合っていると言っていたのは、本当の事らしい。ある意味、そちらの方が厄災なんかより、余程に危険な気がする。


「スニファノ様は、平和の使者なのですね」


 私の台詞に、スニファノ卿が面食らった顔をした。


「本来ならそうなのですが、貴族の方々からは、小うるさい存在だと思われているようです」


「いえいえ、アイシャール殿の言う通りですよ。それで、お話とは?」


「はい。今回の婚約の件ですが、それをお受けするにあたって、私の方でお願いがあります。見ての通り、私は貴族の一員ではありません。ただの冒険者です。ですが、冒険者には冒険者なりの約束と言うものがあります」


「どのような約束でしょうか?」


「『正直であれ』です。私たちは常に死と隣り合わせです。お互いに遠慮なんてしていたら、すぐに遠いところへ行くことになります。なので、それぞれの力量について、率直であることがとても大事なんです」


「そうでしょうね」


 グラントさんが私にうなずく。だけど彼は私の言っている意味が、本当に分かっているのだろうか? 全滅を避けるために、誰かを見殺しにすることすら、そこには含まれている。


「正式に結婚するまでの間、私が人生を共に歩むに値しないと思われたら、それを率直に言っていただきたいのです。私も正直に言わせて頂きます。それが私からグラント様へのお願いです」


『君にはうちはまだ早い……』


 あの男の台詞が頭の中に響く。あの男は冒険者らしく、私に正直に話しただけだ。なんで私はそれに、こんなにも腹をたてているのだろう。


「そのご提案、喜んでお受けいたします」


 グラントさんが私に答えてくれた。同時に誰かが手を叩く音が聞こえてくる。


「なんと素晴らしい。陰で愚痴ばかりの王都のお嬢さんたちに、アイシャール殿の爪の垢を煎じてやりたいですな!」


 何が受けたのかはよく分からないが、スニファノ卿が、私へ盛んに拍手を送ってくる。


「グラント殿、こんなにも気風の良いお嬢さんと婚約されるとは、うらやましい限りです。本日それを裁定する訳にはいきませんが、その申請はよろこんで持ち帰らせて頂きます」


「ありがとうございます」


「どうやらご婚約も決まったようですので、グラント殿がアズール家を継がれる件も、なるべく早くまとめることにいたしましょう」


 スニファノ卿が、足元においてあった大きなカバンを、テーブルの上へ置いた。中にはどう考えても尋常じゃない量の書類の束が詰まっている。もしかして、これを全部読むんですか?


「しばらくは、ペンを持つ気にはならないでしょうね」


 それを見たグラントさんが、うんざりした顔をする。恐ろしいことにそうらしい。


「こちらとしても、グラント殿があれを抜けるのであれば、書類仕事をしなく済むので、助かるのですがね……」


 そう言うと、スニファノ卿は噴水の奥にある、小さな建物を指さした。


「アイシャール殿は、もうアズールの剣をご覧になりましたか?」


「はあ……」


 一体何の話をしているんですかね? やんごとなき人たちの会話は、本当に謎だらけです。


「まだお見せしていなかったですね。あの祠の中に、当家に伝わる剣があるんです。丁度いい機会なので、ご紹介させて頂きます」


 グラントさんは私の手を取ると、温室の外へ歩いていく。噴水の陰に祠と言うより、小さな神殿とでも言うべき建物があった。グラントさんは胸元から小さな銀色の鍵を取り出すと、錆が浮いた重厚な扉を開ける。


 その奥で、天井にはめられたステンドグラスの赤や緑の光を浴びて、一本の剣が岩に突き刺さっていた。


「きれい……」


 思わず口から言葉が漏れる。


「これがアズールの剣です」


「アズールの剣?」


「この剣を抜いたものが、辺境領伯その人である。大法院の公文書にも正式に記されている剣です」


 スニファノ卿が私に告げた。


「えっ、剣を抜いたら、誰でも辺境伯なんですか?」


「そうです」


「グラントさんは試されました?」


「はい。ですが、びくともしませんでした」


「ちなみに、私も先ほど試させていただきましたが、同様に、びくともしませんでした」


 スニファノ卿が、残念そうに肩をすくめて見せた。私の目から見ても、剣は完全に岩と一体化している。と言うより、岩の上部が剣として掘られたとしか思えない。きっと、この家のご先祖様にも、グラントさんみたいに茶目っ気のある人がいて、こんなものを作ったのだろう。


「アイシャール殿も、試してみてはいかがですか?」


 スニファノ卿が私を指差す。


「ぜひ試してみてください」


 グラントさんも、剣の前へ進むように即してきた。どうやらこれは、ここを訪れた人のお約束らしい。私は心の中でため息をつきながら、剣の前へ進み出た。


 近づいて見ると、剣の柄頭には昨日預かった指輪と同じ、竜の紋章が刻まれており、うっすらと浮かぶ刀紋がとても美しい。それにどう言う訳か、ちょっとだけ懐かしい感じがする。今ではめずらしい、諸刃の剣だからかもしれない。


「剣が抜けたら、アイシャール殿はその時点で、このアズール家の当主のみならず、この辺境領全体を統べる辺境伯です。スニファノ卿、そうですよね?」


「はい。大法院の名に懸けて、私が保証します」


 私は軽く剣の柄を握った。金属特有の冷たい感触が、手のひらへ伝わる。どうせお約束と思いつつ、軽くそれを持ち上げた。


 チーン!


 微かな金属音が響き、私の手には銀色に輝く剣がある。


「えっ!」


 これって、抜けないのがお約束なんじゃなくて、抜けるのがお約束のやつですか!? 慌てて背後を振り返ると、グラントさんもスニファノ卿も、呆気に取られた顔をしてこちらを見ている。とりあえず全てを無かった事にすべく、岩の間へ剣を戻す。


「あ、あの……」


 私が無言の二人に声を掛けた時だ。


 ドドドドド、ドカン!


 地面がゆれ、耳を圧するような轟音が、辺りに響き渡った。

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