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34.兄の思い、弟の思い

 ミレニアのテストの後、マリーが昼食として作っていたスープ料理を夕食として食べ、その時にお互いの現状を報告し合った。


 エルドが女神の契約を行い、その代償としてこの領地から出られないと知った時のジェイロットの絶望の表情は見ていられなかった。


 また、ミレニアからサンドレアの周囲に黒い靄が現れたのを聞いて、もしかしたら呪いがそっちに移ってしまったのではないかと予想した。女神の契約はエルドとその血縁者を守るもの。血の繋がりのないサンドレアは除外される。


 このことはエルドも気になっていた。しかし呪い自体がファニアール家にかかるものなら血縁関係のないサンドレアには降りかからないと安易に考えていたところがある。


「エルド兄さま…サンドレア姉さまはこれからどうなるんでしょうか…」


「さて…どうなるかな…」


 サンドレアを救う手はある。しかしそれは女神の契約を破棄し、自分たちに呪いを戻すということ。エルドだけならもしかしたらすぐに行っただろう。しかしもともと異母弟妹を守るために交わした契約。破棄することはできない。


「呪いの効果も命にかかわることは無いって話だから、たぶんファニアール家が無くなって終わりじゃないかな。」


「そんな…」


 ミレニアが口を両手で覆う。


「エルド兄さま…僕たちはどうなってもいいので契約の破棄は…」


「しない。僕も確認が甘かったけど、そもそもサンドレアもどんなことがあっても自分の責任だよ。命にかかわらない限りは契約は存続させる。」


 兄の決心の固さにジェイロットはため息をついた。まだ未成年の自分たちを守るために兄は決断している。たとえ恨まれても自分たちを守ると。


「わかりました…本当はこっちでエルド兄さまと一緒に住めないかと考えていたのですが、僕は家に戻ります。ミレニア姉さまは…」


「わ、私も家に戻ります。お姉様が心配です。何もできないかもしれないけれど側で何かできないか考えたいです。」


 2人を見てエルドは微笑む。


「そうか。それならそうするといい。でもせっかく来たんだ。1週間くらいは羽を伸ばしていきなよ。」


「え、でも…」


 ジェイロットは困惑する。


「サンドレアだって無能じゃないんだからそれなりの対応はするよ。1~2週間いなくったってどうってことないから。」


 ミレニアとジェイロットは顔を見合わせる。


「お兄様がそういうなら私はマリーともっとお話ししたいし何日か滞在したいけど。」


「う、うん…僕もエルド兄さまと色々話したいから1週間くらいなら…」


 サンドレアの事は心配してても、やはり不安もあった。エルドに引き留められて内心ほっとする2人。


「じゃあ滞在期間も決まったし、お風呂も沸いたからミレニアさ…じゃない、ミレニア、一緒に入る?」


 マリーがミレニアに問う。落ち込んでいたミレニアの表情が明るくなっていく。


「も、もちろん一緒に入ります。お姉様とは一緒に入ったことなかったからうれしいですわ。」


 マリーとミレニアは浴室へと向かっていった。それを見送ってふぅ、とエルドは息を吐き椅子の背もたれに体を預ける。逆にジェイロットは座り直し姿勢を正した。


「どうした?」


「エルド兄さまが出て行った時、僕はサンドレア姉さまを追い出して領主になろうと思いました。」


 突然の告白にエルドも座りなおす。


「ですが最近は…どうすればいいのかよくわからないです。サンドレア姉さまの状況、エルド兄さまから聞いた学院の話…将来何をするべきなのか…」


 深刻な話かと思っていたエルドは笑ってしまう。


「笑い事じゃないです。真剣なんですよ!」


「いや、ごめん。そうだよね。ジェイロットの年だと真剣な話だよね。」


 エルドは笑顔をやめ真剣な表情になる。


「何をすべきかというのは誰もわからないと思う。僕はジェイロットに領主になれと強制はしないしね。サンドレアを追い出すっていうのはなかなか暴力的な考えだから辞めてほしいけど、自分がやりたいことをやるのがいいと思う。


 ただそのためには今何になるって決定するんじゃなく、どんな道があるのか検討するのがいいと思う。」


「検討…」


「ほら、僕は領主を継ぐっていうのは決めてはいたけど、事故さえなければあと20年は父さんがやるって思ってたからね。だから国中を見て回れるかなって思ったから冒険者になったし。学院でも国政に携わらないかって誘われたこともあったんだよ。」


「そ、そうなんですか…」


 冒険者になった経緯は知っていたが、それ以外の選択肢を持っていたことは知らなかった。


「もっとも、僕は学業の成績がいいわけじゃなかったから騎士としての誘いの方が多かったけどね。」


 エルドは苦笑する。


「選択肢は後から増えてくる。もちろんその時の選択肢は後から選べないけど、その時魅力がなければ選ばないのが正解。今ジェイロットにとって領主となってファニアール家の当主になるのは魅力的に見える?」


 その問いにしばし考え、首を振る。


「やっぱそうだよね。僕もそう思う。この状況を分かってたらサンドレアだってやりたいとは思わなかったんじゃないかな。」


「確かに…いや、やっぱりサンドレア姉さまはこんな状態でもやると思います。エルド兄さまに強いコンプレックスを持っていますから。」


 よく見ているなとエルドは感心する。


「ほんと、弟の方が自分たちの事をよくわかっているな。ま、結果的に何が言いたいかというと、自由にすればいい。ジェイロットはまだ学院に通っていないんだからそこで出会う人もたくさんいるだろうし。」


 エルドが学院時代を思い出していると浴室が声が聞こえてきた。マリーとミレニアが風呂から上がったようだ。


「ジェイロット、一緒に入ろうか。」


「あ、はい。じゃあ着替えをとってきます。」


「僕も着替えは自室だから一緒に上に行くよ。」


 そう言って2人は食堂を出た。

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