表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君にはうちはまだ早い  作者: ハシモト
美少女冒険者アイシャ、花嫁になる
48/90

出会いは突然に起きるもの?

 砂塵は瞬く間にこちらへと向かってきた。よく見れば、それはひと塊ではなく、前方に数名の騎士がいて、それを黒ずくめの集団が追いかけている。


「さっさと吹っ飛ばしてしまいな」


 荷台の後ろに身を隠したサラさんが、ぶっそうな事を言って来る。


「両方ともですか?」


「この手に正義の味方なんてないよ」


 確かに両方ぶっ飛ばしてしまえば、こちらが誰かもばれないし、一番あとくされがない。


「囲まれると厄介だ。さっさと撃ちな!」


 背中を押されて、荷台から顔を出すと、その横を矢が次々と通り抜けていく。部外者として、こちらを見逃すつもりはないらしい。


「ほら、向こうだってやる気十分だよ」


 サラさんが速攻魔法(ウォール)を唱えつつ、声を上げた。それなら遠慮なく……。そう思って、剣の柄に手を掛けた時だ。


 先頭の集団が進路を変える。こちらを巻き込まないためか、それとも単に道をそれて逃げるためか、左側へと進路をずらしていく。先頭を走る一騎が兜を上げると、こちらへ顔を向けるのが見えた。


「何をしグズグズしているんだい!」


「イケメンです!」


「はあ?」


 呆れた声を上げるサラさんを無視して、先頭の騎士をガン見する。額に汗で張り付いたくせ毛に、日焼けした少し彫が深い顔。間違いありません。何より、この状況にも関わらず、決してあきらめることなく、前を見続けている。


「前を助けます!」


「ちょっと待ちな!」


「待てません!」


 待ってなどいたら、せっかくのイケメンが、殺されてしまうじゃないですか!?


 焦る心を抑えて、自分の呼吸を意識する。同時に自分の斬撃を、男性へ追いすがろうとする集団へ、叩き込む場面を頭に描いた。こうしないと、サラさんの目論見通り、イケメンもその他も、全て一緒くたに吹き飛ばしてしまうことになる。


「斬撃!」


 頭の中のイメージに、目の前の現実、自分の呼吸がそろった瞬間に、それを打ち放つ。私の気合と共に、小さな竜巻とでも呼ぶべきものが、前方へ放たれた。それは先頭の騎士たちを超えて、黒ずくめの集団を捉えると、馬体ごと空へ舞いあげる。


「追撃だ!」


 サラさんの呼びかけに頷く。こちらは二人しかいないのだから、囲まれたら終わりだ。次を放つべく、再び腰をおろして足を後ろに引く。しかし黒ずくめの集団は、地面に落ちた者たちを素早く引っ張り上げると、来た道を引き返していった。


「ただ者じゃないね」


 荷台から身を起こしたサラさんが、遠ざかっていく砂塵を見ながらつぶやいた。打ってきた矢も、馬上にも関わらず正確で、サラさんがウォールを張ってくれなかったら、私の体はハリネズミになっていた。


 単なる野盗にしては、統制が取れすぎている。去ったと思わせて、別動隊が襲うつもりかもしれない。そう思って、辺りを警戒しようとした時だ。


 ヒヒーン!


 私の耳に、とても物悲しい鳴き声が響いてきた。見れば、何本もの矢を受けた馬が、苦しがってもがいている。慌ててハーネスを剣で切り離すと、馬は耐えきれぬように、体を地面へと横たえた。北方種特有の長いたてがみの間から流れた血が、辺りを赤く染めていく。


 荷台から飛び降りて、体に刺さった矢を抜いてやるが、その傷は多く、そのどれもが深い。


「すまないね。あんたを守ってやることが出来なかった」


 サラさんは馬の横にひざまづくと、腰にさした剣を抜いた。そしてためらうことなく、馬の首の後ろへ、その切っ先を差し込む。極寒のハマスウェルからここまで、私たちを連れてきてくれた馬は、体を僅かに震わせると、動きをとめた。そのまぶたへそっと手を伸ばす。


 それが何の償いにもならないと分かっていても、涙が零れ落ちてくる。謝るべきはサラさんじゃない。私だ。サラさんが全部吹き飛ばせと言った時、すぐにやればこの子は無事だった。


 でも感傷に浸る訳にもいかない。こちらへ近づく馬蹄の音に、私は剣を手に背後を振り返った。同時に首筋を、チリチリした感触が通り抜ける。サラさんがいつでも速攻魔法を放てる様に、準備を終えたらしい。


「他意はありません」


 先頭の一騎が馬から降りると、両手を上げながらこちらへと近づいてきた。相手の言葉通り、殺気らしきものは感じられない。いろいろとだめだめな私だが、人が放つ殺気と、魔法の気配にだけは敏感だ。


 ハマスウェルで、ギルドの帰りにつけられたのも、すぐに気付いたし、クラリスちゃんを守るために、一芝居打った時も、相手がこちらを見逃す気がないのも分かった。


「どうやら本当みたいですけど……」


「そんなの信用できるかい」


 サラさんの言う通りだ。ブリジットハウスでは、それが全く役にたたなかった。殺す前に、相手が私を犯す気満々だったせいだろう。男というのは、どうしてそういう生き物なんだ?

 

「せめて、お礼を言わせていただきたいのです」


「礼ならいらないよ。単に運が悪かっただけさ」


 サラさんが、剣の柄に手を置いたまま答える。前回、エマちゃんたちの豹変にやられたせいもあるのか、その構えには一分の隙もない。いや、こちらから斬りかかりそうなぐらいだ。


 しかし騎士は、サラさんの激塩対応に動じることなく、おもむろに私たちの前にひざまずく。

 

「グラント様!」


 他の騎士たちが、驚きの声を上げた。


「君たちも、命の恩人に対して、頭を下げるべきではないのか?」


 それを聞いた騎士たちが、慌てて頭を下げる。先頭の騎士は兜を脱ぐと、淑女に対する騎士の礼をしつつ、上目遣いに私達を見上げた。


「申し遅れましたが、グラントと申します。助けていただきまして、ありがとうございました」


 少し彫が深い顔に日焼けした肌。男性的な魅力にあふれた、まごうことなきイケメンです。紋章が入った鎧を見る限り、貴族なのだろうけど、貴族にありがちな上から目線も感じない。


 何より、少ししぶい感じはランドさんに似ている気がする。いや、ランドさんより、ブリジットハウスで私をハメようとしたサラさんの元カレ(アルバート)に、似ているかもしれない。いずれにせよ、サラさんの好みにドンピシャです。


 思わずサラさんの顔色を伺うと、私の予想に反して、苦虫を噛み潰した顔をしている。私と同じく、ランドさんより、元カレに似ていると思っているのかもしれない。


「礼は聞いた。私たちはあっちへ行く。あんたたちはそっちへ行ってくれない」


 やっぱりです。塩を通り越して、激辛対応だ。


「グラント様が礼を尽くしていると言うのに、冒険者風情が調子に乗るな!」


 騎士の一人が声を荒げる。だがグラントと名乗った男性は、その騎士を制すると、横たわる馬の亡骸へと視線を向けた。


「助けていただいただけでなく、ご迷惑もおかけしてしまった様ですね。こちらで替えの馬の用意を、させていただきませんでしょうか?」


 そう告げると、黒い瞳でこちらをじっと見る。そのつぶらな瞳に、思わず心臓の鼓動が早まりそうになります。


「サラさん、どうします?」


「リーダーはあんただ。あんたが決めればそれでいい」


 色々と後味の悪いところもあったが、エマちゃんたちの件で、食料をたくさんもらって荷物も多い。女二人でそれを押すのはとてもしんどそうだ。何より、この子をこのままここに置き去りにしたくはない。


「この子はきちんと葬ってあげたいんです。それのお手伝いも、お願いできますでしょうか?」


「もちろんです。すぐに人をやって――」


 そこまで口にしたところで、グラントさんが剣の柄に手を掛けた。


「アイシャ、次だ!」


 サラさんが声を上げる。私の耳にも、低い振動音が響いてきた。間違いなく馬蹄の音だ。振り返ると、先ほどとは比べようもないほどの大量の砂埃が、丘の向こうから、私たちへと向かって来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ