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59.聖女の依頼

「さて、まずは彼女を紹介させてくれ。今回、二つ名『聖女』を襲名したモイラだ。」


 会場から少し離れた控室のような場所に連れていかれ、ソファーに座ると同時にアルから紹介される。


「初めまして。愛の女神様を祀るアフテディ教会のシスター、モイラと申します。この度『聖女』の二つ名を襲名させていただきました。」


 座ったエルドとマリーに対し、白髪の少女モイラは丁寧に頭を下げた。


「それで、依頼ってなんだ?」


 少々不機嫌にエルドが訪ねる。


「珍しく不機嫌を表に出すな。まあしょうがないか。」


 アルはモイラにも座るように促し、座りながら言う。


「実はな、少し先の話になるんだが彼女の護衛をお願いしたい。これは国からの依頼だ。」


「ふうん。またなんで?」


 ひじ掛けに腕をついて頬杖にしながらエルドが聞く。


「アフテディ教は女神信仰をしている我が国でも知名度の低い教会だ。ほとんど戦の女神か守護の女神を信仰しているからな。聖女の前任者も守護の女神の教会のシスターだったらしいし。」


 確かに愛の女神を信仰しているところなんか聞いたことなかったなとエルドもマリーも考える。


「で、彼女が聖女を襲名したのを機に知名度を上げたいと神官から相談されていたそうだ。」


「それは陛下が?」


 マリーが聞く。


「ああ。俺はこっちにいることが少ないからな。詳細はよく知らないが彼女が聖女になった時から相談されてたらしい。」


「いくつか聞きたいんだけどいいか?」


 今度はエルドが聞く。もちろんだとアルは頷く。


「まず少し先って言うけど大体いつ頃だ?」


「国中を回るから正確には言えないが1~2か月後だな。」


 エルドは何かを考える。


「そのころだとライナス領は雪がひどくて動きがとりにくいんじゃないか?」


「だからお前らに依頼するんだ。氷炎の二つ名を持つお前と、火系統に特化したマリー。2人なら氷をものともせず護衛できるだろ?」


 なるほどねとエルドはつぶやく。マリーも納得はいかないが指名依頼をしてきた理由は理解した。


「要は除雪機や暖房機みたいな感覚で頼んできたのね。正直感じ悪いとしか言えないけど…」


「あ、いや…そういうわけでは…」


 マリーの幼少期のトラウマを刺激してしまったとアルは焦る。彼女は5歳ごろまで実の両親と暮らしていたが、冬には暖房器具のような扱いを受けていた。それを見てエルドはため息をつく。


「まあ理由はともかく依頼は受けようと思う。期間はどれくらい?」


「ライナス領にある雪山へ登頂したいんです。だから期間は最低2週間と考えてます。」


 それにはモイラが答えた。エルドは眉を顰める。


「雪山?グライラ山?それともコリー山?」


 モイラはどちらにも首を振る。ちなみにグライラ山は依然ダンジョンの調査に向かった山で、コリー山はテンペラが封印されていた洞窟が麓にある山だ。


「嘘だろ…イバート山脈か…」


 ライナス領にある雪山で、一番登頂難易度が高いと言われているイバート山脈。年中雪が積もっていて、冷蔵施設のない時代にはそこで取れる氷が重宝されたらしい。


「そんなに大変なの?」


「う〜ん…一般人なら冬に上るのは自殺行為だろうね。僕やマリーのように熱魔法を使えるならいいけど。自分一人ならともかく護衛して登るのはまあ面倒かな。…ちなみにそれは聖女様だけ…」


「モイラと呼んでください。私のほかに教会の者が3~4名同行する予定です。」


 その言葉に再び考えるように頭を抱える。


「やっぱりその時期は早められない?雪が深く積もっていると雪崩とかの心配が出てくる。」


「ごめんなさい。スケジュールはもう決まってしまっていて、一番大変なライナス領を最後にしてしまっているのです。」


「そもそも何でイバート山脈に?」


「詳しいことはよく知らないのですが、そこに生息する魔物の毛皮が欲しいそうなんです。しかも修行の一環になるから極力冒険者の方の力は借りてはならないと。」


 それを聞いてエルドやマリーはおろかアルも驚いている。理由までは聞いていなかったようだ。


「教会の内情は知らないからまあいけど、あそこの魔物で毛皮って…」


 またエルドは考えを巡らせる。


「も、もちろん大変なお願いをしているのは理解してます。本来なら誰の協力もえてはいけないものですので難しいようならお断りしても…」


「…いや、協力しよう。教会の人がどれだけの強さを持ってるか知らないけど、普通なら自殺行為だ。話を聞いてしまった以上何かあると目覚めが悪い。」


 エルドはため息をつく。


「マリー、君が嫌なら僕一人で受けるよ。正直普通に登るより危ない。」


「大丈夫大丈夫、私も手伝うよ。面白そうだし。あそこに一度行ってみたかったんだ。」


 マリーは嫌味もなく笑顔を向ける。それを見たエルドはホッとした。


「すまない。本当は俺が手伝うのがいいんだろうが、最近は北もいろいろあってな。報酬の方は弾ませてもらう。」


 そのいろいろも聞きたい気持ちはあるが、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだと口をつぐんだ。



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