出会いは突然に起きるもの?
砂塵は瞬く間にこちらへと向かってきた。よく見れば、それはひと塊ではなく、前方に数名の騎士がいて、それを黒ずくめの集団が追いかけている。
「さっさと吹っ飛ばしてしまいな」
荷台の後ろに身を隠したサラさんが、ぶっそうな事を言って来る。
「両方ともですか?」
「この手に正義の味方なんてないよ」
確かに両方ぶっ飛ばしてしまえば、こちらが誰かもばれないし、一番あとくされがない。
「囲まれると厄介だ。さっさと撃ちな!」
背中を押されて、荷台から顔を出すと、その横を矢が次々と通り抜けていく。部外者として、こちらを見逃すつもりはないらしい。
「ほら、向こうだってやる気十分だよ」
サラさんが速攻魔法を唱えつつ、声を上げた。それなら遠慮なく……。そう思って、剣の柄に手を掛けた時だ。
先頭の集団が進路を変える。こちらを巻き込まないためか、それとも単に道をそれて逃げるためか、左側へと進路をずらしていく。先頭を走る一騎が兜を上げると、こちらへ顔を向けるのが見えた。
「何をしグズグズしているんだい!」
「イケメンです!」
「はあ?」
呆れた声を上げるサラさんを無視して、先頭の騎士をガン見する。額に汗で張り付いたくせ毛に、日焼けした少し彫が深い顔。間違いありません。何より、この状況にも関わらず、決してあきらめることなく、前を見続けている。
「前を助けます!」
「ちょっと待ちな!」
「待てません!」
待ってなどいたら、せっかくのイケメンが、殺されてしまうじゃないですか!?
焦る心を抑えて、自分の呼吸を意識する。同時に自分の斬撃を、男性へ追いすがろうとする集団へ、叩き込む場面を頭に描いた。こうしないと、サラさんの目論見通り、イケメンもその他も、全て一緒くたに吹き飛ばしてしまうことになる。
「斬撃!」
頭の中のイメージに、目の前の現実、自分の呼吸がそろった瞬間に、それを打ち放つ。私の気合と共に、小さな竜巻とでも呼ぶべきものが、前方へ放たれた。それは先頭の騎士たちを超えて、黒ずくめの集団を捉えると、馬体ごと空へ舞いあげる。
「追撃だ!」
サラさんの呼びかけに頷く。こちらは二人しかいないのだから、囲まれたら終わりだ。次を放つべく、再び腰をおろして足を後ろに引く。しかし黒ずくめの集団は、地面に落ちた者たちを素早く引っ張り上げると、来た道を引き返していった。
「ただ者じゃないね」
荷台から身を起こしたサラさんが、遠ざかっていく砂塵を見ながらつぶやいた。打ってきた矢も、馬上にも関わらず正確で、サラさんがウォールを張ってくれなかったら、私の体はハリネズミになっていた。
単なる野盗にしては、統制が取れすぎている。去ったと思わせて、別動隊が襲うつもりかもしれない。そう思って、辺りを警戒しようとした時だ。
ヒヒーン!
私の耳に、とても物悲しい鳴き声が響いてきた。見れば、何本もの矢を受けた馬が、苦しがってもがいている。慌ててハーネスを剣で切り離すと、馬は耐えきれぬように、体を地面へと横たえた。北方種特有の長いたてがみの間から流れた血が、辺りを赤く染めていく。
荷台から飛び降りて、体に刺さった矢を抜いてやるが、その傷は多く、そのどれもが深い。
「すまないね。あんたを守ってやることが出来なかった」
サラさんは馬の横にひざまづくと、腰にさした剣を抜いた。そしてためらうことなく、馬の首の後ろへ、その切っ先を差し込む。極寒のハマスウェルからここまで、私たちを連れてきてくれた馬は、体を僅かに震わせると、動きをとめた。そのまぶたへそっと手を伸ばす。
それが何の償いにもならないと分かっていても、涙が零れ落ちてくる。謝るべきはサラさんじゃない。私だ。サラさんが全部吹き飛ばせと言った時、すぐにやればこの子は無事だった。
でも感傷に浸る訳にもいかない。こちらへ近づく馬蹄の音に、私は剣を手に背後を振り返った。同時に首筋を、チリチリした感触が通り抜ける。サラさんがいつでも速攻魔法を放てる様に、準備を終えたらしい。
「他意はありません」
先頭の一騎が馬から降りると、両手を上げながらこちらへと近づいてきた。相手の言葉通り、殺気らしきものは感じられない。いろいろとだめだめな私だが、人が放つ殺気と、魔法の気配にだけは敏感だ。
ハマスウェルで、ギルドの帰りにつけられたのも、すぐに気付いたし、クラリスちゃんを守るために、一芝居打った時も、相手がこちらを見逃す気がないのも分かった。
「どうやら本当みたいですけど……」
「そんなの信用できるかい」
サラさんの言う通りだ。ブリジットハウスでは、それが全く役にたたなかった。殺す前に、相手が私を犯す気満々だったせいだろう。男というのは、どうしてそういう生き物なんだ?
「せめて、お礼を言わせていただきたいのです」
「礼ならいらないよ。単に運が悪かっただけさ」
サラさんが、剣の柄に手を置いたまま答える。前回、エマちゃんたちの豹変にやられたせいもあるのか、その構えには一分の隙もない。いや、こちらから斬りかかりそうなぐらいだ。
しかし騎士は、サラさんの激塩対応に動じることなく、おもむろに私たちの前にひざまずく。
「グラント様!」
他の騎士たちが、驚きの声を上げた。
「君たちも、命の恩人に対して、頭を下げるべきではないのか?」
それを聞いた騎士たちが、慌てて頭を下げる。先頭の騎士は兜を脱ぐと、淑女に対する騎士の礼をしつつ、上目遣いに私達を見上げた。
「申し遅れましたが、グラントと申します。助けていただきまして、ありがとうございました」
少し彫が深い顔に日焼けした肌。男性的な魅力にあふれた、まごうことなきイケメンです。紋章が入った鎧を見る限り、貴族なのだろうけど、貴族にありがちな上から目線も感じない。
何より、少ししぶい感じはランドさんに似ている気がする。いや、ランドさんより、ブリジットハウスで私をハメようとしたサラさんの元カレに、似ているかもしれない。いずれにせよ、サラさんの好みにドンピシャです。
思わずサラさんの顔色を伺うと、私の予想に反して、苦虫を噛み潰した顔をしている。私と同じく、ランドさんより、元カレに似ていると思っているのかもしれない。
「礼は聞いた。私たちはあっちへ行く。あんたたちはそっちへ行ってくれない」
やっぱりです。塩を通り越して、激辛対応だ。
「グラント様が礼を尽くしていると言うのに、冒険者風情が調子に乗るな!」
騎士の一人が声を荒げる。だがグラントと名乗った男性は、その騎士を制すると、横たわる馬の亡骸へと視線を向けた。
「助けていただいただけでなく、ご迷惑もおかけしてしまった様ですね。こちらで替えの馬の用意を、させていただきませんでしょうか?」
そう告げると、黒い瞳でこちらをじっと見る。そのつぶらな瞳に、思わず心臓の鼓動が早まりそうになります。
「サラさん、どうします?」
「リーダーはあんただ。あんたが決めればそれでいい」
色々と後味の悪いところもあったが、エマちゃんたちの件で、食料をたくさんもらって荷物も多い。女二人でそれを押すのはとてもしんどそうだ。何より、この子をこのままここに置き去りにしたくはない。
「この子はきちんと葬ってあげたいんです。それのお手伝いも、お願いできますでしょうか?」
「もちろんです。すぐに人をやって――」
そこまで口にしたところで、グラントさんが剣の柄に手を掛けた。
「アイシャ、次だ!」
サラさんが声を上げる。私の耳にも、低い振動音が響いてきた。間違いなく馬蹄の音だ。振り返ると、先ほどとは比べようもないほどの大量の砂埃が、丘の向こうから、私たちへと向かって来ていた。




