50.後始末
トーライトが中央都を経由してファニアール領へ戻ってきたのは日も暮れたころだった。後ろには軍服姿のアルと縛られ芋虫状態にされて引きずられているルーファスがいる。
「これは…」
トーライトがファニアール領の領家のある街に戻った時に二つ驚いたことがある。一つは町中にあったはずの黒い靄が消えていること。もう一つはランドレット邸が跡形もなく消えていたことだ。
「とりあえずお屋敷に行きましょう。」
トーライトはルーファスを引きずりながら歩き始める。アルはため息をつきながら後ろに続いた。
ファニアール邸に着けば明かりがついている。トーライトは勝手知ったる屋敷へ堂々と入る。中に入れば顔を見知った使用人仲間が数名。トーライトを見ると駆け寄り歓迎してくれた。彼らの話ではエルド達は食堂に集まっているとのこと。使用人たちに暴れるルーファスを見られているのを気にも留めずに食堂へ向かった。
「ぼっちゃま。ご無事のようでよかったです。」
食堂の扉を開きエルドの事を確認すると開口一番こういった。
「トーライト。無事にアルを連れてきてくれたんだ。」
エルドは飲んでいた紅茶を置き立ち上がる。
「連れてきてくれたんだじゃねぇよ。なんで今日に俺を呼ぶかな。」
「あはは。王家への伝手ってアルくらいしかないんだよね。後は数回しかあったことないか、手紙のやり取りくらいしかしたことないし。」
「おまえ、一応は元領主だろ。しかも五大家筆頭。そんなんでよく3年も務まったな。」
ヘラヘラと笑うエルドにアルはけげんな表情を見せる。
「まったく。せっかく聖女と話していたが、こっちの方が優先だろ。で、今どういう状況なんだ。」
アルは食堂にいる面々を見る。エルドはアルとトーライトにこれまでの事を説明した。
「なるほど。それじゃあ面倒な後始末が残ったってところか。」
「まあね。だけどサンドレアが…」
エルドはサンドレアを見る。サンドレアはニコニコとお茶請けを楽しみながらエルドを見ていた。
「その女神様の話だと記憶は戻るんだろ?申請は先にしておくから記憶が戻り次第中央都に連れて来い。」
「はぁ…やっぱそうなるよね…この隙にサンドレアを退任させられないかと思ったけど。」
それを聞いたジェイロットが立ち上がる。
「エルド兄さま!領主を再任してくれる気が合ったのですか!!?」
「ああ、それはどっちにしても無理だ。退任した役職にはなれない決まりがある。」
目を輝かせていたジェイロットにアルが言い捨てる。
「え…そんな…」
「ごめんね、ジェイロット。今やめさせれば残務処理だけでサンドレアの負担が無くなるからいいかなって思っていっただけなんだ。」
エルドが申し訳なさそうな表情をジェイロットに向けた。ジェイロットは俯き座りなおす。
「そうすると後は…」
アルが続きを言おうとしたところでルーファスが暴れ始めた。暴れたルーファスはトーライトに踏みつけられおとなしくさせられる。
「何か話したいんだろうから、猿轡外してあげて。」
トーライトはルーファスの猿轡を外す。
「このくそ爺!!なんでこんなことしやがるんだ!俺はサンドレアのために伯父に王様に会えるようにしてもらおうとしていただけだ!!」
それを聞いたトーライトが再びルーファスを踏みつける。
「理由はどうであれ、愛した女性を放置したことに変わりはありませんね。しかも私を見て逃げ出したんですからこういう風にされても文句は言えないと思いますよ?」
普段は見せないような冷たい目をルーファスに向けていた。
「まあまあトーライト。一応はサンドレアのために何かしてくれようとしてはいたんだから穏便に。」
エルドがトーライトをなだめているとサンドレアが席を立ち倒れているルーファスに近寄ってきた。
「あなた確か同級生のルーファスよね。私の為ってどうして?」
サンドレアは不思議そうな表情で聞く。呪いによってエルドに対し悪意を向けるようになっていたサンドレアは一時的にルーファスと結婚していたことも忘れてしまっている。
サンドレアのその疑問を不思議に思っているとエルドが再びルーファスに説明してくれた。それを聞いたルーファスの表情は絶望に染まっていく。
「そ、そんな…それじゃあ俺が彼女を好きになったのも呪いのせい…」
「いや、それは違うんじゃない。もし呪いのせいなら君もサンドレアの事を今は忘れているだろうし。」
エルドは腕を組みながら笑顔で言う。ルーファスの表情は晴れ渡り始める。
「ま、だからこそ君のこれまでの悪行は君自身の物だから許すことはできないけどね。」
エルドの表情は一転して冷たいものに変わった。
「サンドレアの記憶が戻ったら彼女をサポートしてあげてよ。僕はもうこれ以上何もできないから。」
エルドはルーファスの元を離れた。ルーファスはその言葉の意味をよく理解できなかったが、とりあえず強制的に別れさせられることはなさそうなので安堵した。
「話もまとまったようだし俺は帰るよ。今戻ればまだ襲名式もやっているだろうし。」
「ああ、今日だっけ。そろそろだからアルもこっちに来ているだろうって思ってトーライトに行ってもらったけど悪かったね。」
「それは最初に言うべきことだろ。」
アルはため息をつきながらファニアール邸を出て行った。




