97.年齢と誕生月
中央都滞在4日目から護衛が付くようになった。護衛という名目だが実際は中央都から出ないように見張る監視だろうとエルドは思った。監視の目がある中で街の散策もする気が起きずにエルドはベッドに横になってた。マリーとモイラはチマチマと刺しゅうを入れている。
そんな風にのんびりしている彼らの部屋の扉を叩く音が聞こえた。マリーが出るとそこにいたのは護衛の目におびえながら立つ男性だ。男性はマリーに手荷物を渡し早々に帰って行ってしまった。
「お知合いですか?」
護衛の一人がマリーに声をかける。マリーは渡された荷物を見て彼が近くの運搬業者のものだと理解した。マリーが手渡されたのはエルドが使っているトランクだった。
部屋に戻りマリーはトランクをエルドではなくモイラに渡した。モイラはトランクを受け取るとテーブルに置きふたを開けた。中に手を入れ一通の手紙を取り出し中を読む。
「よかった。ヤロルクは無事に向こうに帰れたみたい。」
ヤロルクは直接的に大教会を破壊したわけではないため警護騎士団の取り調べの後、クーリル領のアフテディ教会に帰っていた。そのときモイラは自分の荷物を送ってほしいと頼んでいたのだが、大した量がないとはいえモイラの荷物もトランク一つに入り切るものではない。そのためエルドがトーライト製のトランクを渡していた。それが今届いたようだ。
「思ったより早かったね。」
エルドがベッドから起き上がりトランクに付いた伝票を見る。
「ああ、超高速転送便か。これ結構高いはずだけど支払いはヤロルクが…いや、着払いになってる。支払いはした?」
マリーは首を振る。持ってきた男性は慌てたようにトランクを渡されそのまま走り去っていた。
「じゃあ後でまた来るかもね。」
エルドは椅子に座りながら言う。モイラはトランクに手を入れ、中を覗きながら入っているものを確認している。そして一つの箱を取り出した。
「あら…これは送ってこなくてもよかったのに…」
モイラは箱を撫でながら言う。
「なんの箱?」
それを見てエルドが聞いてきた。
「両親の形見を入れておいた箱なの。今はこうやって持ってるから特にいらないんだけどね。」
モイラは首に下げた袋を見せながら言う。その中には記録魔法の媒体石を入れている。
「なるほどね。古めかしいけどずっと同じ箱を使ってたの?」
マリーが聞く。
「アフテディ教会に行った時から使っているからもう20年くらいかな。」
「ふ~ん…20年?」
エルドは眉を顰める。それはマリーも同じだった。
「ねえ、そう言えば基本的なこと聞いてなかったんだけど、モイラって何歳なの?」
質問の意図に気付きモイラは不敵な笑みを浮かべる。
「あらエルド。女性に年齢を聞くなんて野暮じゃないかな?」
「うん、まあそうかもね。だけど婚約者になったのに相手の年齢も誕生月も知らないのはどうなのかと思うよ。」
モイラは嬉しそうに顎に指を当てて考えている。
「それもそうね。それなら2人の年齢と誕生月も教えてもらわないと。もっとも、アルデリック殿下と同級生って聞いてるから年齢は知ってるけど。」
エルドは夏の終わり、マリーは冬の始まりの月の生まれだ。この国では誕生日ではなく誕生月の月頭にまとめて誕生祝いをする風習があるため正確な日付は2人は記憶していない。それはモイラも同じでモイラは春の始まりの月、来月に誕生月を迎える。
「まあ、誕生月聞いても年齢がいくつなのか…いや…ヤロルクの話と合わせると大体予想がつくんだけど…」
エルドは頭を抱える。
「あらそうなの?それじゃあいくつかしら?」
エルドは一瞬言っていいものかと逡巡したが口を開く。
「多分30歳前後…かな…」
モイラに殴られるのではないかと一瞬構えたがそんなことは無くモイラは微笑んだままだ。
「正解。正確には来月の誕生月で30歳になるの。私、背も低いし童顔だから昔っから幼く見られてるし、2人もわたしの事年下だと思ってるんだろうなって言うのはわかってたから年齢の事なんか気にしたことなかったんだ。」
「ああそうなんだ。まあ確かに年下だと思ってた。」
エルドの言葉にマリーも頷き同意する。
「も~。私の方がお姉さんなんだから少しは敬ってほしいな。」
モイラは頬を膨らませながら言う。
「お姉さんというかおば…」
エルドは言い切る前に脳天を魔剣ヒーリングで叩かれテーブルに突っ伏す。
「年齢の事は気にしないけど、呼び方は気にしちゃうかな?そもそも5歳しか違わないんだからお姉さんでしょ?」
モイラは笑顔のまま魔剣をテーブルに立てかける。たま~に盛大に地雷を踏みぬくエルドにため息をつきながらマリーはせっせと刺しゅうを続けていた。