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〈14〉 憩いの家

「あれぇ?」


ボクの目の前に立つ見知らぬ女の子が、首を大きく傾げながらこちらの顔を覗き込んできた。


「誰~?」


「あ、えと……」


じーっと見つめられ、答えに詰まった。女の子は不思議そうな顔をして、首を右に左にこてん、こてんと傾げていた。


「この辺の子じゃないよね?迷子?」


ある意味迷子みたいなものだったが、一応目的地にたどり着いてはいたので、どう返すべきか迷った。黙っているわけにもいかないので、自分の置かれている状況をとりあえず話すことにした。


「と……友達に連れてこられたんだけど、『先に行ってて』て言われてここで待ってた」


「ふ~ん。友達って、ここら辺の子?」


これまた返答に迷う質問だった。矢野くんは一応ボクと同じ小学校に通っているし、地元はここではない……と思われた。ただ、一応「矢野くんのおばあちゃんの家」の近所でもあるので、全く当てはまらないわけでもない。


「たぶん……矢野くんっていうんだけど。」


「矢野……?もしかしてタク?あなたタクの友達(・・・・・)なの?」


「あ、えと……、うん。」


「そっかぁ!私もタクの友達!」


タクの友達(・・・・・)という響きに少し抵抗を感じてしまった。女の子の問いかけにとっさに「友達に連れてこられた」と言ってしまったものの、ボクごときが矢野くんの友達と名乗って良いものなのか、確信を持てなかった。


「そこ暑いでしょ。汗かいてるじゃん。中入ろ。」


ボクは謎の女の子の案内で「憩いの家」と呼ばれる建物の扉をくぐった。



―――――



「真桜お姉ちゃん、タクのお友達見つけた!」


「お友達?ああ、おはようつばきちゃん。きーちゃんに捕まっちゃったのね。」


「おはようございます。」


謎の女の子の案内で家の中に入ると、そこにはイスに座って頬杖をつく真桜さんがいた。真桜さんの向かいの席にはもう一人知らない女の人が座っていて、静かに本を読んでいた。ボクたちよりもはるかに大人びて見えたけど、ゆみさんや吉成さんよりは若そうだった。たぶんこの時は20歳くらいだったのかもしれない。



「あなたが、つばきちゃん?」


「は、はじめまして。」


「はじめまして。さっき真桜ちゃんから話は聞いたわ。タクに連れてこられたんですって?」


ボクは黙ってうなずいた。


「そう。」


「…」


「…」


真顔で目が合う。じっとこちらを見ている。


「…その様子だと、ここがどんな場所なのかもわかってなさそうね。」


「?」


「ところであなた、叉油瓜(さゆり)さんに何かされた?」


「……?何のことですか?」


前にどこかで聞いたことのある名前だった。でも、知り合いにそんな名前の人心当たりがなかった。


「匂いがするの…。あの人の…。」


「あの人って、誰ですか?」


「...」


「...」


また無言で目が合う。なのに、感情が読めない。


「そう。知らないのね。なら、いいわ。私の気のせいみたい。ごめんね。」


女性は(うつむ)きながら静かに微笑んだ。それまでの冷たい表情とのギャップに、氷が解ける瞬間を目の当たりにしたような心地がした。そしてちょっとホッとした。


「えーと、叉油瓜さんていうのはね、ここの……」


「はよーっす」


真桜さんが何か言いかけたところで、矢野くんがリビングに入ってきた。


「あ、タクみっけ!」


真桜さんが「きーちゃん」と呼んでいた女の子が、矢野くんを指さした。


「オレは逃げも隠れもしないぞ~。」


「キャー!」


矢野くんが両手を挙げて怪獣のようなポーズを取り、きーちゃんを追い始めた。きーちゃんは逃げだした。ボクは呆気にとられて軽く苦笑いした。そんなボクを見て、真桜さんが言った。


「あー、今ちょっとみんなでかくれんぼしててさ、私らソッコーで見つかっちゃったのよ。で、ここで休んでたの。きーちゃんマジ強すぎるって。」


「真桜ちゃんも智沙お姉ちゃんもマジ強かったよ!お互い様だね。ちょっと2階探してくる!どこだー!」


きーちゃんがテーブルの前を横切りながら言うと、リビングから出て行ってしまった。


(ん?智沙お姉ちゃん?)


テーブルに着席して本を読む物静かな女性の方を見る。



『智沙姉さんのやってる「憩いの家」ってあっただろ?そこを永二に紹介してやりたくて』



思い出した。初めて矢野くんの家に行ったとき、確かにそんな話をしていたような気がする。矢野くんが前にチラッと言っていたのは、この人のことだったようだ。


でもなんで、矢野くんはボクをこの人に紹介しようと思ったんだろう。友達が欲しかったんだろうか。でもわざわざボクなんか呼ばなくても、真桜さんと矢野くん、それにきーちゃん?もいるじゃないか。


……ボクはここに居ていいのだろうか。


頭の中でぐるぐると思いを巡らせていると、矢野くんが話しかけてきた。


「つばき!マリカやろうぜ!」


矢野くんが掲げた左手には、青い二つ折りのゲーム機本体があった。



―――――



矢野くんから赤いゲーム機を手渡された。2人向かい合って窓の近くのカーペットの上に座った。一応自分用の本体も荷物の中に入れてきていたけど、まさか散歩の果てにゲームをするなんて思わなかったから、タキさんの家に置いてきてしまった。


今受け取ったのは「智沙姉さん」のものらしい。ソフトは矢野くんが持ち込んだ一本しかなかったので、ボクはゲームのシェア機能でデータを受信させてもらった。画面内にお面を被った赤い布袋みたいなキャラがカートに乗って現れる。矢野くんは緑の恐竜を選んでいた。いつもは一人でCPU相手に走ってばかりだったから、人間相手にレースをするのはなんだか新鮮だった。


レースが始まる。一周目が終わるころにはCPUたちがはるか後ろを走っていて、ほとんどボクと矢野くんの一騎打ちになっていた。


「あれ?タク兄ゲームしてんの?」


ボクはゲームの画面から一瞬だけ目を離し、顔を上げた。見知らぬ男の子がきーちゃんに連行されていた。そのうちの一人がきーちゃんの手を離れ矢野くんの隣に座り、画面をのぞき込んだ。


「やっぱタク兄強いなー。」


矢野くんは1位をキープしていて、ボクの少し前の方を走っていた。矢野くんの走るコースをなぞってみるけど、差は縮まらない。ゴール手前でバナナを投げてみる。紙一重で届かなかった。順位が入れ替わることはなく、そのままワンツーフィニッシュでゴールした。


「うっしゃあ!」


矢野くんはガッツポーズした。初めての対人レースは勝てそうで勝てず、とてもモヤモヤする結果となった。ボクは矢野くんをじっと見た。何か言いたいけど、何も口から出てこない。


「なんだよ……。そんな目で見んなよ。」


「あともうちょっとだったのに。」


「怖えよ。お前ずっとすぐ後ろ付いてくんだもん。」


「そういうゲームでしょ!?」


ボクと矢野くんが言い合いをしていると、矢野くんの画面を見ていた男の子が間に入ってきた。


「なあなあ、オレも混ざって良い?」


「お?対戦やるか?」


「うん」


「じゃあ本体持ってきな。」


「おう!あんたもいいか?」


「え、あ、うん。」


不意打ちで声を掛けられて、とっさに適当な返事をしてしまった。


あんた(・・・)もって……)


男の子は見るからに年下だった。ヘタすればきーちゃんよりも下だろう。


「ちょっとしょーへい、その言い方は無いんじゃない?」


きーちゃんがボクの代わりに注意してくれた。


「悪ぃわりぃ」


男の子はきーちゃんに片手を立てて謝る仕草をしながら、部屋の隅のリュックからゲーム機を取り出した。


「謝るのはこっちじゃないでしょー!?」


「だ、大丈夫だから。そんなに怒らなくても……」


ボクの小さな声は届かず、2人は言い合いを始めてしまった。そんな2人をよそに、矢野くんはきーちゃんに捕まっていたもう一人の男の子にも声を掛けていた。


「せっかくだからのぶくんも一緒にやろうぜ。」



ーーーーー



結局ボクと矢野くんきーちゃん、しょーへいとやら、それにのぶくんという男の子も加わり、5人でマリカで遊ぶことになった。


矢野くんを囲うように2人の男の子がカーペットの上に座った。ボクと矢野くんたちが3対1で向かい合っているみたいになった。きーちゃんはボクの後ろのソファーにどっかりとあぐらをかいて座っていた。みんな微妙に距離が遠い。


(ひょっとしてボク、避けられてる?)


胸のあたりが軽くズキッとした。しょーへいが自分のゲーム機を両手で持ったまま、矢野くんの画面を横から覗き込んでいた。


「なあ、まだ?」


「ちょっと待ってろよ!今通信してるから!」


「私はもう準備できてるよ~」


後ろからきーちゃんの声がした。


ボクもゲームデータの受信画面を開いた。



―――――



みんなの準備が整った。再び布袋みたいなキャラが画面に現れていた。今回は緑色だった。ボクと同じキャラクターがあと2人画面の中にいて、赤色と青色だった。5人中3人がデータ受信組。ということは、矢野くん以外でもうひとり、自前のソフトで参加している人がいるようだ。


カウントが始まった。3、2、1。


CPUたちが煙を吐いて立ち往生する中、5人でロケットスタートを決めた。みんな上手い。先頭に立ったのは赤いやつ。その次は背中にトゲだらけの甲羅を背負ったゴツい亀みたいなやつ。次が青で、ボクの緑はその次だった。すぐ隣にはさっき戦った恐竜がいた。たぶん矢野くんだ。さっきはぶっちぎりで早かったのに、ボクのマシンから離れる気配がなかった。


(手抜いてる?)


ボクはアイテムで加速したりコース取りを工夫して前を走る3人に迫った。先頭にいた赤がゴツい亀にぶつかり、ちょっと横の方にはじかれた。


「おい!またカメ選びやがって。ズリーよいつも!」


しょーへいがぼやいた。


「良いじゃん別に。これも作戦よ。」


後ろからきーちゃんの声がした。誰が何に乗っているのか、だいたい分かった。たぶんしょーへいが赤で、きーちゃんがゴツい亀。となると、残る青はのぶくんだ。


2周目に入るころになると、ボクが1位になっていた。後ろできーちゃんとしょーへいが競っている。矢野くんはずっと後ろにいて、一時はCPUにも抜かされていた。


「ねーえー、タク、本気でやってる?」


きーちゃんが言う。


「え?本気出していいの?」


「ごめん、やっぱいい。」


「いくぜ!オレの本気!」


矢野くんはCPUをごぼう抜きし始めた。途中でのぶくんがバナナをひっかけて足止めした。


「のぶナイスぅ~」


しょーへいが言う。


しかし妨害むなしく、矢野くんはぐんぐん先頭に近付いてくる。ふと、画面の端でCPUの一体が青いこうらを持っているのが見えて、慌ててアクセルを緩めた。きーちゃんとしょーへいが前に出た。すると何かを察したのか、きーちゃんも後ろに下がった。


「え、何?勝たせてくれんの?」


しょーへいがぐんぐん前に出る中、ゲーム機のスピーカーから小さく「シュー」と音がした。ボクときーちゃんはしょーへいの右と左の方に逸れて、真後ろを避けた。


「あっ」


しょーへいに青いこうらの暴風が炸裂した。その横をボクときーちゃんが通り過ぎた。


「お前ら汚ねぇ!」


「「これも作戦よ」」


きーちゃんと同じセリフが思わず口を突いて出てきた。


3周目の後半までボクときーちゃんが1位、2位と続いた。3番手には矢野くんが上がってきていて、いまにも抜かれそうな勢いだった。


(勝てるか?)


少し後ろを走るきーちゃんを気にしながら、全集中で走った。ゴールが目前に迫った、その時だった。



「ちゅどーん!」



後ろからミサイルにひき逃げされた。


「うっしゃ!オレの勝ち~」


矢野くんが1位でゴールした。


「「ずるい!」」


ボクときーちゃんでハモった。その様子を見た矢野くんは勝ち誇るようにニマニマ笑った。


「これも作戦よ」



―――――



「オレ、トイレ~」


しょーへいがゲーム機を床に置いて部屋を出た。


「じゃあ次、誰にするかな。」


ゲーム機の通信は繋いだままだったため、矢野くんときーちゃんがキャラ選びを始めた。ボクは画面に映る緑色のキャラを眺めながらその場で待機していた。



ブツッ



「あっ」


画面が真っ暗になった。


「ん?誰か電源切った?」


「ゴメン。ボクのやつ充電切れたみたい。」


「ありゃ、しゃーない。つなぎ直すか。」


矢野くんはまだ床に置いてあったしょーへいのゲーム機と自分のとを交互に見比べながら、2台を操作し始めた。


(あ、ボクはここで終わりなんだ。)


これ以上は一緒に遊んでもらえないことを悟ったボクは、ゲーム機片手にゆっくりと立ち上がり、智沙姉さんの居るテーブルの方へと向かった。


「すみません。充電切れちゃったんですけど……」


文庫本を読んでいた智沙姉さんが顔を上げてこっちを見た。目が合った。またも無表情だった。


「…そこの棚に充電器があるわ。置いておいて。」


「はい。」


ボクは智沙姉さんが指さした棚へ向かい、ゲーム機を充電器の台の上にセットした。オレンジの充電ランプが光った。


「たっだいま~。」


しょーへいが部屋に戻ってきた。ボクが抜けた後の4人組が、まるで初めから何も起こらなかったかのように通信対戦を再開した。


(これじゃあ、ボクはここに居ても居なくても同じじゃないか。ホントに、なんで連れてこられたんだろう。)


ボクはやることが何もなくなった。ふと、部屋の片隅で人知れず静かに首を振る扇風機が視界に入った。テレビCMで見かけた、羽根の無い扇風機だった。ボクはなんとなくその目の前に座った。目の前で、輪の形をした扇風機が首を振り、その風でボクの前髪を揺らした。


「ワレワレハ……、あれ?できない?」


ボクは首をかしげた。この家の扇風機は、ボクを宇宙人に変身させてくれはしなかった。

新聞とか小説とか誰かのエッセイだとか、読書の後には直前に読んだ文章の言葉遣いが頭に残っていて、いざ自分の文を書く時にその残像に引っ張られてしまうことがある。長期間の執筆の合間にいろんな文を読んでいると、一作品の文体がキメラと化していく……。

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