32.二人の関係
エルドはチラリとマリーを見る。マリーは頷き口を開く。
「そうですね、それを言うにはまずは私の生い立ちからお話しします。」
マリーは自分の過去を語り始める。
中央都の俗に下流家庭と呼ばれるかなり貧しい家に生まれたこと。その日食べるものも困るような生活だったこと。あまりの空腹に一度死にかけ、その時に白い髪の人物にオレシアの実を恵んでもらったこと。五歳のころ両親が蒸発して母方の祖母に引き取られたこと。それから高い魔力持ちである赤髪赤目がばれないように祖母にかけると相手からは曇って見える魔道具の眼鏡をもらったこと。
エルドとは15歳から入学する中央学院で出会ったこと。男子生徒に絡まれているときに助けてもらい、その時曇って見えないはずの眼鏡越しに自分の赤目を見られ純粋にきれいだと言ってくれたこと。それから何となく一緒に過ごすようになったこと。
卒業してからは他の誘いを蹴ってエルドと共に冒険者となったこと。エルドと共に魔剣を見つけ、北の前線で傭兵として戦ったこと。その功績で二つ名の認定を受けたこと。その二つ名をもらって後悔していることも話した。その話をしたときはエルドは苦笑するしかなかった。
3年前にエルドからプロポーズのを受けたこと。しかしエルドの両親の訃報が入り、別行動していたために返事が出来ていなかったこと。それからエルドに会いに行き、領主となったエルドを手伝うためにメイドとして雇ってもらったこと。それからはミレニアもジェイロットも知っている。
卒業後は特に話す必要もなかったが、自分という人間を、これから義理の姉になる自分を知ってほしいという思いがあり話した。
「マリー…マリーはお兄様の事もう好きじゃないんですか?プロポーズの返事はもうしないのですか?」
ミレニアはマリーの目を見ている。マリーはミレニアのオレンジ色の瞳を見返す。エルドによく似た純粋な瞳。もし今プロポーズを受けていなかったらこうやって見返すことはできなかった。
マリーは自分の左手に視線を移す。ミレニアはそれにつられてマリーの左手についている指輪を見た。
「それにその指輪、もしかして…」
マリーは言われて指輪を見てほほ笑む。
「ええ。エルドからいただいた婚約指輪です。」
「まあ、よかったですわ。これでマリーは私たちのお義姉様ですわね。」
それを聞いてジェイロットも頷く。
「そうですね。マリー義姉さま。これからは僕たちに敬語は使わないでください。領主はやめたとはいえ由緒あるファニアール家の当主の婚約者なのですから。」
「いい申し出だけど、一応言っておくと家は領主をする奴が当主だから、現当主はサンドレアだからね。」
エルドがお茶を淹れなおしながらジェイロットに言う。
「しかしエルド兄さま、サンドレア姉さまのあの行為は…」
「どんな理由であれ、僕が了承したんだ。僕が異議を申し立てない限り決定は変わらないよ。」
それを聞いてジェイロットは不服そうな顔をする。
「それだとファニアール家直系の当主では…」
「しょうがないんじゃない。むしろうちだけだよ、五大家で直系が残っているの。」
五大家とはリュトデリーン王国建国時に王家と共に建国した家計の事である。ファニアール家以外の家は貴族制度が無くなる前後の内戦で一時血が途絶えたことがある。そのため五大家ではファニアール家が一番発言力を持っている。
「サンドレアが直系でないのは知れ渡っているから、これからは五大家相手にかなり苦労すると思うよ。その苦労もわかってやるってことなんだから別にいいんじゃないかな。」
エルドの笑顔には若干冷たいものが混じっていた。血のつながっていない兄妹ではあってもそれなりに大事にしていた妹に、言いがかりとも言えない汚名を着せられたのだ、寛大になれるはずがない。
「あとはジェイロット次第だね。一応領主なんて面倒なのはやってほしくはないけど、ジェイロットがやりたいというなら止めないし、できる限り協力するよ。学院卒業してしばらくは他のところで働くのもいいと思うよ。」
兄の普段見せない表情を見たジェイロットは少し面食らったが落ち着きを取り戻す。
「わかりました。エルド兄さまがそういうならもう少し考えてみます。」
エルドは笑顔でジェイロットの頭をなでた。同性だからというのもあるし、自分以上に思慮が深いと感じているのもあって本当は領主をジェイロットに譲るのも有りかと考えていた。しかし使命感からやられてしまうとジェイロットの将来を潰しかねないため話したことは無かった。だからまだ幼い弟を守らなければと改めて決心する。ただ、女神の契約のせいでこの領地から出られないのが面倒なのだが。
「マリーお義姉様、お義姉様はお兄様に夜伽なさってたのですか?」
突然のミレニアの発言。それを聞いてその場が凍る。
「お、おいミレニア…その言葉誰から聞いた…」
エルドは引くつきながら聞く。
「あら、お姉様が言ってたんですよ。マリーはお兄様の夜伽のために雇われたメイドだって。」
それを聞いてエルドは頭を抱える。
「ちなみにミレニア…意味は分かって言っているのか…」
「もちろんですわ。私だって来年には中央学院に入学する年ですよ。男性が女性を自室のベッドに誘うのは子供を作るためだと理解してますわ。」
天真爛漫で純粋無垢という言葉がしっくりくるミレニア。その為か学業がやや振るわないミレニアがその言葉を理解していることに兄として安心するべきなのか心配するべきなのかよくわからない感情を抱いてしまう。いや、多分微妙に曲解しているような回答なのも否めないが。
「メイドをしている3年間で夜にエルドの寝室に行ったことはないですね。」
はっきり答えるのねとエルドは感心した。
「私がちゃんと返事をしなかったから遠慮してたのもあると思いますし、私自身結婚というものに憶病になっているので…」
それは今も不安があるとエルドには聞こえた。エルドと結婚することがではなない。両親は喧嘩が絶えなかったらしく、それを見て育った自分はまともに生活できるのかと不安がっているのをエルドは知っている。
ミレニアを見ると頬を膨らましむくれている。
「ど、どうしました?」
マリーが慌てて問う。
「さっきジェイロットが敬語はやめてって言ったのにまだ抜けてないです。」
「あっと、すいま…ごめんなさい。」
「さすがにすぐにやめろって言われて辞めるのは無理だよ。いまだにトーライトも様付けになるし。」
エルドが言う。
「む~、そういうものですか?その割にお兄様には普通に話していたと思いますけど。」
「普通にいた時の方が長いからね。やりやすいんでしょ。」
それを聞いてマリーは頷いた。
「そういうものですか。それより、お兄様が不甲斐なくて結婚に憶病になるのはわかりますわ。お兄様って意外と甘えん坊ですから。」
「え?」
妹の意外な発言に二の句が継げない。
「たしかに。エルド兄さま相手じゃね。」
ジェイロットも続ける。
「え…あの…」
どういうことかと聞こうとする前に弟妹は自分で見ていた兄の状況を話し始める。それにエルドも覚えがあり、縮こまっていく。
自分は意外と家族に見られていて理解されているんだなと情けなくなっていった。




