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58.イニシアの挑発

「所詮は義妹に領主の座を奪われるような男か。我が愚弟や貴殿の義妹の評価が高いからどんな男かと思って楽しみにしていればプライドが高く、自分に自信がない。その程度だと思うと笑えて来てな。」


「兄上。いくらなんでも口が過ぎます。」


 フォニアスがいさめる。エルドは笑顔を崩さずにイニシアを見ている。


「それにつれている女もなんだかな。たしか赫鎚鬼のマリーだったか。こっちも所詮は下流家庭出身か。食べ終わった皿のソースを指で取り舐めるなどマナーも何もあったものじゃない。」


 エルドは笑顔は崩さないが目つきが冷たくなる。


「兄上、ここは厳格な場ではないのです。それくらい大目に見ても…」


 フォニアスは慌てたように言う。しかしイニシアの言葉は止まらない。


「可哀そうにな。下流家庭出身の女はそうやって体で男をたぶらかすことでしか這い上がれないのだから。」


 イニシアが言い終わると同時か、周囲の温度が一気に下がった。周囲の人間も急激な温度の変化にこちらを見る。第三王子のライオスが結界魔法を、国王のバルザが認識阻害魔法をかけて周囲の目を欺く。


「ほう、王家に刃を向けるか?この人数相手に勝てるのかエルド?」


 エルドは亜空間に手を入れている。その隙間から冷気が漏れ出ていた。


「エルド!抑えて!!そんなに魔力を放ったらエルドも凍っちゃう!」


 マリーはエルドの腕に氷が付き始めてるのを見て慌てて言う。


「…確かに。陛下やライオス殿下、フォニアス殿下を相手にすれば難しいでしょう。しかし、色の出ていないあなた一人を凍らせ、永遠に溶けない氷像にすることなど造作もないこと。」


 エルドはゆっくりと魔剣テンペラを取り出すために腕を動かす。


「き、貴様!!」


 8人いる現国王の息子の中でイニシアだけが黒髪黒目で色が出ていない。他の兄弟は濃淡や系統の違いはあれどすべて髪に色が出ている。


「それともあなたは、黒色が出ているとでも言いたいのですか?黒色は確かにこの国の人間の基本色だからわかりづらいが、色が出ていればもっと艶やかに輝いていますよ。陛下がそうであったように。」


 テンペラの柄の部分が出てきた。冷気も一層増える。


 バルザは白髪が混じっているが、若かりし頃は輝くような黒髪であった。エルドはその時を見たことは無かったが父親からよく聞いていた。遠くからでも判別できる引き込まれるような黒髪だったと。


 しかしイニシアは違う。色の出ていない一般的な黒髪だ。服装をそろえれば髪色だけで判別は出来ないだろう。エルドは色の違う両目でイニシアを捕える。


「さあ、どうしますか?私は国家反逆罪となってもあなたを殺す覚悟はできてる。あなたは、王家のプライドをかけて私と戦う覚悟はありますか?」


 イニシアは足元が凍ったのを感じる。背中には冷や汗が噴き出ている。


「う…す…」


 イニシアが声を出そうとした時、結界の中に2人の男女が入ってきた。


「ストップだエルド!中央都を壊滅させる気か!」


 入ってきたのはアルと白髪の杖を持った少女だった。


「アル?何しに…」


「イニシア兄上、エルドの実力はわかったでしょう。早く謝ってください。」


 エルドの言葉を遮るようにアルは言い、イニシアはそれに従い頭を下げた。


「す、すまなかった…」


 エルドはそれを見てテンペラを再び亜空間に押し込む。亜空間が閉じると冷気が無くなり元の温度に戻っていくのを感じる。


「エルド、愚兄が愚かなことをした。マリーを嘲られたんだ、お前だってキレるのは理解する。しかし今は…」


 アルがイニシアの前に立ちエルドに言う。


「…で、こんな茶番をして僕に何を頼みたいの?」


 エルドがため息をつきアルに聞く。アルは面食らっている。


「やっぱり気付いていたのか。まあ俺も露骨すぎだとは思っていたからな。」


 アルは首をさすり、ヤレヤレと首を振る。


「まあ詳細は場所を変えよう。父上、構わないですね?」


 事の成り行きを見守っていたバルザが思惑通りだと言いたげに笑顔を向けながら頷く。


「マリー、君も一緒に来てほしい。依頼だ。」


 アルに連れられてエルド、マリー、そして白髪の少女がその場を去っていった。


 エルドの姿が見えなくなるとイニシアは急に汗を拭きだした。エルドの威圧をだた一人向けられて心臓が止まるのではないかと思えるほど圧迫した時間だった。


「やっぱり気が付いていたんだな。兄上は演技が下手すぎる。しかし、あの女性に対して言ったことは本心っぽいから彼も本気で怒ってたんでしょうね。」


 ライオスがイニシアの背中を叩きながら言う。


「お前や父上が俺を助けようとしないから気付かれたんだろ。」


 イニシアは袖で汗をぬぐう。


「いやいや、あんな冷気を放っている男の前に立ったらこっちが凍ってしまうからね。動きたくても動けなかったんですよ。」


 ライオスは悪気もなく笑う。


「ははは。しかしこれでエルド殿に依頼をすることが出来るな。」


 バルザはイニシアに着いた氷を叩き落とす。


「これがテンペラの力か。まだ取り出してもいないのに周囲を凍らせるとはさすがは魔剣か。…本当はこんなことをするほどおちゃめな人なんだろうな、エルド殿は。」


 バルザは雪の結晶のように造形され、イニシアの頭に乗っかっている氷を見てほほ笑んだ。



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