39.もう一つの魔剣
ミレニアとジェイロットがエルドの下に来て一週間がたった。二人にとってこの一週間は兄について冒険者体験するのも、マリーに魔法文字の勉強を見てもらうのも実家にいる以上に充実して楽しいものだった。
しかしジェイロットの心には不安がよぎっている。家に残した姉、サンドレアが今どうしているのか。兄は強くは言わないがここにずっといていいと言ってくれた。それに今トーライトに調査をお願いしていると。だから気負わず過ごしてほしいと。
兄の気持ちもわかる。女神に呪いがかかっていると言われ、それを防ぐために契約をしてその結果姉に不幸が舞い降りている。家に帰ることでジェイロット達に不幸が降りかかるのを危惧している。
「…ロット?ジェイロット!?」
考え事をしているとエルドが声をかけてきていた。
「大丈夫か?いきなり魔獣が飛び出てくることもあるからボーっとしちゃダメだよ。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
いつも言われていた事なのに考え事をして気が散ってしまっていた。ジェイロットは首を振り、不安を退ける。
今日は四人で依頼ではなく森の散策に来ている。エルド達も森の中心部へはまだ来たことがないらしくどうせならと依頼抜きで調査に来ていた。森に入る時にエルドが亜空間から魔法剣を渡してくれた。魔法剣は属性を一つだけ付与した剣だ。ジェイロットには水属性、ミレニアには岩属性が付与された剣を渡してくれた。普段は加工されてない普通の武器を渡してくれてたがどんな魔獣が出てくるかわからないため今日は魔法剣を渡してくれたようだ。
「森の中心部って言ってもあまり出てくる魔獣は変わらないようだね。」
エルドは木の棒で茂みをつつきながら言う。茂みからウサギ魔獣が三匹ほど出てきたのでミレニアが岩魔法『グロック』でウサギ魔獣の頭上に岩を出現させて頭部を潰した。
「岩魔法は押しつぶすしか出来ないから使い勝手が悪いです。」
魔法剣を鞘に納めながらミレニアが言う。
「魔法はイメージ。頭上に出現させるだけじゃなくて、足元からせり上げて相手を転ばせたり、うまく繋げれば檻にしたりも出来るからそうイメージしてみなよ。」
頭のつぶれたウサギ魔獣を亜空間に放り投げながらエルドが言う。魔法の使い方に関してはマリーからもそういう風に教えられた。特に無詠唱は自分のイメージで同じ魔法でもバリエーションが変わってくるらしい。
「う~ん…でも岩で檻だなんてイメージ沸かないです。どうすればいいですか、マリーお義姉様…お義姉様?」
ミレニアがマリーを振り返るとマリーはあたりを警戒していた。
「しっ…何か来る…」
マリーは魔力感知を行いあたりの様子を伺っている。それを聞いた三人も警戒し周囲を伺った。
「ジェイロット!うしろだ!!」
マリーの声にジェイロットは振り返る。少し先に角が二本生えた大柄な熊が立っている。こちらを見てゆっくりと近づいてきた。
「熊の魔獣か。二本角は初めて見たな。」
そう言ってエルドが前に出て剣を構える。持っているのは魔剣でも魔法剣でもない普通の剣だ。
「さすがに二人に相手させるには酷だから一撃で落とすよ。」
魔力量からミレニアとジェイロットでは敵わないだろうと予測を立てたエルドは熊に向かって走り跳躍し首筋に向かって剣を振った。
「エルド!そいつは魔獣じゃない!!」
マリーが叫んだ。エルドは着地と同時に熊から離れ、手に持った剣に目をやる。剣身がまがり使い物にならなくなっている。
「あらら。なんて硬さだ。まあいいや、安物だし。」
エルドは手に持った剣を捨てる。そして熊を見てより詳細に魔力感知を行う。
「ん?この魔力量…魔物に昇華してるのか。」
それを聞いてなのか熊が笑ったように見える。
「そうだな。だけど昇華してまだ間もないんだろう。そこまで知性があるようには見えない。」
マリーがエルドの隣に立つ。ミレニアとジェイロットはマリーに言われて後ずさりながら離れていく。
「なるほどね。しかしどうする。あの硬さだと僕のテンペラじゃちょっと面倒だ。マリー、お願いできる?」
それを聞いたマリーは少し嫌そうな表情になる。
「はぁ…しょうがない。二人だったら協力してやろうっていうけど、今の状況じゃあ…」
マリーは後ろをちらりと見る。ミレニアもジェイロットもだいぶ下がっていた。
「それじゃあ私がやるから二人を連れて森の外に向かって。力はそんなに出さないけど、余波でどこまで影響出るかわからないから。」
「ありがと、よろしくね。」
エルドは振り返り、ミレニアとジェイロットのところに走る。そして二人に追いつくと二人を抱きかかえて森の外に向かって走り出す。
「え、エルド兄さま!マリー義姉さま一人で大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。それより急いで行くから舌をかまないように口を閉じててよ。」
ミレニアとジェイロットはエルドにしっかりと抱き着き、マリーの方を向いた。マリーは亜空間を呼び出し手を入れていた。そして中から炎の形を模したヘッドの大槌を取り出した。
「あ、あれは…?」
「ハンマーですわ。マリーお義姉様が武器を使うの初めて見ました。」
エルドはスピードを落とすどころがどんどん上げて行き、もうマリーは見えなくなった。そして、ドンッ、という音が聞こえすぐに背後から突風が吹き荒れた。エルドはその風に押されて転びそうになるが持ち直し、風を利用して森の外まで走り抜けた。
「はぁはぁはぁはぁ…さすがに二人抱えてはきつかった…」
エルドは二人を降ろして地面に寝転がる。
「お兄様、マリーお義姉様が出したハンマーは何ですか?」
エルドの呼吸が落ち着いたのを見計らってミレニアが聞いてきた。
「魔剣メテオ。マリーの魔力を吸って強力な一撃を与える魔剣だよ。」
「魔剣って…あれは大槌じゃないですか?」
ミレニアがもっともなことを聞いた。
「魔法文字で『剣』と言うのはそのまま『剣』という意味のほかに『武器』『手に持つもの』という意味もあるんだ。魔剣っていうのは直訳すると『魔力を宿した武器』ってこと。」
マリーの勉強で魔法文字には複数の意味がある場合があり、古い文献なんかだと前後の文脈で意味を推定しないといけない場合があるから全部の意味をきちんと覚えないとだめだと教えられていた。
エルドは体を起こし森を見る。ミレニアもジェイロットもつられて見た。しばらく見ているとマリーが熊の角をつかんで引きずりながら森の奥から歩いてきた。
「おぉ…なんとか形を残したまま倒せたか。」
「まあね。木っ端みじんにしちゃったらこの森も吹っ飛んでどうなってるかわからないよ。」
マリーは角を放し、熊の上に座る。
「は~、久しぶりに出したから魔力の調整が大変だった。振った時の余波で倒れたりしなかった?」
「何とか耐えたよ。二人抱えての逃走はもうやりたくないね。」
最後の突風は熊に一撃を食らわせた時に出た衝撃波だったのかとミレニアとジェイロットは目を見張る。
「それで、これどうしようか?」
マリーは座っている熊を見ながら言う。
「この造形だと魔物になり切ってないから普通の熊と同じ素材になるだろうね。魔物になってた方が高値で売れたのに。」
エルドは残念そうに言う。
「え、そこなんですか?」
ジェイロットはあきれたように二人に言った。




