これがつり橋効果と言うやつ!?
「お兄さんは、どうなされたんですか?」
私はグラスへお代わりを注ぐグラントさんへ、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「病のため、一年ほど前に亡くなりました」
「そうなんですね。ご冥福をお祈りします」
「ありがとうございます。今日、城から出たのは兄の喪が明けたので、エミール家へお礼のあいさつへ行くとことを、賊に襲われました」
「お礼ですか?」
「はい。マリアンヌ様には、兄が私を後継者にする際の立会人にも、なっていただきましたし、兄がなくなった時もいろいろと助けていただきました。兄がマリアンヌ様と添い遂げられなかったのは本当に残念でなりません。そうなっていれば、私も元の生活に戻れたかもしれません」
「それは、庶民の生活に戻るということでしょうか?」
「二人に子供出来れば、私はお役御免だったはずです。それにこの生活は体面ばかりを気にして、本当に不自由なものです。こうして人払いをしないと、アイシャール殿とまともな会話の一つもできません」
「グラント様、どうか私のことはアイシャとお呼びください」
「了解しました。それと、こうして人払いできた時は、私のことも『グラン』と呼んでいただけませんか?」
「よろしいんですか?」
「はい。もちろんです。この生活は本当に孤独なんです。アイシャさんにグラントと呼んでもらえると、とてもうれしく思います」
「グランさんは、どうして、この生活を続けているんですか?」
そんなに大変なら、降りてしまえばいいのではないだろうか? 酔いが回ってしまったせいか、素朴な疑問が口から出た。それを聞いたグラントさんがわずかに首をかしげて見せる。
「意地ですね」
その答えに、思わずハッとなる。
「私みたいな根っからの庶民が当主になることを、快く思わない人たちは大勢います。今日の賊もそうですが、一度かかわってしまった以上、降りても私を消しに来るでしょう。こんな理不尽な理由で殺されるのは納得できません」
グランさんが、いまいましげに首を横に振って見せる。
「意地でそれにあらがっているだけです。ですが正直なところ、会ったこともない、あの男に呪いをかけられている気分ですよ」
そう言うと、お兄さんの隣にある、気難しい顔をした中年の男性を指さす。意地、呪い……。この人は私と同じだ。私もある男に対する意地だけで、冒険者を続けている。
「アイシャさんに、お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「これを預かっていただきたいのです」
グラントさんが、あのペンダント代わりにしている指輪を、胸元から取り出した。それを鎖から外す。
「私の当主たる証拠は、兄がしたためた遺言と、この指輪です。そのどちらかが欠ければ、私は大法廷に引きずり出されて、火あぶりにされるでしょう」
「そんな大事なものをですか? そうして、肌身離さず持っていた方が、よほどに安全ではありませんか?」
私の問いかけに、グラントさんが首を横に振った。
「誰もがそう思っている事でしょう。それに城の中だからと言って、安全という訳ではありません。実際は色々な家の間諜だらけですよ。死ぬ間際の兄からの助言もあり、使用人の大半を、他家とつながりのない者へ入れ替えました。それでも、どれほどの効果があることか……」
グラントさんが、私に肩をすくめて見せる。
「何より、アイシャさん、あなたに預かっていただきたいのです」
「でも!」
私の目を見つめながら、グラントさんが言葉を続ける。
「賊に襲われた際、お恥ずかしい話ですが、亡き母に助けを求めました。その時、あなたが現れて、私を助けてくれた」
グラントさんはそう告げると、私の左手に手を添え、指輪を薬指へそっとはめる。
「今日こうして出会えたのは、母があなたに引き合わせてくれたとしか、思えないのです」
その姿を見ながら、私は自分の心臓が思いっきり高鳴るのを感じた。でも今日会ったばかりですよ。ロマンス本でも、こんなにも速い展開はありません。もしかして……。
『こ、これが吊り橋効果というやつですか!』
やばいです。このままここにいたら、ずるずると全てを許してしまいそうな気がします。許してもいい気もしますが、もう女の子の日が始まりそうな身としては、『いきなりそれ!?』みたいな黒歴史を作るわけには行きません!
「分かりました。こちらは赤毛組として、大事に預からせていただきます」
「どうか、よろしくお願いします」
グラントさんが笑みを浮かべて見せる。そのあまりにもさわやかな笑顔に、私の心臓は高鳴りどころか、今にも爆発しそうだ。酒も回ってきているし、このままここにいたら、マジでぶっ倒れます。
「サラさんも気になりますし、今宵はここで失礼したいと思います。素敵な夕食を、ありがとうございました」
「お疲れのところ、長く引き留めてしまいまして、申し訳ありません。サラさんにも、どうかよろしくお伝えください」
グラントさんが、見事な淑女に対する紳士の礼をして見せる。その姿はどんな貴族よりも華麗に、そして誠実そうに見えた。




