これって、間違いなく拷問ですよ、拷問!
「こちらでご休息ください」
侍女さんが扉を閉めた瞬間、私の口から大きなため息が漏れた。グラントさんの馬に相乗りして以来、ずっと続いていた謎の緊張感から、やっと解放です。もっとも、こんな立派な城に入ったことなどないので、グラントさんが横に居なくても十分に緊張する。
それでもありがたい事に、城の中には、夕餉の支度の煙やら、人の営みが存在した。たとえ「この女は何者?」と言う視線でも、あるのと無いのでは大違いです。もし人気が無かったりしたら、この佇まいですよ、まじで怖すぎです!
ちなみに冒険者だからと言って、不気味なところに強いわけではない。厄災はとてつもなく恐ろしい存在ですが、お化けではありません。その証拠に、剣で切れば死んでくれます。
「何をそんなに大きなため息を、ついているんだい?」
サラさんが客間のテーブルにおかれた、リンゴを物色しながら私に問いかけてきた。
「だって、こんな大きな城ですよ。緊張するに決まっているじゃないですか?」
「確かに、何か出てきそうなぐらいに、陰気な城だね」
籠からリンゴを一つ取り出したサラさんが、私に肩をすくめて見せる。ほら、サラさんでもお化けは怖いですよね?
「そんなことより、王子様との乗馬は楽しかったかい?」
「はあ?」
「あんなに顔を真っ赤にして、ビクビクしながら乗っているもんだから、含み笑いを抑えるのに必死だったよ」
「あのですね――」
サラさんは私の異議申し立てを無視すると、リンゴを手にしたまま、腹を抱えてみせる。
「ずいぶんと楽しそうに見えたよ。こっちは後ろから人の尻を触ってくるのを、はねのけるのに忙しかったけどね。それで、王子様に腰ぐらいは触ってもらえたかい?」
「何の話をしているんです!」
「男と女の話だよ。意外と脈があるかもしれないね」
「相手は貴族ですよ!」
マリアンヌさんみたいな、ものほんのお嬢様が一杯いるんです。私なんか、箸にも棒にもかかりません!
「貴族だろうが、庶民だろうが、男の下半身はみんな同じさ。私たち女も、人のことは言えないけどね。それで、少しは濡れたかい?」
何を言っているんですか、この人は!?
「私はまだ乙女ですよ、乙女!」
この件については正真正銘、嘘偽りなしです。会ったことはありませんが、ユニコーンだってナンパ出来ます!
「そんなの関係ないさ。男はまだ知らなくても、自分で慰めたことぐらいあるんだろう?」
「な、なぐ◯☓△□!?」
サラさんのとんでもない発言に、思わず悲鳴を上げる。それを見たサラさんが、不思議そうに首をかしげて見せた。
「もしかして、やったことないの?」
「当たり前です!」
「ふーん。あんたこそ、貴族のお嬢様みたいだね。そんなんじゃ、男を手玉にとれないよ」
「はあ!?」
「私たち女は、力じゃ男にかなわない。だから別の手で、男を操るのさ」
サラさんが私に片目をつむってみせる。ちょっと待ってください。どう考えても、ブリジットハウスでは、元カレに騙されまくっていましたよね? 説得力ゼロですよ、ゼロ!
「なら、私がやり方を教えてあげようか?」
リンゴをポンポンと片手で放り上げながら、サラさんがこちらへと歩み寄ってくる。そして吐息が感じられる距離まで近づくと、私をじっと見つめた。同時に、彼女の甘酸っぱい体臭も漂ってくる。
『こ、これが男を操る手練れってやつですか!?』
私が男だったら、間違いなく一撃でやられています。いや、女でも十分にやばい。それにこの香り、やっぱりマリアンヌさんの香水と似ている気がする……。
「そ、そういうのは、未来を約束した、しかるべき相手とですね――」
サラさんが、後ずさる私のほほに手を添えた。一体なにが起こっているのだろう。今日のサラさんはおかしい、絶対におかしいです!
トン、トン!
その時だ。不意に入り口をノックする音が響いた。これこそ天の助けです!
「はい、なんでしょうか?」
サラさんの手を逃れて返事を返す。ガチャという音とともに扉が開き、私とそう年が違わない侍女さんが顔を出した。
「旦那様が、夕食にご招待したいとの事です」
「はい。喜んでお受けしますと、お伝えください」
この超危険な状況から逃れられるのであれば、何でも受けます。
「サラさん、夕飯だそうですよ。そう言えば、おなかがすきましたね!」
「私はパスだ」
「えっ!?」
相手は貴族ですよ。そんなの許されるんですか?
「馬なんて、乗りなれないものにのったせいかね。胃の調子がよくない」
「もしかして、私一人で行けということですか?」
全く顔色が悪いようには見えませんけど。これって、絶対に嘘ですよね?
「それもリーダーの務めだよ」
そう言うと、リンゴを片手に、奥の寝室へと去っていく。
「ちょっと待ってください!」
慌てて後を追いかけようとした私の腕を、誰かが引っ張った。振り返ると、修道女みたいな服を着た侍女さんが、がっしりと腕をつかんでいる。
「時間もありませんので、こちらにてお召替えをさせていただきます」
そう宣言しつつ、パンパンと小さく手を鳴らす。次の瞬間、大きな箱を手にした侍女さんたちが、部屋の中へなだれ込んできた。その全員が、私の皮のつなぎに手をかける。
「ちょっと、何を!?」
「お召替えのお手伝いをさせていただきます」
皮のつなぎどころか、下着にまで手をかけられ、完全に裸へひん剥かれる。そのまま服を着させるられるのかと思いきや、湯を張った桶が差し出された。
「体を洗うぐらい、自分でさせてください!」
それにせめて下着ぐらいは、自分で着させてくださいと、心の中で付け加える。だけど侍女軍団は、私の叫びを無視すると、まるで丸太の泥でも洗い流すみたいに、私の体をふき始めた。
もちろん裏道を進んできた私に、風呂などというぜいたく品はあり得ません。垢が悲しいほど出てくる。どうしてこんな恥ずかしい目に合わないと行けないのでしょう。どう考えても、これは間違いなく拷問です。
これが貴族の生活だというのであれば、私は貴族にはなれませんし、なりたくもありません!




