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61.宿屋にて

 エルドとマリーはアルの仲介の元、依頼の仮契約を行った。仮契約は何か不測の事態が起こり依頼を受けられなくなったときに簡単に破棄できるもので普通の契約より交わされている数が多い。


 そして2人はアルに手配してもらった宿屋へ戻った。


「はぁ、なかなか濃厚な時間だったね。」


 エルドは部屋に入るや否や着替えもせずベッドに倒れこむ。


「エルド、ちゃんと脱がないとしわになっちゃうよ。」


 マリーは手荷物をソファーにおいてドレスを脱ごうと背中の留め金に手を向けるが届かない。


「エルド、ちょっと外してほしいんだけど。」


 エルドに背を向けながら声をかける。エルドは面倒くさそうに立ち上がりドレスの留め金を外す。


「ありがと。」


「気にしないで。…ねえ、ずっと聖女の事見てたようだけど、知り合い?」


 エルドは上着を脱ぎながら聞く。


「え?そうだった?そんなに見てたかな。」


「あまり会話に参加しないから何かと思ったらずっと見てたよ。」


 マリーは考えを巡らせる。


「ほら、前に私が5歳くらいの時死にかけたって話したでしょ。その時に救ってくれた白髪の人がいるって。」


 エルドはマリーが異母弟妹のミレニアとジェイロットに話していた様子を思い出す。


「それがあの人だって?」


「顔は逆光で見えなかったし、男か女かもわからないから何とも言えない。でも白髪なんてそんなにいるわけじゃないし。」


「それじゃあ聞けばよかったのに。」


 マリーは首を振る。


「もしあっちが覚えていれば赤髪赤目は珍しいからすぐに気づくでしょ。だから私の思い違いかなって思って聞けなかった。」


「そっか。まあまた会えるんだからその時は聞いてみなよ。当時はマリーも薄汚れて赤髪に見えてなかったのかもしれないし。」


「あはは、そうかもね。」


 エルドの暴言にマリーは笑顔で返す。脱いだドレスをハンガーにかけてしわを伸ばした。


「明日からはどうする?久しぶりの中央都だしゆっくり観光していこうか?」


 エルドもスーツをハンガーにかけてしわが残らないように伸ばす。


「それもいいけど、この宿って結構高いでしょ。お金足りるの?」


 アルが手配してくれた宿は中央都でも指折りの高級店だった。しかしエルドは気にしている様子はない。


「出かける前、マリーを待っている時確認したんだけど支払いは王家になっているみたい。なら多少長く泊まっても問題ないでしょ。あの王子の暴言許したわけじゃないし。」


 エルドの表情が冷たくなる。


「あれも気にしなくていいよ。あれくらい言われても私は気にしないんだから。」


 マリーは困ったような表情で言う。


「少しは気にしなよ。昔からそうだよね。自分に対する暴言を聞き流して、逆にそれを面白くないと思ったやつらに襲われそうになるの。」


「まあ慣れたからね。おばあちゃんに引き取られてからも下流家庭育ちだって陰口叩かれることあったし。学院に入ってからはエルドやアルが間に入って守ってくれたし。」


 やれやれとマリーは首を振る。


「だからあれくらいで怒るようなことはしないで。今日だって魔力を注ぎすぎて自分が凍るところだったじゃない。」


 エルドがテンペラを出そうとした時、自身の腕まで凍るほど制御できていなかったのを思い出して言う。


「はぁ…結局説教されるのは僕なのね。マリーの強さが少し恨めしい。」


 下着姿でエルドはベッドに横たわる。


「なに、拗ねてるの?」


「別に。」


 マリーも下着姿でエルドの隣に寝転がる。エルドはマリーに背を向ける。


「ほんとそういう所、子供っぽいんだから。」


 マリーはエルドに寄り添い抱きしめる。


「うれしかったよ。今日も、昔も。出会ってからずっと守ってくれてるのちゃんと感謝してる。」


「わかってるよ。でももう少し弱いところを見せてくれてもいいんじゃない。」


 エルドの言葉にマリーは答えない。答えの代わりにエルドの下半身にマリーの手が伸びてきた。


「マリーさん、あなたには感傷に浸るという感覚がないのでしょうか?それとも隠れて吞みましたか?」


「えへへ。私だって色々言われてストレスはあるんだから発散させてよね。」


 そう言ってマリーはエルドに覆いかぶさった。


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