桜の思い出
「ねえ、私のこと、好き?」
◆◇◆
桜の木の下で、出会ったあの日のことを覚えてる。
大急ぎで駆けてきた君と、よそ見した僕はうっかりぶつかったんだっけ。
それで顔を赤らめる君は僕に怒鳴ったね。あの時はびっくりしたよ。
長い黒髪、色白の肌。君はまるで桜のように可憐だった。
「ごめんよ」って謝る僕にふんと鼻を鳴らして君は、「じゃあお先に」と言って学校へ走っていったね。
でもきっとあの瞬間が、運命の出会いだったんだと思う。
翌日、僕は満開の桜のもとでまた君と出くわした。
「ああ、奇遇だね」
それからなんとなく僕らは一緒に学校へ行くことになった。そしてその時君と初めてちゃんと話して、僕は君に惚れたんだ。
君のことが、頭に焼き付いて離れなくなったよ。
満開だった桜がはらはらと散る頃、僕は決心して君に付き合ってって言った。
君は驚いたように目を丸くして、しばらく考えて――「ちょっとだけなら、いいけど」って言ってくれた時、僕がどれだけ嬉しかったかわかるかい?
僕らは付き合うようになった。色々喧嘩とかもあったけど、とっても楽しかった。なのに、君は急に倒れてしまった。
交通事故だから、仕方ない。僕はあの酔っ払いを一生恨むとするよ。
怪我をして、入院して……余命一ヶ月って聞かされた時、僕は心臓が止まるかと思った。でも、君はフッと笑って言ったよね。
「気にしないで。私、なんだかんだ言って十分楽しめたんだから」
僕は未練があった。もっと彼女といたかった。でも僕も彼女みたいに素直にならなくちゃいけないと思って、でも未練を振り払いきれなくて毎日毎日君の所へやって来たんだ。
君は時に嬉しげに、時に鬱陶しそうに僕を迎え入れながら、いろいろなことを話してくれた。
僕はその間にも、もう君のことが好きで好きでたまらなかったんだ。
愛してるよ。愛してるよ。だから――。
◆◇◆
「ありがとう。私も……」
とある病室にて。
満開の桜のような笑顔を残し、彼女は静かに息を引き取った。
最期まで僕の隣にいてくれた彼女。
僕は俯き、嗚咽を漏らした。
僕と彼女の桜の下での思い出は、きっといつまでも消えないだろうなと思いながら。