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85.覚悟

 待合室でどれくらい待ったか、扉がノックされて先ほど受付をしてくれた男性が入ってくる。


「お、お待たせしました。神官総長様がお会いするそうです。どうぞこちらへ。」


 先ほどのけだるそうな対応と違い、恐縮しながら案内してくれた。


「こ、こちらが神官総長様のお部屋です。それでは…」


 そう言って男性は頭を下げて逃げるように行ってしまった。


 エルドは先頭に立ち扉をノックする。


「入りなさい。」


 中から聞こえた低めの男性の声。エルドは言われた通り扉を開け中に入る。


「おお、よく来てくれた。」


 部屋の奥にある机に座った白いローブを着た中年の男がこちらを見ている。中年男性の後ろにはオルファが立っていた。


「どうも、どうやら聖女様をお呼びのようで。あなたが神官総長様ですか?」


 エルドは笑顔で答える。エルドの後ろは隠れるようにモイラが立っているが、魔剣の先端がエルドの頭の上に見えているためそこにいるのは丸わかりだ。


「ああそうだ。どうやらシスターモイラが教会の規則を破ったと聞いてな。その事実確認のために呼んでいたんだ。」


 神官総長ニュートスは立ち上がり机を回り込む。


「もしそれが事実なら残念ながらシスターモイラは我が教会から除名しなければならない。こちらとしてもそれは避けたいのだが…」


 ニュートスはチラリとモイラを見る。


「なるほど。まあしかし彼女は規則を破ってなどいませんよ。」


 エルドはこともなげに言う。それを聞いてニュートスの表情は明るくなる。


「ほう、それではこの男の報告は誤りだったというのか。まあ、雪崩に巻き込まれた後に男と共にいれば誰でも焦るだろうからしょうがない。」


 ニュートスは一度オルファを見て再びエルド達に笑顔を向ける。


「そうです。僕と彼女はすでに婚約者となっていましたからそちらの規則には抵触しませんね。」


 それを聞いてニュートスもオルファも固まってしまう。


「な、何…?今、何と…?」


「ええ。ですから僕とモイラは婚約者なので一晩共に寝ていても問題ありません。これに関しては教会の規則を十二分に確認してあります。もちろん神官総長様も知ってますよね?」


 エルドは笑顔のまま事実を伝える。


「そ、そういうのならレコードを確認させてもらってもいいですかな?」


 ニュートスは笑顔を引きつらせながら言う。それにエルドとモイラが頷き、ニュートスが机の引き出しから出した水晶玉にそれぞれ媒体の石をかざした。


「こ、婚約をしたのが2ヵ月近く前…確かにこれなら規則に…」


 ニュートスの膝が崩れ落ちる。


「ふ、ふざけるな!!」


 これまで黙っていたオルファが声を荒げる。


「貴様とモイラが出会ったのは2ヵ月前の襲名パーティーの時のはずだ!この日付だと出会ってすぐに婚約しているというのか!偽造だ!不正だ!ふざけるな!!」


 偽造、不正という言葉を聞いてニュートスは顔を上げる。エルドは頬をかきながら答えた。


「まあ、出会ってすぐに婚約したのはそうだけど、そこまで珍しいことでもないでしょ。一目惚れの婚約騒動なんて掃いて捨てるほどある話だし。そもそも婚約期間が1年なのもそれのせいだし。


 それに不正なんかすればあんたら魔力の低い奴ら相手ならともかく、王家を欺くことなんかできないよ。」


 それを聞くとニュートスは再び崩れ落ちる。


「な、ならなぜ依頼中よそよそしくしていた?婚約中ならもう少し…」


 なぜか言いよどむオルファ。


「さすがにビジネスとプライベートは分けてるからね。仕事中に他の護衛対象者に気遣われるのも面倒だし。」


 エルドは淡々と答える。


「いやそもそもお前らに恋愛感情などないだろ!むしろそっちの女の方と…」


「そりゃマリーも僕の婚約者だから。別に変でもないでしょ。この国は王家にあやかって重婚が認められてるんだから。」


 エルドの答えにまだ納得いかないのかオルファは何かを言いたそうにしているが言葉が出てこない。


 エルドはため息をつく。


「はぁ、まだ納得しないか…これはやりたくなかったんだけどな…」


 エルドはモイラを前に出させる。打ち合わせに無かったエルドの行動に困惑してエルドを見上げる。


 エルドは少し屈み、モイラの唇に自分のを重ねた。モイラは突然の事で驚き顔を離そうとするがいつの間にか後頭部を手で押さえつけられ動けなかった。そしてエルドの舌が自分の口の中に入ってくるのを受け入れた。


 その様子をマリーはあきれてため息をつきながら、ヤロルクは面白いような怖いような表情で見ていた。オルファは目を見開き2人を見ている。ニュートスはモイラに手を伸ばすがその手は空を切り地面に落ちていく。


 エルドが口を離すとモイラは恍惚とした表情でエルドを見ている。


「え…エルド…」


 いままで触れられることすらなかったのにモイラは困惑している。


「モイラ、僕は最愛の人がいながら君にも心惹かれてしまった愚かな男だ。そんな僕だけどこれからもずっと側にいてほしい。」


 女神のところで婚約した時とは違う、エルドがモイラを受け入れてくれると心から思っている言葉にモイラは涙を流してしまった。


「はい…大切な人がいる男性を好きになってしまった愚かな私ですが…よろしくお願いします。」


 モイラが涙をぬぐいながら答えると後ろから肩を叩かれる。モイラが顔を上げると笑顔のマリーがそこにいた。


「モイラ、私達は同じ愚かな男を好きになったもの同士、これからも協力していきましょう。」


 そう言ってマリーはモイラの唇にキスをする。マリーとは何度もしていたが、この時が一番幸せに感じた。マリーが顔を離すと頬が赤らんでいるのがわかった。エルドがマリーとモイラの肩に手を置いて微笑んでいる。


 そんなやり取りをヤロルクは離れてみていた。そこまで見せないと理解できないだろうと行ったことなのはわかっているが、そろそろやり取りを終わらせて向こうの対処をしてほしいと考えていた。オルファが机の下から何かを取り出している。



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