皆さん、男はみんな狼です!
「いかがでしょうか?」
髪を振り乱し、息も絶え絶えという顔をした侍女さんが、私に鏡を向けた。
「これが自分?」
それを見た私の口から、思わず声が漏れてしまう。ひん剥かれて、ゴシゴシと洗われて、全部抜けるんじゃないかと思ったぐらい、髪をとかされました。さらには、この世の物とは思えない力で、コルセットをつけさせられた女が、目の前に座っています。
その姿は、ひん剥かれる前とは全くの別人です。いつもはぼさぼさを通り越して、跳ねまくっている赤毛が、ふんわりと整っています。胴から腰にかけては、いつもは存在しないはずの、見事なくびれも見えている。
いくら女性は化粧と着るもので変わると言っても、素材が素材ですよ。この短時間で、よくもここまで化けさせたものです。皆さん、本当にお疲れさまでした。と言うより、絶対にやり過ぎです!
それにこの真っ白なドレス。どう考えても、夜会服とは思えません。むしろ結婚式で花嫁が着るウェディングドレスにしか見えない。絶対に食事向きではありませんし、必ずシミをつける自信があります。
だけどいくら貴族とは言え、こんなにも素敵なドレスを着て、食事をするものなのだろうか?
「食堂まで、ご案内させていただきます」
首をひねった私に、最初に部屋に来た侍女さんが声をかけてきた。ランタンを手に部屋のドアを開ける。私はその後に続いて廊下へと出た。
そこは石の壁に囲まれ、ひんやりとした空気が流れている。侍女さんが持つランタンと、所々の壁に設置された常夜灯の明かりが、先にいく侍女さんの影を映し出す。それを見ていると、お城の中と言うより、迷宮に潜っている気分になってきた。
いや、迷宮に潜っているのと同じだ。むしろそう考えた方が、よほどに緊張しない。だけど剣が自分の腰にないのと、くるぶしまで隠れるすその長いドレスを着ているのに、とてつもなく違和感を感じる。
とは言え、食べものにありつくためなので、仕方がありません。でも、これだけ腰回りをしめつけられたら、何も入らない気もする。
「こちらになります」
侍女さんが私の背の二倍ぐらいありそうな、大きな扉の前で立ち止まった。彼女が全身の力を込めて、その重そうな扉を押す。
ギィギギィ――。
まるで厄災の唸り声みたいな音を立てながら、扉が開いていく。その向こうから、目があけられないぐらいのまばゆい光が、廊下へと漏れてきた。思わず上げた腕をゆっくりとおろすと、それは天井につるされた、びっくりするほど巨大なシャンデリアが放つ光だ。
それにつけられた数えきれないほどの明かりが、ダンスホールかと思うほど大きな食堂を、真昼のように照らしている。
「お疲れのところ、お呼びだてして申し訳ありません」
真ん中に置かれた長テーブルの向こうに立つ男性が、声を上げた。グラントさんだ。グラントさんは紺色の夜会服に身を包み、淑女に対する紳士の礼をする。私はスカートの裾を持って、グラントさんに礼を返した。侍女さんに即されて、長いテーブルの反対側の端に腰をおろす。
私とグラントさんの間には、十席ぐらいの間があり、シャンデリアがつるされた天井はとても高い。どう考えても、大声なしには会話は出来そうにありません。由緒正しい貴族の生活と言うのは、なんて面倒なんでしょう。それとも、貴族の皆さんは、とっても耳が良いんですかね?
正面の壁には、巨大なタペストリーがかかっていて、剣士や魔法職に率いられた人々が、巨大な城を攻める場面が描かれている。人の体がブチ切れていたりして、結構グロい。決して食事向きではありません。両側の壁には、代々の当主らしき肖像画もかかっている。
そのどれもが歴史を感じさせるものだが、一番端にある少し青白い顔をした、青年のものらしい肖像画だけは違う。それは最近に描かれたものらしく、シャンデリアの灯を受けて、鮮やかな色を放っていた。その全員が私へ冷たい視線を向けている気がする。こちらも食事向きとはとても思えません。
でも住む世界が違うのだから、色々と文句を言っても仕方がない。
「ご招待いただきまして、ありがとうございます」
マリアンヌさんの足元にも及ばないが、淑女らしく見える様、精一杯の笑みを浮かべてみる。
「昼間に助けていただいた、せめてものお礼です」
グラントさんは貴族らしからぬ、屈託のない笑顔を返してくれた。だけど、わずかに首をひねって見せる。
「サラさんでしたでしょうか、お連れの方は?」
「馬に長時間揺られたせいで、体調が悪いそうです。せっかくお招きいただいたのに、申し訳ありません」
「夕飯をご一緒したいというのは、こちらのわがままです。すぐに薬師を手配します」
「だ、大丈夫です!」
グラントさんの台詞に、慌てて答える。薬師なんて送られたら、サラさんの仮病がバレバレです。
「疲れただけだと思います。少し休めば、すぐに元気になります」
「そうですか。もし後でおなかが空いた時のために、夕飯の手配をさせていただきます。マイルズ!」
「はい、旦那様」
立派な口ひげを生やした侍従さんが、グラントさんへ頭を下げる。
「客間に食事の手配を。胃に優しいもので頼む。それと料理は全部持ってくるように言っておいたはずだが、全てそろっているかね?」
「はい。あらかじめ、すべて用意させていただきました」
「飲み物の用意は?」
「こちらにございます」
侍従さんが、部屋の壁際に置かれたテーブルを示す。そこには何本かのボトルとグラスが置いてあり、そのどれもが、私たち庶民の口にすることがない、とってもお高そうなやつだ。
「では皆、席を外してくれ」
グラントさんの言葉に、壁際に並んでいた侍女さんたちが、頭を下げると、次々に部屋を出ていく。最後に立派なおひげの侍従さんが退出すると、入口の扉が閉まった。
『これって、私とグラントさんの、二人っきりと言うことですか!?』
振り返れば、グラントさんが謎の笑みを浮かべつつ、着ていた夜会服の首元を緩めている。こっそり読んだロマンス本に、貴族の家に招待された庶民の娘が、いきなり男たちにやられちゃう話があった。どう考えても、そのままの展開です。
私は食事向きではない、白いドレスへ視線を向けた。そこに見えるのは、コルセットをつけて、やっと腰の線が出るような、とても男受けするとは思えない体だ。でもこのために、侍女さんたちは、私を一生懸命に磨いたと言う事ですね。
『貴族だろうが、庶民だろうが、男の下半身はみんな同じさ……』
混乱する頭に、サラさんの台詞が響く。同時に、心の底から怒りが湧き上がってきた。その怒りと共に、腰に手を回すが、そこにあるはずの剣はない。体当たりした程度で、あの重い扉が開くとも思えない。
『またやってしまった!』
相手が人だと思って油断した。だが後悔してももう遅い。私はゆっくりと席を立つ、男の動きをじっと見つめた。




