〈5〉自分の家には帰らない
朝のホームルームの後、体育館へ移動し、終業式が行われた。淡々と大人の人達が長話をする。途中で図工の絵や体育の縄跳び大会の表彰が行われた。全校児童が床に座る中、名を呼ばれた人がチラホラ立ち上がる。
僕は何年もこの場所に通って、何度もこの場面に立ち会って、一度も名を呼ばれたことがなかった。姉が呼ばれているのは何度か見たことがある。大抵は書道の表彰だった。最後の一人が呼ばれる頃には、全体の3分の1くらいは立ち上がっていたんじゃないだろうか。これだけ枠があるのなら数年に一度くらい呼ばれても不思議じゃない。僕はきっと何も成さない人間なのだろう、と思った。
矢野君の名が呼ばれた。僕よりも後ろの方に並んでいたから、立ち上がる瞬間を見ることはできなかった。しかし、矢野君は確かに何かを成し遂げていた。
始業式が終わり、人混みの流れに乗って歩く。そんなに大きな学校でもないから、上級生も下級生も関係なく大体の人の顔は分かる。名前がわからなくても、街中で見かければ同じ小学校の人だとピンとくる。僕もきっと、この大勢の人の群れに顔を知られているのだろう。そう思うと、なんだか窮屈な心地がした。透明人間にでもならない限り、僕は誰かに見つけられてしまう。
「お、いたいた。よお、永二。」
見つかった。声をかけてきたのは矢野君だった。まあ、矢野君なら、いいか。
「ん。」
僕は軽く右手を挙げて応えた。
「暑いな。やっと終わってくれたよ。」
「矢野君表彰されてたね。」
「ん?ああ、アレか。書道の授業で書いたやつ当たったっぽい。」
「すごいね。僕なんか一度も呼ばれたことないよ。」
「まあ、オレ普段から家で筆使ってるからな。だけど立たされんの面倒くせえよ。座ったままでもいいだろ。」
矢野君は自分の成した事を何とも思っていない様子だった。それより少し気になったのは……。
「普段から使ってるの?筆?」
「使ってるよ。ていうかウチの人ほぼ全員。じいちゃんが書いたでっかい掛け軸飾ってる部屋なんかもあるぞ。そうだ、今日ウチ来いよ。掛け軸見せてやるよ。本当にでかいぞ。」
「別にいいよ。宿題もあるし。」
「いいよって、来てくれるのか?そうかそうか。楽しみだなあ。」
「行かないよ!見なくてもいいよ!」
「ハハハ。冗談、冗談。ホント真面目だなぁ。お前。」
話の勢いで断ってしまったけど、実は揺らいでいた。矢野君の家に遊びに行って、そのまま自分の家に帰らずどこか遠くへ行ってしまえたらいいのにと思った。あのマンガの家でシーンがまた脳裏にちらついていた。
帰りのホームルームが終わり、僕は山のように配られた夏休みの宿題の数々をランドセルに詰めていた。明日からまたこれらを片付けなければならない。何気なく矢野君の方を見る。矢野君はまだ机の上に宿題の山を残したまま、斎藤君と話をしていた。
(…帰ろうかな。)
家に帰ったところで居心地が良い訳では無いけど、だからと言って教室にいつまでも残っていたくはない。僕はランドセルを背負い、教室を出た。階段を下りて玄関の近くまで来たとき、ふとトイレの入り口のドアが目に入る。
(一応行っておくか。)
家まではそこそこ歩く。行くなら今だ。
洗面所で手を洗いながら、ふと、体育館で矢野君の家に誘われたことを思い出した。
(あの時『行く』って言ってたらな…。今更だよな…。自分から頼むか?でも矢野君、斎藤君と話してたしな…。今から教室に戻るのは面倒くさいし…。やっぱ、いいや。)
迷ったり考えたりすることすらもだんだん面倒臭くなってしまった。矢野君の家に行けばそのまま自分の家に帰らなくてもよくなるような気がした。だけど、今は矢野君の家に行くことの方が面倒くさい。
トイレのドアを開けて玄関へ行くと、靴箱の前に矢野君がいた。
「じゃあな。」
「おう。」
ちょうど斎藤君が外へ出ていくところだった。矢野君は履いた靴のヒモを結びなおしていた。そういえば、矢野君と斎藤君は帰る方向が真逆だった。一緒に帰ったりはしない。ヒモを結び終えた矢野君と、目が合った。
「やあやあ永二君、奇遇だねぇ。」
「お、おう?(キグウ?)」
突然難しい単語を使われて何を言われたのかは分からなかったけど、とりあえず挨拶の言葉をかけてきたのだろうと思い、適当に返した。
「なんだよー、そこは『奇遇だねぇ』って返すんだよ!」
「あ、ああ。」
「奇遇だねぇ」の所だけ声がダンディになってた。何かのドラマのセリフなのだろうか。
「まあ、いいや。今日一緒に帰らねえ?たしか家の方向途中まで同じだったよな?」
「ああ、いいよ」
「コンドはどっちの『いいよ』カナ?」
外国人っぽい言い方してきた。両手を広げて肩をすくめている。ホント沢山ネタ持ってるなぁ。この人は。
「イェスですよ。ちょっと待ってて、今靴取る」
「ん、待ってる」
人がボケ返したときは真顔でスルーしてきた。絶対わざとだ。何か言い返したかったけど、一瞬の間では何も言葉が出てこなかった。
僕は靴箱からスニーカーを取り出して履き、矢野君と一緒に外へ出た。
隣を歩く矢野君はずっとマンガやらゲームやらの話をしていて、何かと話題が尽きなかった。僕も多少はマンガやゲームを楽しんでいるけど、ここまでたくさんの種類のものは知らない。初めて会った人への自己紹介でお互いの趣味を訊くのは定番だけど、こんなに詳しい人を目の前にすると、自分なんかが軽々しく「マンガとゲームが趣味です」とは言えないな、と思った。
矢野君の話に適当にあいづちを打ちながら、僕は矢野君の家に本当に遊びに行こうかどうかまた迷い始めていた。さっきは教室にいちいち戻るのが面倒くさくて諦めたけど、玄関でたまたま出くわして今こうして一緒に歩いている。あの時何となくトイレに寄らずそのまま帰っていたら、きっとそのまま夏休み明けまで会うことはなかっただろう。
これは……、チャンス、ということなのだろうか。あの息苦しい家から逃げられる、またとないチャンス。だけど、矢野君は体育館で話していたことなど一切覚えていないかのように、「夏休みにやりたい」というキャンプやプールの話をし始めていた。
「プールか…。行ってみたいけど、近所だと知り合いに会いそうだしな。」
僕は独り言のようにつぶやいた。
「なに、別に会ったってよくね?悪いことしてるわけじゃねーんだし」
矢野君は僕の独り言を拾った。
「遊んでいるところを誰かに見られたくないんだ。誰にも見つかりたくない。」
「だったら遠くのプールに行けば良くね?知り合いがいなければいいんだろ?」
「なるほど。ああ、でもなぁ。前にちょっと遠い所でやってた花火大会行ったらウチの学校の人いたんだよなぁ。学年はたぶん下の人だったけど」
「知り合いじゃねーじゃん」
「顔は知ってるだろ。向こうだって僕の名前を知らなくても顔くらいは分かるはずだ。『僕であること』がわかる人には、見られたくないんだ。落ち着いて遊べやしないよ」
「う~ん。」
矢野君は腕を組み、わざとらしく唸った。
「よし、分かった。オレが永二を誰にも見つからないようにしてやる!」
「?」
(………どういうこと?ちょっと何言ってるか分からない。)
返す言葉が見つからなくてうまく反応できないでいると、思わぬ言葉が飛んできた。
「今日ウチに来いよ。見せたいモンがある。」
「掛け軸?」
「もっと面白いモンだ。ついでに昼メシも食って行けよ。」
まさか矢野君の方からもう一度誘いの言葉を聞けるなんて思わなかった。遊びに行きたければ、いや、あの家から逃げたければ、ただここで「うん。」と言えばいい。でも、自分の欲しかったモノがいざ目の前に突然迫ってくると、急に我に返って色々考えてしまうのだった。
誰かの家に遊びに行くときは必ず一度家に帰って行き先を親に伝えるようにしていた。でも、これでは家出にならない。それに、もし仮に矢野君の家に遊びに行って、そのままどこかへ逃げたとして、夕飯はどうする?夜はどこに寝る?考えれば考えるほど、現実はマンガのように簡単に運ぶものではないと思い知った。僕はあまりにも子供だった。
頭の中で思考をぐるぐるさせていると、それが顔に出てしまっていたのか、僕の様子を見た矢野君がさっきまでの楽しげなテンションを消して、落ち着いた口調で話しかけてきた。
「そんなに悩むなら、無理にとは言わねぇよ。ただ、夕飯抜かれたって聞いて、ちょっと心配になったんだよ。」
「いや、あれはあの時だけだって」
「そうなのか?今日ちょっとお前元気ねえように見えたからさ。気のせいならいいけどよ」
「うん。気のせ……」
と言いかけたところで、僕は口をつぐんだ。最後まで言ってしまうと、もう矢野君に助けを求めるチャンスは無くなってしまうような気がした。だけど、矢野君に限らず誰かに助けを求めたら、いつか何かをお返ししなければならない。僕には返せるものが何も無かった。
矢野君の方からもし助けを求められるようなことがあればその時に助け返す、という方法もあるのだろうけど、僕より生きるのが上手な矢野君が、僕を頼るわけがない。「返せない借金」みたいなものは、背負いたくない。でも……。ここで矢野君の差し出してくれた手を今ここで掴まなければ、あの家から逃げることはできない……。
意を決す。
「……やっぱり、遊びに行っても、いいかな?」
つっかえたけど、一応言えた。
「おう、あたぼうよ」
気のせいだろうか、矢野君が少しホッとしているように見えた。
いつも通る丁字路に差し掛かった所で、いつもとは逆に右へ曲がった。本当に矢野君家へ行くのか……。いつもと違う行動をしているというだけで、ちょっと緊張してしまう。これからどうしよう。親に何も言わずに寄り道をしている。またあの説教地獄に落ちてしまうんだろうか。いや、そもそも家に帰らないつもりなんだから、怒られようがない。自分は一体何を考えているんだろう。家から逃れようとしているのに、家に帰ってからのことを考えてしまっていた。僕はもうどこか壊れてしまっているんだろうか。
(そういえば、あれこれ考えていたせいで忘れかけてたけど、「誰にも見つからないようにしてやる」って、どういうことなんだろう。)
変装の術でも教えてくれるんだろうか、と思った。マスクと帽子とサングラス掛けただけとかだったら、勘弁してほしい。
「そういえば今度遠くのばあちゃん家に行くんだけど、永二も一緒に行かねえ?ばあちゃん家の近所のプールに従兄妹と行く約束してるんだよ。」
「え、『ばあちゃんち』?いいけど、なんで?矢野君のおばあちゃん家でしょ?」
「そうだけど」
「プールだけでいいよ。場所教えてくれれば行くから。」
矢野君の親戚の家にまでお邪魔するのは、さすがに申し訳なかった。しかし、矢野君はあまり気にしていないようだった。
「んな寂しいコト言わないでくれよー。ばあちゃん家だって人数いた方が楽しいだろー?」
「だからって……」
「プールはOKなんだな?」
「あ、はい。」
「ばあちゃん家にも来てくれるな?」
「っ……はい」
不意を突かれて思わずうなずいてしまった。まあ、いいか。いや、待てよ?
「ちょっと待った!」
「どした?」
「その時なんだけど、僕の親には言わないでもらえるかな。自分の居る場所を知られたくないんだ。」
「ずいぶん消えたがってんのな。いいよ。言わないでおくよ。」
「……よかった。」
「ところで、」
「何?」
「何も言わずに家からいなくなったりしたら、騒ぎになるんじゃないか?『永二が誘拐された!』…ってな風に」
「確かに……」
そこは考えていなかった。もし誘拐だと勘違いされれば、警察に相談されるのも目に見える。連れ戻されたらタダじゃ済まないだろう。
「どうしようかね。バレずにうちのばあちゃん家で遊ぶには。口止めするには人数が多すぎる」
「うーん。」
二人で僕の親へのごまかし方をどうしようか考えながら歩いた。これといったアイデアは出なかったけど、話していること自体は楽しかった。自由について考えるのは、楽しい。通学路をしばらく歩いていると、やや広い公園の近くまでやってきた。以前矢野君にゲームの対戦に誘われて、自転車で来たことがある。そうか、矢野君の家はここの近くだっけ。
「あれ、珍しいな。」
矢野君が何かを発見した。ふと見ると、広い芝生の中にあるベンチにおじさんが一人座って缶ジュースを飲んでいるだけの景色が目に入った。矢野君はその景色の方に向かって歩き始める。
「どうしたの?」
「ん。知り合い。ちょっと声かけてくるわ。」
どうやらあのベンチのおじさんのことらしかった。僕も矢野君の後についていった。
「三四郎さ~ん。」
矢野君が右手を大きく振りながら、呼び掛けた。
「よう拓馬、今帰りか。」
作務衣を着て頭にタオルを巻いた50歳くらいのおじさんが、こちらに手を挙げて応えた。体格がよく、庭師とか陶芸家の人のように見えた。片手に持った缶ジュースの最後のひと口を、缶が逆さになるまで顔を反り上げて飲み干した。よく見ると、缶ジュースではなく、甘酒だった。この暑いのに甘酒を選ぶとは。初詣とか、冬に飲むものじゃないの?
「今日終業式でさ、明日から夏休みなんだ。」
「そうか。もうそんな時期なんだな。てことはアレか?そろそろ三笠村上の家に行くのか?」
「ん?ああ、そうそう。今度行ってくるわ。三四郎さんはどうするの?」
「今年は別にいいかなぁ。あの街の花火だって飽きる程見てるし。とりあえずいつもの酒お土産に買ってきてくれよ。」
「オレ未成年だぞ」
「お前の父さんに頼めばいいだろ。」
「はいはい。伝えとくよ。」
他所様の身内の会話を、僕はただ横で見ているだけだった。
「ところで君、拓馬の友達?」
「あ、はい」
不意打ちで話しかけられ、少しびっくりした。顔には出さなかった。……つもりだ。
「そんな身構えなくていいよ。おじさん怪しくないよホラ。」
確か、三四郎さん?が、両手を広げて怪しくないアピールをした。
「それ、『実は怪しい人』が使うセリフだろ。まあ、怪しいっちゃ怪しいけど、悪い人じゃないからな?あ、そもそも人じゃねえか。」
矢野君が僕の方に手を置いて言った。
「人じゃないって、そんな……」
「確かにそうだな、ハッハッハ!」
矢野君のどぎつい冗談を、三四郎さんは豪快に笑い飛ばした。大人だなぁ、と思った。「人じゃない」なんて言われて、僕だったら耐えられない。
「コイツ俺の同級生。西山永二っていうんだ。」
矢野君は僕を三四郎さんに紹介した。
「そうかい。拓馬と仲良くしてくれてんのか。ありがとな。」
三四郎さんはとても嬉しそうにニコニコしながらウンウンうなずいていた。この感じだと、恐らく矢野君の親戚の人だろう。そう思って安心した矢先、突然三四郎さんの顔から笑顔が消えた。真顔で僕を問い詰める。
「ん?今なんつった?西山?」
「はい。西山永二です。」
急に名前を確かめられた。ちょっと怖くなった。もしかして、僕のことを知っている人だろうか。大きめの町が隣にあるけど、このあたりはまだ結構田舎みたいな所だから、近所のお年寄りにどこの誰なのかいつの間にか知られていたりする。僕が三四郎さんのことを知らなかっただけで、近所に住んでいるのかもしれない。お年寄りには見えないけど。
「春男の倅か」
「ハルオ……?」
あまりなじみがないけど、どこかで聞いたことのある名前だった。
(ハルオ、春男……。あ、もしかして。)
その時、一つの心当たりが浮かんだ。
「…僕のおじいさんのことですか?」
「おじ……、ああ、そうか。春男はもういい年してるもんな。てことは君、春男の孫か。」
「そう、ですね。はい。孫です。」
会ったことも写真で見たことも無かったからあまりピンと来なかったけど、確かに言われてみれば、僕は西山春男さんという人の孫だった。お父さんの方の親戚みたいだけど、いつもお父さんがおじいさんの悪口を言っているのを聞いていたから、名前だけは何となく記憶に残っていた。
(まさかおじいさんの知り合いだったとは。というか、この感じだと三四郎さんって、僕のおじいさんより年上?)
「いやあ、たまげたな。そうかそうか。拓馬と同い年の子がいたのか。おじいさん元気か?」
とても答えづらい。しかし、僕は正直に答えることしかできなかった。人に気を遣ってウソを瞬時につけるほど、器用じゃなかった。
「……会ったことがないので、分かりません。顔も知りません。」
三四郎さんは真剣なまなざしで僕の目を見ている。ちょっとたじろいだ。
「そうか。それはすまなかった。知らずに軽々しく聞いてしまったな。」
「いや、気にしないでください。」
三四郎さんの顔が少し穏やかになった。ホッとした。
「じゃあ、叉油瓜さんのことも知らないよな……」
「サユリさん?」
三四郎さんは半ば独り言のように、まだ僕の知らない、でも何かありそうな気配のする人の名前をつぶやいた。三四郎さんは持っていた甘酒の缶に口をつけ、上を向いて一気に飲み干そうとした。まるでヤケ酒のようだった。甘酒だけど。
「三四郎さん、それ空じゃね?」
矢野君が気付いてツッコんだ。
「あ、忘れてた。美味かったもんで、つい。お前らも飲むか?ちょうど3本あるぞ。」
三四郎さんはベンチの下に置いていたコンビニの袋を持ち上げて、僕たちに向けて掲げた。
「だからオレら未成年だって。」
「拓馬、お前知らないのか?甘酒はノンアルコールだぞ?」
「入ってるやつもあるだろ。この間じいちゃんが飲んでたよ。」
「大丈夫だ。今日買ったやつは入ってないから安心しろ。それに今の甘酒は昔のと違って飲みやすいんだよ。ほとんどカルピスだぞ?」
「じゃあカルピスでいいじゃねえか!」
「西山はどうだ?美味いぞ?」
缶を目の前に差し出された。この時よりもっと小さい頃の初詣の時に飲んだ記憶がうっすらあったが、とりあえずカルピスではなかった。くちどけの良い甘おかゆ汁とでもいうのか……。何とも表現しがたい不思議な飲み物だったような気がする。もしそれと違う味がするのだとしたら、と考えると、ちょっと興味がわいた。お昼前でお腹もすいていた。
「いいんですか?ありがとうございます。」
「拓馬も遠慮なんかしなくていいぞ。」
「昼メシ前に甘いモン摂りたくないんだよな……。」
そう言いながらも、矢野君は三四郎さんから缶を受け取った。
「なんだ、お前らまだメシ食ってなかったのか。こんな所でおじさんからかってないで、早く家帰れよ。」
「三四郎さんはもう食ったの?」
「俺はもうコンビニ弁当で済ましたよ。今のコンビニ飯みんな美味いのな。ハマっちゃったよ。マイブームだ。」
「そうなのか。オレらまだだから帰るわ。缶ありがとな。昼メシのデザートにするよ。」
「おう。気を付けて帰れよ。」
矢野君と僕は公園の外へと歩き出した。すると矢野君が門の手前で立ち止まった。
「どうしたの?」
僕は横を向いて尋ねた。
「そうだ。あの手があった。」
「?」
矢野君は公園の中へ引き返した。
「ちょっとそこで待っててくれ。すぐ戻るから。」
走って行ってしまった。
僕は公園の入り口の所で矢野君を待った。遠くでコンビニの袋に弁当のゴミ?をまとめている三四郎さんの姿が見えた。矢野君がそこにたどり着くと、2人で何やら話し込んでいた。
(まだなにか話し足りなかったのかな。)
矢野君の家に着くまで空腹を我慢できそうになかったので、僕は甘酒の缶を開けた。僕の知っている甘酒の味とは違ってちょっと酸味があり、スッキリとしていた。
(これは……カルピス?)
ベロモービルが欲しい。国産メーカー出てこないかな。
追記:シーンの区切りを間違えたので、修正しました。ちょっと長くなりました。