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52.閑話 サンドレアの試練

 呪いの女神を倒してから5日が経過した。サンドレアは中央都にある王家が住む屋敷の一室で緊張した面持ちで相手と対峙していた。隣には夫ルーファスが同じようにしている。


 彼女の記憶は戻っていた。2日前の朝、目が覚めるとこれまでの事を思い出し、そして記憶を失っていた間の記憶もあった。その間の記憶に悶絶してしまい半日家族と顔を合わせられなかった。しかし記憶が戻ったのを知るや否やトーライトによって中央都に向かう馬車に乗せられてしまった。そこには縄で芋虫状にされていたルーファスもいた。


 そして連れてこられたのは王家の屋敷。サンドレアはその時初めて王家一族と対面した。リュトデリーン王国の王家は貴族制度があったころは王都、昔の中央都に城を立てて暮らしていたらしいが貴族制度廃止の折城も解体し、ファニアール邸と同程度の大きさの屋敷を立て、余った土地を公共の土地として現在有効活用しているらしい。


「ファニアール領領主サンドレア殿だったかな。」


 サンドレアの向かいに座っている白髪交じりの黒髪に黒い瞳の老人に声をかけられた。


「初めましてだね。私はバルザ・リュトバルク。リュトデリーン王国の国王をさせてもらってるよ。」


 サンドレアとルーファスに緊張が走った。


「ははは。国王だからって緊張なんかしなくていいよ。よもや国王も役職にすぎない。私は君たちと同じ国政をする人間なんだから。」


 バルザは人のいい笑顔を向ける。


「父上。一応は公的な場です。そんな風に砕けた態度はおやめください。」


 バルザの隣に座っている男性が声をかける。


「あくまで一応だろう、イニシア。我が家の応接間でやっている以上公的というより私的寄りだよ。その固い頭を何とかしないとお前に国王は継がせられないな。アルデリックなんかが一番よさそうだ。」


 イニシアと呼ばれた男性は表情をゆがめる。確かイニシアは第一王子のはずだとサンドレアは思い出す。そしてアルデリックはエルドの友人の第五王子。王位は年齢の事もあり過去の事例を見ると第一第二第三王子のいずれかが継承するのが常だった。それを第五王子にというのはそれだけすごい人だったのかと思った。


「さて、今日君たちに来てもらったのは事実確認のためだ。ここに、君の義兄エルド・ファニアール殿の能力不備を謳う嘆願書がある。これはそっちのルーファス殿の伯父上から回ってきたものだ。彼は私の秘書の部下をしているからね。私にこういうのをまわしやすい。」


 サンドレアとルーファスはバルザが机に置いた書類を見る。確かにルーファスが伯父に伝えた内容が書かれている。


「私はエルド殿と数回しか対面したことがないし、同級生だというアルデリックも北の前線に勤務しているためこれに書かれ共に渡された調査書を鵜呑みにしていたのは事実だ。だから問いたい。君たちから見てエルド殿は本当に領主として能力が足りない人物だと思うかね?」


 その時二人は魔力的な威圧を感じた。髪に色が出ているサンドレアすら気圧される魔力の威圧。二人は息をのむ。


「わ…私はエルドお義兄様は領主としての最大の資質、その地にとどまり領民のために粉骨砕身するという事に関しては不足していると思っています。」


「ほう。」


 バルザの威圧を感じなくなった。


「お義兄様は領主をしている時はもちろん領民のためにいろいろなことを考えそれを実行してきました。ですが、あの人は冒険者として国中を回りその地の問題を解決する方が向いていると思っています。その証拠が氷炎の二つ名を頂くこととなった北の前線での大衝突です。」


 これはサンドレアの本心だ。エルドは一つの場所にとどまっているより国中を巡っている方が向いていると思っていた。エルドが領主として戻ってくる時、本当はそのことをエルドに伝えたかった。しかし、エルドが幼少期より領主となるべくしていたこと、なによりエルドと話すこと自体に嫌気をさししていた当時のサンドレアはそれを告げることは無かった。なぜあの時話すことを嫌悪していたのか、そもそもなぜ義兄が嫌いだったのか今ではわからないでいた。


「なるほど。そのためにこれを…」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 バルザの言葉をルーファスが遮った。


「そ、それは俺が勝手に伯父に頼んだことです。サンドレアは関係ありません!」


 バルザもイニシアもルーファスを見る。


「ほう。それでは君から見てエルド殿はこれに書かれた人物だと思っているのかな?」


 バルザは嘆願書を指さす。


「い、いえ…わからないです…」


 イニシアの眼光が鋭くなった。


「ならなぜこんなことを伯父に話した?そんな話をすればこのようなことになるのはわかっていただろう。」


 今度はイニシアからの威圧が飛んでくる。


「うぅ…俺…分家の次男で特に受け継ぐのもないしただ自由気ままに生きていければよかった。だから何でも持っている義兄をうらやましく思ってた。学院時代も義兄の噂は悪い方よりいい方が多かった。そもそも卒業してから噂が俺たちのところに聞こえてくるのも羨ましかった。在学の期間が被らなかったのに、それほど影響がある人物だったんだって…」


 一度息をつく。


「だからサンドレアと出会って、彼女が領主になれば俺もいい思いが出来るんじゃないかって…だから…義兄の悪い部分を誇張して…」


 ルーファスの言葉は尻つぼみになっていった。


「ふむ。誇張という事は、書いてあること自体は間違ってないという事か。調査書も不正なんかは見られなかったからどうしたものかと思っていたが。」


「父上。どんな聖人でも悪い部分だけ抽出すれば悪く見えます。そういった意味でその報告書は不正の塊だと言えますよ。」


「なるほど。なかなかいうようになったじゃないか。」


 息子の指摘に声をあげて笑うバルザ。イニシアは面白くもなさそうに息をつく。


「よしわかった。今回の件、君たちからの不正はなかった。エルド・ファニアール殿は一領主として努力はしていたがその実力は領主の枠を超えていたという事だ。結果成人した義妹にその席を譲り冒険者となった。これが変えようのない事実だ。」


 バルザは手を打ち宣言する。


「さて後は、エルド殿の冒険者ランクをB以上に上げるように催促するか。彼もそのデメリットがわかってCランクで留まっているようだが実力を考慮すればAでもいいくらいだ。二つ名持ちを考慮すればSでも文句は出まい。」


「ただ本人が拒否すればあげられませんがね。私もエルド殿とは数回しか会っていませんが、彼は本当に自由に生きるタイプでしょうね。領主では役不足だ。時代が時代なら国王を狙えたかもしれませんね。」


 それを聞いたバルザはうれしそうに微笑む。

 

「お前が一人の人間をそこまで評価するのは珍しい。やはりアルデリックに言って中央都に囲い込ませておけばよかった。彼の実力は学院時代から耳に入ってはいたからな。」


 サンドレアは息をつく。とりあえず処罰も何もなかったことが喜ばしい。国王に自分がどういう風に思われたかはわからないが、悪印象は無いだろう。ただルーファスがしたこともしたことのため悪い意味で目を付けられるのは仕方がない。


「さて、私たちはここで退席するが、君たちはまだいてもらうよ。」


 バルザの言葉にサンドレアが目を見開く。


「え、なんで…」


「五大家領主の面々が君たちに会いたいらしい。彼らは純血のファニアール家に対してかなりコンプレックスを抱いていた。それがこの度、血の繋がりのない領主に代わったのだからこれまでのパワーバランスが変わるだろう。」


 イニシアが言う。それを聞いてサンドレアの血の気が引いた。


「頑張れよ。君以外の五大家領主は君の親以上の年齢の老獪ばかりだ。君のような世間知らずの小娘なんか簡単に喰われてしまうぞ。」


 イニシアのその言葉を最後にサンドレアの意識は遠のいた。




 きちんと意識が覚醒したときは中央都でとった宿のベッドの上だった。ルーファスがソファーに座り放心していた。


「ル…ルーファス…」


 そして思い出す。五大家領主の面々との対談を。今回は顔合わせというのもあり表面上は穏やかだった。しかしその眼はその顔はこれまで純血であっただけで大きい顔をしていたと思われているファニアール家に対しての恨みの募ったものだった。もちろんエルドも義父も、いやその前の領主だって純血だからと偉ぶったりしたことは無い。彼らが勝手にコンプレックスを抱いていただけだ。


「こ、これから私…どうなるのかしら…」


 今後の事を思い、サンドレアは再び意識を遠のかせた。


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