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86.憑影呪法

「茶番だ!すべて茶番だ!!もういい!ふざけるな!!」


 オルファがニュートスの机の下から取り出したのは青白い毛皮。それはオルファ達が討伐した氷虎のものだ。


 オルファはその毛皮を頭からかぶり呪文の詠唱を始めた。オルファが何か始めたのを感じてエルドがそちらを見る。そして目を見開いた。


「その詠唱、憑影呪法ひょうえいじゅほうか!死ぬ気か!」


 憑影呪法は魔物や魔獣の毛皮を身体に纏い、それと同等の力を得る古い魔法。特に魔力が低いものが使うのが一般であったが相性が悪かったり毛皮の怨念にとらわれると術者の命すら削られることも有ったために禁呪とされたものだった。


 本来その方法すら残されることすらなかったのだが、禁呪の事を知らなくてはならないという考えの王家や五大家には代々資料が受け継がれていた。そして大教会にもその資料の一部が保管されていた。


「わが命を糧にこの世のすべてを破壊してくれる!!」


 オルファがそう叫ぶと同時に体が光り、収まるとそこにいたのは二本足でたたずむ氷虎だった。


「この魔力…呑まれたかな…」


 エルドが目の前にいるオルファとも氷虎とも言えない魔物を見据えながら言う。エルドは亜空間から魔剣テンペラを取り出す。


「マリーは前に!モイラはこの部屋に結界と僕らに補助魔法を!ヤロルクはそこに座り込んでる神官総長を連れて出て行って!あとこの教会内の人に避難勧告!!」


 エルドはそう叫ぶと同時にテンペラを地面に刺し氷を発生させる。発生させた氷は槍となり魔物に襲い掛かるが魔物が腕で薙ぎ払うと氷は砕け散った。


 エルドが魔物を引き付けている間にヤロルクはニュートスを連れて部屋の外に出た。ヤロルクが外に出て行ったのを確認してモイラは強固な結界魔法を発動させる。さらに同時に自分たちに身体強化の補助魔法をかけた。


「エルド、最初っから殺意全快で攻撃してるけど、助けられないの?」


 呪いの女神にすら行わなかった一撃目から殺す気で放った一撃にマリーは戸惑いエルドに聞く。


「自分たちが死にたくなかったら殺すしかない。あの禁呪はそういうたぐいの魔法だ。」


 エルドはテンペラの氷で作った剣身を外し魔物に投げつけた。魔物は投げつけられた剣身をよけエルドに殴りかかってくる。その拳には氷がまとわり普通の拳よりも固く握られている。


 マリーはエルドの前に立ち、魔物のその攻撃を熱を込めた左手で受け止め右の拳で魔物の腹部を殴りつける。殴られた魔物は勢いよく吹き飛び部屋の奥の本棚にたたきつけられた。


「なるほど。確かにこの感じ、人間じゃなく魔物みたい。」


 マリーは自分の拳を見つめながら言う。


「ねえモイラ、魔力の回復ってできる?」


 部屋の隅で結界魔法を維持しているモイラに声をかける。


「た、多少なら回復させられるけどそれほど魔力を使うの?」


 魔力の高い2人に回復が必要とも思えなかったためモイラは聞く。


「私はいいけどエルドにはかけ続けて。確かにこいつは、全力じゃないと面倒かもしれない。」


 マリーがそう言い終わると同時に魔物が立ち上がった。手に触れていた本が凍り付いている。魔物が小さな声で呪文を唱えると凍った本が浮き上がりエルド達に飛んでくる。


「氷虎と同じで氷を操れるようだね。元がオルファだから氷虎と同じことしかできないと思ってよさそうだ。」


 エルドがそう言いながらテンペラを振ると、凍った本の氷が融け地面に落ちる。テンペラは青い炎の剣身を携えていた。


 魔物が再び両手を凍らせ殴りつけてくる。マリーが前に立ち受け止め蹴り飛ばそうとするが、魔物に蹴りが当たる瞬間に体に氷を発生させダメージを防いだ。


 ならばとエルドがテンペラをその氷に刺し、周囲の熱を奪って魔物を氷漬けにする。しかし魔物は内側から氷を破壊してエルドを殴り飛ばした。


「エルド!!」


 壁にたたきつけられたエルドにモイラは駆け寄る。


「大丈夫だ…いてて…」


 エルドは立ち上がり再びテンペラに炎の剣身を宿らせる。


「マリー、一気に焼き切ろう!」


 エルドはテンペラに魔力を流し、剣身の熱量を上げて行く。マリーは応戦していた魔物を一度壁にたたきつけ間合いを開けた。そして拳に熱を込める。


 魔物は体を起こしマリーに向かってくる。マリーも魔物に向かっていき腹部に拳をたたきつけた。マリーの込めた熱が魔物に伝わり毛先に火がともり始めた。魔物は地面を転がり燃え始めた体の火を消そうとする。

 

 今度はエルドが魔物の前に立ちテンペラを構える。魔物は立ち上がりエルドに襲い掛かる。エルドはテンペラを振るい、魔物を頭頂部から切り裂いた。


 魔物は血を流すこともなく背中から倒れる。エルドはしばらく起き上がってこないかと様子を見ていたが起き上がってこないのを確認してテンペラの炎の剣身を消した。そしてすかさず魔物の体から毛皮を剥ぎ取る。


「エルド?何をして…」


 マリーが後ろからのぞくと毛皮の下からオルファを取り出そうとしていた。気を失ってはいるが呼吸はしているようだ。


「よかった…死んでない…」


 エルドは息をつきながら言う。


「モイラ!回復魔法を!!」


 マリーの声にモイラが駆け寄ってくる。そしてオルファの様子を見て慌てて回復魔法をかけ始める。


「死にたくなかったら殺すしかないって言ってたのに助けられるじゃない。」


 モイラが回復魔法をかけ始めるとエルドは地面に座り込む。そのエルドにマリーは寄り添いながら言う。


「まあ賭けだったよ。魔法を使ってまだそんなに時間がたってないから表皮、毛皮の部分だけ斬ればもしかするとって斬る前に思いついてね。」


「あのギリギリのタイミングで思いついたの?思いつかなかったら殺してたってなかなかな状況ね。」


 マリーは苦笑する。



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