41.サンドレアの嘆き
トーライトが調査を行っている頃、サンドレアは執務室の机に突っ伏して眠っていた。涙が顔の下に挟まっている書類を濡らしている。
数日前、ルーファスと大喧嘩した。彼が新たに取引を行った相手が全くの架空の存在で、仕入れた商品が無駄になった。しかもそれを仕入れるために借りた金がランドレットの経営する金貸し屋で、屋敷を抵当に入れられていたらしい。もちろんルーファスはそんなことはしてない。しかし契約書には彼の署名がしっかりとされていた。
ルーファスはすべて自分が悪いと意気消沈していた。そんな彼をサンドレアは慰めるどころか責め立てていた。今回の借金の件もそうだがエルドを追い出したのもルーファスがすべての責任があると。もちろんその通りなのかもしれない。しかしルーファスの案に乗ったのはサンドレアだ。ルーファスもそのことを責めた。
大喧嘩の結果、サンドレアはルーファスに対して出て行けと泣きながら怒鳴り、ルーファスはそれに従った。それからいまだに帰ってこない。サンドレアは気を取り直して執務を行ったが借金の事を考えると頭が痛くなる。このまますべてを放り出してしまおうかと思ってしまうほどだ。
サンドレアは目を覚まし、顔に張り付いた書類をはがした。作成していたのはランドレットの商会へ融資を行う書類。これを書けば少なくとも利子は抑えられる。ランドレットとそう約束した。
涙にぬれた書類を破り、新たな紙を取り出す。書類を作成している間に扉をノックする音が聞こえる。
「なに?」
普段とは違う覇気のない声で応答した。
「サンドレア様、お客様がお見えです。」
執事のジャスティパールの声だ。今日は誰とも約束していないはずだ。いったい誰なのかと訝しむ。
「失礼します。」
サンドレアの返事を待たずに扉が開き、トーライトが入ってくる。
「と、トーライト!!あなたなんでここに!?いえ、ここをやめたあなたが執務室に入ることは許可できません!!」
「そんなことを言っている場合ですか!!」
サンドレアは威厳を持って対応しようとしたが、トーライトの一括に首をすくめる。昔教育係として対応してくれた時のトラウマがいまだに残っている。
「ジャスティパールから聞きました。あなたはこんな状況にしてどういうおつもりですか。」
「こ、この借金はルーファスが…」
サンドレアは言い訳をしようとする。
「借金の事などどうでもいいのです。それは適切に処置すればどうとでもなります。しかし使用人に関してはどうしようもありません。」
サンドレアは予想外の言葉に呆気にとられる。
「いま、この屋敷の使用人の人数を把握していますか?私が辞めた時の半分にも満たないんですよ?そうなれば一人一人の負担が増えます。それなのにあなたは使用人の補充をしないどころか仕事ができないのは無能ものだと叱責したそうじゃないですか。」
確かにそんなことを言った覚えがある。しかしそれもイラついていたから…などと言い訳してまたトーライトに一括を入れられる。
「サンドレア様、今は慣れない仕事で大変なのだと思います。しかし、使用人に当たっていい理由にはなりません。」
それを聞いてサンドレアは涙があふれてきた。いっぱいいっぱいになっていた。そしてつぶやいた。
「お義兄様…エルドお義兄様に会いたい…」
仕事を代わってほしいとか、手伝ってほしいとかそういう思いから出た言葉ではなかった。家族として側にいてほしかった。思い返せばエルドが側にいた時が一番安らいでいた。両親が死んでからなんだかんだと近くにいたのは一緒に仕事をしていたエルドだった。だから出た言葉だった。
トーライトにはサンドレアの心情は理解できなかった。しかし、その言葉に叱責はしなかった。だけど最も残酷な事をサンドレアに告げる。
「残念ですがエルド様がこちらに戻ってくることはありません。あなたにお会いしたくないという意味ではなく、女神の契約によってライナス領に留まらないといけないからです。」
トーライトはエルドの現状を伝える。
「あは…あはは…そうだよね…もう私はお義兄様に会う資格なんかないですよね…」
サンドレアは泣き崩れる。
「…ジャスティパール、私はエルド様の元に戻ります。おそらくエルド様はこちらに来ることは無いと思いますがこのことは報告しないといけません。どうかその間、サンドレア様の事よろしくお願いします。」
「わ、わかりました。」
ジャスティパールは力強く頷いた。ここまでやせ細ったのに忠義の熱い人だとトーライトは思う。もちろんだからこそ自分の後任に選んだのだけど、結果としてそれが重荷になってしまっているのかもしれないと後悔した。
「それともう一つ、ランドレットとリンジャッパ商会の事を調べてください。ここまでわかりやすい詐欺を行っているのはバレないと踏んでの事。その根拠が知りたいのです。」
「わかりました。どこまで調べられるかわからないですが調査してみます。」
それを聞いたトーライトは満足げに頷き、ファニアール家を後にした。




