かわいいは正義なのです!
「アル、一大事だ!」
隠者の陰に響くフリーダの大声に、アルフレッドは慌てて耳をふさいだ。もっとも、耳をふさいだぐらいで、何とかなるような声量ではない。
「どうした――」
フリーダはアルフレッドの問いかけを無視すると、その襟首をいきなり掴む。アルフレッドの体は、まるで竜巻に巻き込まれたみたいに、前後左右へ激しく揺さぶられた。いや、竜巻の中の方が、余程にましかもしれない。
「俺を殺す気か!?」
アルフレッドは必死にフリーダの手を振りほどくと、空気を求めて大きく息を吸った。
「息ぐらいさせろ!」
「そんなものは後にしろ。それよりも一大事だ!」
「さっきの襲撃は、小娘自身でなんとかしただろう」
そう答えたアルフレッドに、フリーダは隠者の陰の向こうに見えるゆらめきを指さした。そこには二人乗りで草原を進む、アイシャとグラントの姿がある。
「あれのどこが、一大事なんだ?」
それを聞いたフリーダが、信じられないと言う顔をした。
「アル、ブリジットハウスの件を忘れたのか? また男がアイシャに寄って来たんだぞ。一大事に決まっているだろう」
「あれはお前たちが余計な事をして、ややこしくしただけだ」
そうぼやきつつ、アルフレッドはアイシャの背後で手綱を操る騎士を眺めた。
「ちょっと変わってはいるが、それなりに見栄えの良い領主貴族だ。小娘など相手にするか」
「アル、何をのんきなことを言っているんだ。二人で馬に乗るなんて、うらやましい、違う、危険すぎだろう!」
「そうよ。アイシャは危険すぎるの」
横でやりとりを眺めていたエミリアが、二人の会話に割り込んできた。
「そうだ。アイシャはとっても危険なのだ」
リリスもエミリアに同意する。
「どういう意味だ?」
「アル、お前の目はガラス玉か? あんなにもかわいいものなど、他には存在しないぞ」
「その通り!」
リリスの言葉に、フリーダも大声で頷く。
「お前たち、いい加減に――」
呆れた声を上げたアルフレッドへ、エミリアが首を横に振って見せる。
「アル君、これは冗談じゃないの。本当の事よ。アイシャは周りを引き付けて離さないの。私達だってそうでしょう?」
そう問いかけると、エミリアはアルフレッドをじっと見つめる。だが無言のアルフレッドに、大きなため息をついた。
「アル君はやっぱりアル君ね……」
「エミリア、アルが鈍感過ぎるのを説教するのは後にしろ。それよりも、あの危険物の排除が先だ」
フリーダはそう叫ぶと、背負っていた大剣を、おもむろに振り下ろそうとする。
「いきなり何をする!」
アルフレッドは、慌ててフリーダを背後から羽交い締めにすると、必死にそれを止めた。
「小娘にバレるだろうが!」
「止めるな、アル。私にあの害虫を排除させろ!」
「そうよね。アイシャにとっても、厄災なんかより、人がもっとも危険よね。特に男」
「エミリア、男が近づいたら、自動的にそれを排除する術式を掛けられないか?」
リリスの問いかけに、エミリアが首をひねって見せる。
「発動条件が難しいけど、やってやれないことはないわ」
「それだ。エミリア、今すぐかけろ」
「あの小娘が歩いた後に、死体の山でも作るつもりか?」
「確かにアルの言うとおりだ。アイシャの周りに、そんな匂うものはおけぬ。それなら手っ取り早く、この世界から男を排除してしまえばよい」
「そうね。それが一番よ!」
リリスの言葉に、エミリアが手を叩いて同意する。
「おい、人の半分は男だぞ」
「パール・バーネルのあほが、そんなものを作るから悪いのだ」
リリスは忌々しげに鼻を鳴らすと、どこからか真っ黒な袋を取り出す。
「我が裏庭から、男にだけ効きまくる病魔を――」
アルフレッドはその袋を取り上げようとしたが、リリスはその手を巧みにかいくぐると、袋の中に手を入れようとする。
「リリスちゃん、ちょっと待って!」
それを見たエミリアが声を上げた。
「それ、ちょっとまずいわよ。それを使ったら、アル君も死んじゃうじゃない」
「やっと正気に返ったか。それにお前だって男だ」
「アル君、私の事をばかにしていない? そんなものは、とっくに超越しているの」
「はあ?」
当惑の声を上げたアルフレッドを無視すると、エミリアはリリスの手から、黒い袋を取り上げた。
「それにアル君が死んじゃったら、私たちの楽しみがなくなるじゃない」
「そうか、アルがいないとつまらないな」
エミリアの言葉に、リリスが頷く。
「どういう意味だ?」
二人のやりとりを聞いたアルフレッドが、いぶかしげな顔をして見せる。
「自分で分からないの? アイシャがとってもかわいいのと同じぐらい、アル君はとっても面白いのよ」
「俺はお前たちのおもちゃじゃないぞ!」
エミリアたちが互いに顔を見合わせる。
「本気でそう思っているのか!?」
アルフレッドの叫びに、三人は大きく肩をすくめて見せた。




