71.流された先で
モイラが目を覚ますと雪の中ではなく暖かい洞窟の中にいた。近くで焚火が起こされておりとても明るい。モイラは体を起こした。エルドが焚火の側で肉を焼いているのが目に入る。
「エルド…ここは…」
モイラが声をかけるとエルドが顔を上げモイラを見る。
「よかった。目を覚ましてくれて。雪崩が収まってから何とか君を掘り起こして、この場所を見つけて連れてきてもなかなか目を覚まさないから心配したよ。」
エルドは火にかけてあるやかんをとりコップに注ぐ。それをモイラに差し出してきた。
「入れたてだから熱いよ。」
「あ、ありがとう。」
モイラはそれを受け取る。改めて洞窟内を見渡す。洞窟内の奥まった場所にいるのか外の音も聞こえない。焚火でエルドは肉を焼いている。そのそばには魔剣テンペラが地面に刺さり、炎の剣身を揺らしてたたずんでいた。
テンペラを見て自分の魔剣はどこにあるのか慌ててあたりを見る。自分にかけられていた毛布の中に魔剣ヒーリングは包まれていた。
「ずっと離さないでいてくれて助かったよ。確かめてみたけど僕じゃ掴むこともできなかったからね。」
エルドは苦笑しながら言う。
「さて、焼けたけどどうかな。料理はマリーの方が上手いから味に自信は無いけど。」
エルドは焼けた肉を切り分け皿に置きモイラに差し出す。モイラはコップを地面に置き皿を受け取った。おそらく昨日の兎肉だろうが、マリーが切り分けたものと違って少し大きいように見える。モイラは気にせず口に入れた。
「…確かに。マリーが焼いた方がおいしいですね。」
「やっぱり。まあしょうがない。」
エルドも焼いた肉を口に入れる。眉を顰め咀嚼している。
「う~ん。何度やってもマリーのようにはいかないな。」
エルドは悲しそうな表情をする。2人は黙々と食事をした。一息ついてエルドが口を開く。
「さて、外は猛吹雪だから今夜はここで過ごして、明日晴れたら拠点の洞窟に戻ろう。」
「それはいいですけど、ここはどの辺なんでしょうか。」
「さあね。雪崩に巻き込まれたからあそこよりは低い場所にいるんだろうけど、実際どれだけ流されたのかもよくわからないからね。」
エルドはため息をつきながら言う。
「雪から這い出た時も視界が悪くてあたりの確認もできないくらいだし。ここを見つけられて運がよかった。」
エルドはやかんからお湯を注ぎ、冷まして口にする。
「あの…マリーは無事でしょうか?」
「魔力は感じるから死んではいないでしょう。それに熱魔法を使って雪に埋もれてもすぐに這い出ることが出来るだろうし。向こうもこっちの魔力は探知できるから吹雪が収まれば探しに来るでしょ。」
それを聞いてモイラは息をつく。自分たちのした依頼のせいで命を落とすようなことがなくてホッとしていた。
「本当にごめんなさい。私たちがもっと強かったらあなた達にばかり頼らないですんだのに…」
「いや、逆によかったと思うよ。あまり人数がいても雪崩に巻き込まれて負傷者が増えただろうし。」
エルドはコップを一気に仰いだ。
「さて、魔力も結構使ったしさっさと寝よう。この空間はテンペラの炎で温めてるから寒くもないし。」
洞窟内が全体的に暖かいのは魔剣のおかげかとモイラは納得した。なんで刺したまま置いているのかずっと疑問だった。
エルドは首にかけてあるネックレスをテンペラにかけた。
「それって導き石ですか?」
モイラは先端についている石を見る。
「そう。母さんの遺品でね。中には父さんの魔力が込められてるんだ。」
エルドは導き石を指で弾いていう。
「テンペラに魔力を注いだから朝まではもつと思うけど、もし魔力が無くなった時のために導き石から補充できるようにね。」
「でも、そうしてしまうと中の魔力もなくなってしまうのでは?」
「そうだけど魔力が切れて洞窟内が冷えたら困るでしょ。僕はともかくモイラは熱魔法を使えないようだし。」
エルドは苦笑する。
「あら、昔から雪山で遭難した時はお互い人肌で温め合うものじゃないですか。ですからそうすれば問題ないですよ。」
モイラは頬に手を当て言う。その頬はわずかに赤みを帯びていた。
「あはは。マリーに殺されるから冗談でもやめてほしいな。」
エルドは力なく笑う。
「マリーはそんなことしますか?緊急事態なら笑って許してもらえそうですけど。」
それを聞いてエルドはしばし考える。
「確かに。マリーなら一発殴って許してくれそう。その一発が怖いから絶対やらないけど。」
その言葉に2人は笑い合い、別々に床に就いた。
焚火の火も消え、はぜる音が聞こえなくなったころ、モイラは体を起こした。耳をすませばエルドの寝息が聞こえる。モイラは手の中に小さな光を起こす。
「魔剣同士で魔力のやり取りができるの?…そう…それならお願いしようかしら。」
そう言って起き上がり、テンペラにヒーリングを立てかける。こうすれば魔剣同士で魔力のやり取りができるようだ。
そしてエルドの側による。顔を覗くと深く眠っているのか光を当てても反応は無い。
「ごめんなさい。これから私のためにあなたを利用します。どうか…マリーとの仲を引き裂くようなことをする私を許してほしい。ごめんなさいマリー…でもあなたたちの絆を信じているから…」
そう言ってエルドの毛布をめくり、懐に潜り込む。そして自分とエルドに睡眠魔法をかけた。




