9.実母の遺産
馬車を走らせ二人が向かったのは支部ギルドからさほど離れていない一軒家だった。
「あっちに支部ギルドが見えるね。やっぱりこれなら歩いたほうが早いくらいじゃない?」
「そんなことしたら現役領主を一人で帰らせることになるんだよ。一般家庭の人がそんなことしても大丈夫なの?」
デリーはいたずらっぽい笑みで聞く。
「はいはい。上流家庭の方には逆らえませんね。」
エルドはため息をつきながら言う。
「そういう事です。それじゃあさっそく中に入ってみてよ。」
デリーは玄関の鍵を開け、エルドを中に招き入れる。
外見からして一般家庭用の住宅じゃないなと思っていたエルドは中に入って確信する。
「上流家庭の別宅か。デリーのか?それともライナス家の?」
「一応ライナス家が管理してたけど、実際の持ち主はエルド兄さんのお母さんだよ。」
「へえ…初めて知った。」
エルドは中を見渡す。
「エルド兄さんも来たことはあるらしいよ。といっても、生まれた時から一年くらいの間らしいけど。」
そう、この家はエルドの実母がエルドを妊娠し、里帰り出産をするために用意された別宅だった。
この町自体がまだ新しく、エルドの幼少期はこの周辺は数軒の民家と野畑ぐらいしかなかったために訪れたことがなかったために知らなかったのも無理はなかった。
「なるほどね。よくもまあ、大事に残しておいてくれたものだね。」
「この町が出来てから時々使わせてもらってたからね。次にエルド兄さんが来た時に使ってもらおうと思っていたらこんなことになっちゃったし。」
「ん?六年前ならここに来て…ああ、あの時はライナス家に何も言わずに来たから知らなかったんだったね。」
デリーは困ったように笑う。
「そうそう、あの時は僕もまだ学生だったけど、エルド兄さんが冒険者になってこっちに来て魔剣を持って帰ったって一気に情報が入ってきて大騒ぎだったよ。」
「伯母さんたちには苦労を掛けたな。」
「そう思うなら、落ち着いたらうちに来てよ。多分ネチネチお小言をもらえるよ。」
「絶対行かないよ。」
エルドは笑いながら言う。
「それじゃあ部屋の説明ね。一階は台所と食堂、応接室かな。二階は寝室が四室。一つは客間用になってるみたい。」
「まあ一般的な別宅だな。」
「そうだね。今のエルド兄さんなら広すぎるくらいじゃない?」
「ああ。掃除とかどうするかな。」
「そういうと思って、一か月は週一で掃除しにメイドを派遣するからさ。それまでに自分でやるか他の人を雇うか決めてよ。」
「おいおい、僕はもう上流家庭じゃないんだから使用人雇う金なんかないぞ。」
エルドは頭を抱えながら言う。
「それくらいは頑張って稼ぐしかないでしょ。」
「は~…また残されたものの事で頭を抱えることになるとは…」
エルドは父親が急死し、予定外に領主を継いだ時のことを思い出す。
「この家はもうエルド兄さんの名義にしてあるから、使わないというなら家で買い取るよ。」
「ん~…最悪それもやむなしか…」
エルドは唸りながら言う。
「さて、この家も説明したし僕は帰るよ。何かあれば連絡してくれれば、忙しくなければ顔を出すよ。」
「ああ、色々とありがとう。落ち着いた頃にまた来てよ。」
デリーは馬車に乗り帰っていく。見送るために外に出たエルドは庭を見る。
家の中はきれいに掃除されていたが、庭はみすぼらしくない程度にはきれいになっているが、特に花などが植えられているわけではなくただ漠然と広い庭になっているだけだった。
「家の掃除より、庭の手入れが面倒くさそうだな。」
そう言いながら家に入る。
「さて、拠点として一軒家が手に入ったのはありがたい。とりあえず二階の寝室に荷物をいれますか。」
エルドはトランクを二階に運び、一番広い寝室に入る。そこでトランクを開け、荷物を出していく。
そのトランクからは着替えをはじめ、書物、置物、写真、はてはエルドの身長ほどの長さのあるライトスタンドが出てくる。
このトランクはトーライト製の空間魔法を施したトランクである。空間魔法がうまく扱えなかった幼少期にトーライトが作成した魔道具となっている。
荷物をすべて出し終わりトランクを閉める。ふと、表面の革に手を添える。
「なんだかんだと使っているから剝がれそうなところがあるな…三日猶予があったんだから、革の張替えを頼めばよかった…」
そう言ってエルドはベッドに座り、改めて家を追い出されたのだと実感する。