桜に憧れて
「桜って、綺麗だよね」
ある日の下校途中。
突然、隣で歩く彼女がそう呟いたので俺は彼女の方を振り向いた。
「どうしたんだよ急に」
「……あたしね、桜に憧れてるんだ。元気に咲く桜が好き。ほら、見て」
ふと見上げればそこには、満開の桜が咲き乱れていた。
それを指差しながら、彼女は続ける。
「私もあの桜みたいに、可愛くなりたい。いっぱい花をつけて、健気に咲いていたい。……そう、毎日思ってるの」
俺は、「そうか」としか言ってやれなかった。
「あたし、暗いでしょ。だから……もっと明るく、いられたらいいのにって」
彼女は昔から、ちょっと陰気だ。
周りからも軽いいじめを受けていて、普段あまり言葉を発さない。幼馴染の俺にも、ポツポツとしか喋ってくれない。
そんな彼女が、こんなことを口にするのは初めてだった。
「なんか変なこと言ってごめんね。あたしもいつか、桜みたいになれるかな……?」
「ああ、なれるぞ。きっとな」
俺は何もしてやれない。だが、できるだけ力を込めて励ましてやる。
「……そう、だよね」
彼女はそう言うと、頬を桜色に染めて、ふっと笑った。
それがとても可愛らしかったことをよく覚えている。
――数日後、彼女は死んだ。
急だった。登校途中、横断歩道で不注意運転の車に撥ねられたのだ。
突き飛ばされ、真っ赤な鮮血を撒き散らしながらくるくると宙を舞い踊る彼女を、俺は見ていることしかできなかった。
彼女の一メートル後ろを歩いていたというのに、だ。
くるくる、くるくる、くるくる。
そして全身を地面に叩きつけ、肉片となった彼女は――その場で命を散らした。
まるで、儚い桜の花のように。
呆然とした。俺は目の前の事実が信じられずに、泣くことすらもできなかった。
これが彼女の望みだったのだろうか。こんな形で終わるのが、彼女の夢の末路だったのだろうか。
その答えはもう永遠にわからない。
風ではらはらと散りゆく花びらが、哀れな彼女の亡骸に降り注いでいた。