40.トーライトの調査
トーライトがファニアール領へ向かって3日たった。最初は周辺の村の調査を行い特に問題がなさそうに見えていたが、ファニアール家のある街へ向かうと状況は一変した。
「な、なんですかこれは…」
トーライトの目には街全体に黒い靄がかかっているのが見えた。しかし住民は気にした様子はなく過ごしている。表情も暗いとか陰鬱とかいう事もなくいたって普通だ。トーライトはもとより魔力が見える目なんかは持っていない。しかしなぜ突然こんなものが見えるようになったのか見当もつかない。
「これがミレニア様が言っていたという靄なのでしょうか。ミレニア様はサンドレア様にまとわりついていたと言っていたらしいですが…」
気を持ち直し、ファニアール家に仕えていた時に贔屓していた商店へ足を運ぶ。店を覗くと店主がトーライトに気づき笑顔で近寄ってきた。
「トーライトさん。お久しぶりです。領主様のところをやめたって聞いていましたけど元気にしてましたか?」
「ええ、トーマス。実はエルド様について行っていたのです。私はもともとライナス領の出だったものですから。」
トーマスと呼ばれた店主は思い出したように頷く。
「そういえばそう言ってましたね。久しぶりの故郷はどうでした?それに前領主のエルド様はお元気で?」
「なんだかんだと故郷はいいですね。心機一転にはもってこいでした。エルド様も落ち込むことなく元気にやっておられますよ。」
エルドの話を聞いてトーマスはため息をついた。
「そうですか。お元気ならよかった。」
「どうなさいました?」
「あ…いえ…」
トーマスは目をそらす。
「今の私はファニアール家とは何の関係もない老人です。愚痴ぐらいなら聞きますよ。」
それを聞いてトーマスはあきらめたように口を開く。
「新領主のサンドレア様も仕事はよくしてくれているようです。ですが、どうも最近は旦那さんと不仲になって仕事も滞り気味だとか。それに弟妹様方も姿を見かけないしサンドレア様が追い出したんじゃないかって噂が持ち上がってます。ほら、もともとサンドレア様はファニアール家の方じゃないじゃないですか。」
ミレニアとジェイロットがエルドの元に行ったせいでそんな噂が立っているのかとトーライトは表情を変えないが驚愕する。おそらくはっきりとは言わないがサンドレアがファニアール家を乗っ取ったといううわさもあるのかもしれない。まあ、ほぼ正解な気がするのでトーライトも訂正する気にはなれないが。
「エルド様のままならこんなことにならなかっただろうに、王命じゃあしょうがないですよね。」
「おや、その話は出回っているのですか?」
「え、ええ。エルド様が領主としての能力に不足があるため交代の王命が下ったとリンジャッパ商会が話しているのを聞きました。」
リンジャッパ商会はランドレットの経営する商会だ。ランドレットが直接聞きつけたのか、憶測なのかはさておいてエルドが戻って来ても何もできないように噂を流したのだろう。
「やはりあそことの繋がりはさっさと切っておけばよかった…」
トーライトはエルドの父親に進言したことを思い出す。見た目からしてうさん臭さが染み出ていたランドレット。取引などしてはならないと直感した。しかし当時は自分もファニアール家に来たばかり。聞き入られることは無かった。だからエルドには取引なんかはしないで相手に引き下がらせるよう言い含めていたが、相手が引き下がる前に追い出された。まったく、すべてがランドレットの都合のいいように動いている気がする。
トーライトは首を振りすぎてしまったことはしょうがないと一蹴する。
「ど、どうしました?」
「いえ。それでは私はこれで失礼します。」
トーライトは一礼して店を出た。それから他に数件、なじみの店に顔を出したが大体同じ話を聞いた。ただ一つ、サンドレアの夫ルーファスに関しての噂を耳にした。
いわく、ルーファスは多額の借金をサンドレアに押し付けて中央都に逃亡したとのこと。この真意は定かではないが、実際毎日のように街中で見かけていたルーファスがここ3日ばかし見かけていないらしい。
「さてどうしましょうか。屋敷に行ってもいいのですが今は部外者ですからね。」
しばらく街を散策しているとふいに声をかけられた。
「トーライト様?」
自分を様付けで呼ぶのは誰だと訝りながら振り向いた。
「あぁ、やっぱりトーライト様だ。お久しぶりです。」
「あ、ああ…ジャスティパール。久しぶりです。」
そこにいたのはファニアール家に仕えている執事の一人で、自分の後任を任せた男だった。記憶にあるジャスティパールに比べてかなりやせ細っていたためすぐには気が付かなかった。
「どうなさったのですか?確か故郷に帰ると言っていたのに。」
「えぇ。最近こちらが大変だと伺って様子を見に来ました。お変わりは…ありますよね。」
ジャスティパールの痩せた姿を見てトーライトは胸を痛める。
「あはは。トーライト様の耳にも入ったんですね。そうですね。もうファニアール家はおしまいかもしれません…」
そう言うジャスティパールの目には涙がたまっている。
「…今は部外者の自分が聞いていい話じゃないのは分かりますが、何があったのか詳しく教えてください。」
トーライトはジャスティパールの背を優しくたたき、近くの喫茶店へ入っていった。そして、予想以上の現状を聞いてしまいどうすればいいのか頭を悩ませてしまった。




