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72.救出の先に

 エルドは体をつつかれる感覚で目を覚ました。目を開けると赤い色が最初に目に入る。まだ眠気の残る体を起こし、よく見るとマリーが腕を組みたたずんでいた。その手には登山用の杖を持っている。


「あ、おはようマリー。今何時?なんか結構眠ってた気がするけど。」


 目をこすりあくびをしながらエルドは聞く。


「もう昼を過ぎてるよ。まあ、朝早くまでは雪がちらついてたからこの時間まで寝ててもしょうがないとは思うけど。昨日は色々大変だっただろうし。」


 怒気をはらんだ声にエルドは首を傾げる。そしてマリーの後ろで鬼の形相をしたオルファが立っているのが見えた。さらに後ろにはヤロルクが頭を抱えているのが見える。


「みんなも無事でよかった。モイラならそっちに…」


 エルドがモイラの寝ていたところへ向くとそこはもぬけの殻だった。


「モイラ!?まさか早く起きて外に!!」


 エルドが立ち上がろうと地面に手をつくとふにゃりと柔らかい感触を覚えた。毛布の感触じゃないなと疑問に思い手元を見るとエルドの隣にモイラが眠っておりエルドの手はモイラの胸に置かれていた。


「…は?」


 エルドはわけがわからず混乱する。そんなエルドの襟首をつかんでオルファは立ち上がらせ、壁に背をぶつけさせた。


「貴様!なんてことを!!」


「いや、なにもしてない!そもそも焚火を挟んで反対で寝てたんだよ!!」


 エルドは必死に弁明する。エルドとオルファのやり取りを聞いてかモイラは目を覚まし、体を起こした。


「んん…皆さん、おはようございます…」


 あたりを見渡しながらモイラが言う。オルファがエルドに掴みかかっているのを見て慌てて立ち上がった。


「オルファ!何やっているの!!?」


「モイラ!貴様は昨夜この男と寝たんだな!!」


 オルファの怒声にモイラは肩を震わせる。そして一呼吸おいて頬に手を当て言った。


「はい、私は昨日、エルドと寝ました。」


 それを聞いてヤロルクは頭を抱えうずくまってしまう。オルファはエルドの顔面に殴りかかるがエルドは危険を察知し首を横に倒しよける。オルファの拳は岩壁を殴ってしまった。モイラは慌ててオルファに回復魔法をかけようとするが、触るなとオルファに振り払われてしまう。


 そんなやり取りをマリーは腕を組み静かに見ていた。




 拠点の洞窟へ戻ってきた。雪崩の影響で道が雪に覆われ歩きにくかったが30分ほどで到着した。


「思ったよりは流されてなかったんだな。」


 エルドがポツリとつぶやく。


「ええ。変なところまで流されなくて助かりましたよ。」


 ヤロルクは心底嬉しそうに言う。そのままヤロルクに連れられて小屋に入る。マリーはモイラを連れて2階へ行ってしまった。


「まあ座ってください。私はあなたの意思でモイラと寝てたとは思ってません。」


 ヤロルクは椅子を引きエルドに座るように促す。オルファは頭を冷やしてくるとどこかへ行ってしまった。危ないと言っても聞く耳を持たない。


「それはありがたい。」


 エルドは椅子に座りながら言う。ヤロルクも座る。


「むしろ謝らなければなりません。今回の事、モイラが勝手に行ったのでしょう。」


 エルドは苦笑しながら頷く。それを見てヤロルクはため息をついた。


「昨夜マリーさんにはお話ししたのですが、そもそもモイラの婚約の件、あれに彼女は了承してません。」


「だろうね。そんな気はしてた。」


「マリーさんと同じことを言いますね。」


 ヤロルクは苦笑する。


「婚約の話は聖女の襲名が決まってから全教会を取り仕切っている中央都の大教会の方から聖女を移籍させろという話があったとき、オルファがモイラと婚約を交わす予定だと言い出したのが始まりです。」


「ふん?」


 エルドは首を傾げた。


「それで大教会の神官長が今回の氷虎の毛皮を持ってくれば婚約及び結婚を認めると言ってきました。」


「…モイラは移籍には乗り気じゃなかった?」


「そうですね。出身が中央都ではありますが、アフテディ教会が実家だと常々言ってましたから。突然言われても了承できないと。」


「それじゃあ…オルファはモイラを守るためにそんなことを言ったのか?」


「まあ、それもあるとは思います。オルファとも10年くらいの付き合いになりますからね。ただ前にも話した通りオルファの自己満足でもあると思います。モイラは容姿はいいですからね。昔からそれなりに求婚者がいたんですよ。


 私も成人したくらいの頃に彼女に求婚したことがありましたね。姉弟みたいに思っているから応えられないってフラれちゃいましたけど。」


 ヤロルクは軽快に笑っている。本人が笑っているならとエルドも微笑んでおいた。


「それでも一緒に寝ていたとはいえ今回は緊急事態。オルファの行動にはまだ疑問があるんだけど…」


「そうですよね…これは全教会の掟というのか決まりなんですが、婚約前の男女が床を共にしてはならないというのがあるんです。」


「ああ、やっぱりそういうお堅いのはあるんだ。」


「そうですね。貴族制度もなくなって久しいのになぜかこの決まりだけは改定されてないようです。」


 ヤロルクは頬をかく。


「まあ、それでオルファが怒ったのは理解しよう。ただ黙っていればいいだろうに。そんなに厳格な人間か?」


「そこまで厳格ではないのですが、今回は大教会の監視もあるので…」


 監視の言葉にエルドは反応する。


「監視されてるの?最初から?」


「正確には氷虎の毛皮を持って行った時にオルファの記憶を見せる契約になっているようです。だから今朝、オルファはここで待つように言ったのですが大教会に疑問を持たせるようなことをしてはいけないと…」


 それを聞いてエルドはため息をつく。


「…どうなるんだ、これ?」


「大教会の決まり通りならモイラは教会から追放です。ですが一つ抜け道も…」


 続いたヤロルクの言葉にエルドは絶句する。


「…それ、マリーも知ってるの?」


「ええ。実はモイラは今回の旅でそれを狙っていました。エルドさんと合流する前からいい人がいればと…もちろんそれはオルファは知りません。知ってればこんなことさせなかったでしょう。」


 エルドは2階にいる2人を見るかのように天井を仰ぐ。


「だからマリーはモイラを連れて行ったのか。…それより僕はどうすりゃいいんだ…」


 エルドの言葉にヤロルクは答えられなかった。



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