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79.神官総長

 ヤロルクは中央都にある大教会の待合室で一人待っていた。共に来ていたオルファだけ神官総長の部屋に呼ばれ、ヤロルクは1時間はここで待っている。


「モイラの件があるとはいえ長いな…」


 ヤロルクは目の前のお茶に口をつける。


 モイラが雪崩に巻き込まれたのを幸いとエルドの隣で一夜を過ごしたのはまあ予想できた。正直エルドがモイラ好みの顔をしているのかの方が気になるくらいだ。


 自分がエルドとマリーに提案したこともなかなか常軌を逸しているだろう。しかし、モイラの幸せを考えればそこまでおかしなことではないとヤロルクは思っている。


 小さい頃にモイラが教会にやってきてそのまま姉弟のように育ち、成人してから彼女に告白したのもいい思い出か。まあ、断られた理由が姉弟のように思っているからという理由と、もう一つの方は少々引いて告白が成功しなくてよかったと今では思っているくらいだが。


「…遅いな…」


 ヤロルクは冷めたお茶を飲み干しながらつぶやいた。




「は、この大バカ者が。」


 オルファは何度目になるのか神官総長の大バカ者という言葉を聞き流す。


 神官総長の小言を聞き流し、来るたびに増える高級品に目をやる。先代の神官総長は質素倹約と聞いたことがあったが、先代がいたのもオルファが神官になる前のため事実は知らない。しかし神官としてはここまでの高級品はいらないのではないかとオルファは常々思っていた。


「聞いているのかこの無能者が!?」


 オルファが呆然と聞いているのを見て神官総長ニュートスは唾を吐きながら言う。


「ええ。もちろん聞いております。今回の件は私の不手際もありますが、雪崩自体は不慮の事故。聖女の件は仕方がないと諦めましょう。」


 オルファの言葉にニュートスはため息をつく。


「何が諦めましょうだ。責任のすべてはお前にある。聖女を諦めるのなら責任はすべてお前に被ってもらうことになるがいいのか?」


 その言葉にオルファは眉を動かす。


「お前のようにまともに魔力も無いやつが神官以外にどこで働く?あ?」


 オルファは唇をかんで言葉を詰まらせた。


「どうにかして聖女をここに連れてくるかお前の首を差し出すかの二択だ。


 幸いというべきなのか聖女がその護衛の男と寝たと言ってて、男の方は否定していたんだろ?なら逃げだすために言った聖女の狂言の可能性もあるわけだ。まあこの際、関係があろうがなかろうがどうでもいい。この場所に聖女を連れて来い。でなければお前は教会から除名だ。」


 ニュートスは話は終わったと机の書類を取り、目を向ける。しばらくオルファはたたずんでいたが一礼して部屋から出て行った。




 ヤロルクが暇すぎてうつらうつらとし始めたころ、待合室にオルファが入って来た。


「あ、お、終わりましたか?」


 慌ててヤロルクは立ち上がりながら言う。


「ああ…私はしばらくここに残り調べたいことがある。先にアフデディ教会に戻れ。」


「え、モイラの件はどうなったのです?」


 ヤロルクは眠い目をこすりながら聞く。


「どうしてもここに連れて来いとの事だ。そのため力づくもやむないが、エルドもいるだろうから少々私も力をつけなければならない。」


 魔力量の少ないオルファではどれだけ鍛えようともエルドに勝てないと理解している。しかしオルファは一つだけ対抗できる策があるのを知っていた。それを行えば自身の寿命すら削ることであるという事も。


「力づくだなんて…モイラの事はもう諦めればいいじゃないですか。」


 もっともなことをヤロルクは言うが、それでは自身が除名されてしまうため同意できない。


「神官総長の命令だ。誰も異議を唱えられない。」


「…わかりました。みんなを連れて先に帰ります。」


 ヤロルクはそう言って待合室を出て行った。オルファはため息をつき待合室を出て大教会にある図書室へと向かった。




 ヤロルクは宿で待機していた他の修道士に声をかけ帰路に着く準備をさせる。自分はそれについて行くのではなくモイラに会いに再びライナス領に向かうことにした。


 オルファの力づくでというのももちろん気になるが、手紙では表現できない何とも不安のある感覚を早くモイラに伝えるためだ。


「はあ…結局振り回されるんだな…」


 深くため息をつきヤロルクも宿を出る準備を始めた。


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