83.モイラの悩み
その日はよく晴れていた。モイラは食堂のテーブルに突っ伏してため息をついている。マリーは隣で2人分のお茶を淹れていた。
本日エルドは教会の申請書を書いてもらうために領主のところへ向かった。ジェイロットはヤロルクと共に依頼をこなしに向かっている。ヤロルクも冒険者ギルドに登録しており、子供の時から依頼をこなしていたらしい。
マリーは久しぶりに晴れて家事全般が大いにできるとモイラと共に行っていた。そして昼も過ぎ、休憩もかねてお茶を淹れている。
「どうしたの?エルドと婚約してからため息ばかりじゃない。」
「うん…エルドって私のことどう思ってるのかな…」
モイラは顔を上げて言う。
「どう思ってるってどういう事?」
「私と婚約するとき、君を助けるためにって言ってたじゃない。エルドは義務的に…いや…なんて言えばいいんだろう…実際義務だと思ってるだろうし…」
モイラは頭を抱える。
「要は今回の騒動が収まれば婚約破棄されてしまうんじゃないかって思ってるってこと?」
「まあ…端的に言っちゃうとそうなんだけど…」
ズバリというマリーにモイラは苦笑する。
「そうね…エルドからは言い出すことは無いかもしれないけどあなたはそれでもいいの?エルドは1年経てば義務的に結婚すると思うけどあなたがつらいんじゃない?」
モイラはそれを聞いて頭を抱える。
「はぁ…こんなに悩むならあの時マリーの眼鏡を借りなければよかった…」
モイラはマリーの眼鏡越しに見たエルドを思い出し頬を赤らめる。自分が招いたこととはいえ、エルドが恋愛感情もなく暮らすのはつらいかもしれないと思ってはいた。しかしあれを見てしまっては…
「こんな事ならさっさとエルドの寝室に潜り込めばよかったかな。でもマリーがあんなに床上手だからしょうがないんだけどね。」
それを聞いてマリーはモイラの頭を叩く。モイラは2日に1回の割合でマリーの寝室に忍び込んでいた。その時エルドの寝室に向かおうかとも思うのだが、やはり正妻であるマリーが我慢しているなら自分も我慢しなければいけないかなとマリーの元に向かっている。そしていつも返り討ちにあう。しかしマリーも部屋に侵入できないように処置すればいいのにしないという事はそういう事である。
「もう、昼食べたらトーライトさんのところに行くからね。また何日も家空けるから報告しないと。」
マリーはジェイロット達に持たせた弁当と同じものをテーブルに広げる。
「うん。本当にマリーって料理上手。私もこれくらい出来ないとダメなのかな。」
「別にエルドはそういうので選んでるわけじゃないと思うけど。」
「そうかな~?」
モイラは料理を口に運びながらどうすれば料理が上手く出来るか考えていた。
昼食後、2人はトーライトの元に向かった。別に2人で行く必要もなかったが、中央都に向かうのに必要なものも買いたかったために一緒に行った。
「おやマリー、それにモイラも。どうしましたか?」
トーライトが店番をしている雑貨屋に入るとちょうど品出しをしていたトーライトに話しかけられた。
「あ、ちょうどよかった。実はまた中央都に行くことになったので何日か家を空けるからその報告に。ついでにいくつかほしいものがあって。」
マリーがトーライトの事情を説明する。
「なるほど。まあそれが一番いいのかもしれませんね。それでぼっちゃまは?」
「領主様の元に申請書を書いてもらいに行ってます。明日には帰ってくる予定ですね。」
「わかりました。本当は私も近々中央都の方に向かう予定だったのですが一緒には行けないようですね。」
「そうなんですか?買い出しとか?」
トーライトの言葉に店内の陳列棚を見ていたモイラが聞く。
「納品の方ですね。それにファニアール領にも届けるものがありますし。」
「届けるもの?」
マリーが首を傾げる。すると奥から荷物を持った人が店内に入って来た。そしてカウンターのところに持っている荷物を置く。
「あ、お客様がおいででしたか。申し訳ございません。どうぞゆっくりとご覧になって下さい。」
「え?もしかしてルーファス??」
丁寧にお辞儀をしたその男性は現在トーライトの下で修業という名の下働き中のルーファスだった。しかしその恰好はマリーの記憶とは違い髪型もきれいに整え執事服の姿だった。
「ええ、何とか恰好だけは整えることが出来ましたよ。」
トーライトはため息をつく。
「中央都に行くついでにサンドレア様に彼を届けてどうするのかを聞くつもりです。」
なるほどとマリーは納得する。しかしあのルーファスをここまで矯正できるのはさすがだなと感心した。
「ねぇねぇマリー、これ買ってかない?」
モイラが棚に置いてあった箱を指さして言う。マリー的に特に必要に思えなかったため却下し必要なものをトーライトに伝え店の奥から出してもらった。




