30.崩壊の足音
ルーファスは街を奔走し、仕事の取引相手に再度取引を願い出たり有力者に融資を願い出たりしたが断り続けられた。
「なんで…どこも話を聞いてくれないんだ…」
日陰になっている路地に腰を下ろし休憩しながらつぶやく。空を見上げるとうっすら雲のかかった青空が見える。その空にサンドレアの笑顔が見えた。
ルーファスは中央都の有力上流家庭の分家の次男で特に誰に期待されることなく育てられた。ルーファス自身、学院卒業後は本家の伝手を頼り適当に生きていこうと考えていた。
サンドレアと出会ったのは最終学年の時だった。見た目が特に好みだったわけではないが、一緒に課題をこなすことがあり、その時お互いの生い立ちを話し意気投合した。その時サンドレアを領主にできないかと、そしてその夫となり権力をふるえないかと考えがよぎった。
実はエルドは学院では少し有名であった。年の差がありサンドレアやルーファスがともに通うことがなかったがその噂は2人の耳に入っていた。例えば赤髪の下流家庭出身者と仲良くしていた。あるいは第5王子と生死をかけた争いをした。はたまた勘当されたから冒険者になった。
サンドレアにしてみれば義兄の性格上、半分は当たってて、半分は全くのでたらめだと断言できるが、ルーファスからすればそんな人間がサンドレアの義兄であるなら領主足り得ない人物ではないかと思い至った。
サンドレアの事も最初はともに課題をこなす仲でしかなかったが、次第に惹かれていった。そのため卒業の折、求婚をしたのはルーファスにとっては必然と思えた。
サンドレアはルーファスの求婚を快諾。その足で実家へ帰り両親へ紹介した。ルーファスの最初の誤算はサンドレアの義父であった。この義父、サンドレアの結婚に難色を示していた。ルーファスが就職することなく求婚したためという至極まっとうな理由ではある。
そんな義父に認めてもらうためにルーファスは商売を始めた。学院の成績は良くなかったが、口がうまいのもあり商人の才があったようだ。半年でそれなりに生活できる利益を生み出していた。
義父もそれを見てサンドレアの結婚を認めた。それからルーファスはファニアール家に入り、屋敷に住むようになった。
そして半年後、サンドレアの両親が事故で亡くなった。冒険者として放浪していた義兄も家に帰ってきてそのまま領主を引き継いだ。その時ルーファスはずっと放浪していたエルドより領主の補佐をしていたサンドレアが後を引き継ぐべきだと進言した。しかしこれはサンドレアが首を振った。
もともと義兄が後を継ぐのが決まっていたためだ。先に決めていたならしょうがないなとその時は引き下がった。実際サンドレアが手伝っていたといっても1年程度、大して仕事をこなしていたわけではなかった。
ルーファスの最大の誤算はエルドが領主として足り得る人物だったことだ。最初こそなれない仕事で苦労していたが、執事のトーライトといつの間にか雇われていたメイドのマリーがエルドの補佐をして仕事をこなしていた。
このままでは当初思っていたサンドレアを領主になり自分が夫としてうまい汁を吸う生活がかなわないと思った。そのため実家の本家でそれなりに面倒を見てくれていた伯父に声をかけ、それこそ3年もの時間をかけエルドがいかに仕事が出来ず、自分の妻がしりぬぐいしているかを語った。
同時にサンドレアにも時間をかけ、このままでは建国時より存命するファニアール家が無くなってしまうと訴えた。しかしサンドレアは後妻の娘。ファニアールを名乗っていても何の関係もないのだが、長い間ルーファスに説得され、もともと義兄が好きではなかったことも働きエルドを退任させる気になってくれた。
エルドを退任させる理由が2人には思いつかなかった。適当なことを言うのもできたかもしれないが、トーライトがいるためすぐに反論されてしまう可能性があった。そのためかなりこじつけなのはわかっていたが、領民が少なくなっているということを前面に押し出しエルドに迫ったのだった。
伯父に用意してもらった王命書もありエルドは特に何も言わず出て行った。その後トーライトが辞めていったのは誤算ではあるが、サンドレアなら特に問題なくやれるだろうと気にしなかった。
それからは万事うまく言った気がする。ちょうど仕事で大きな取引が出来そうだからとそれまで苦労した資金調達も領主からの支援金として出してもらえた。
それなのに…特に失敗なんかしてないのに取引先から三下り半とは何をしたというのか…
そんな思いをはせていると、いつの間にか隣に全身をマントで覆った人物が座っていた。
「うわぁ!!誰だあんた!!」
突然現れた人物に、ルーファスは驚きの声を上げる。
「ひっひっひ…お困りのようなのでお声をかけようとしてたんですよ。」
しわがれた女の声だった。
「い、いや別に困ってなんか…」
「いい商売の取引があるんですよ。どうです?お話だけでも…」
その女の顔はフードに隠れて見えないが、確かに笑ったように感じた。
「い、いや…それは断るよ。こういっちゃなんだが怪しい奴との取引はしないようにしているからね。」
ルーファスは立ち上がり、その場を立ち去ろうとする。
「おやおや。そういうならそれでもいいですが、もうこの街でいや、この領地で取引してくれるところはないと思いますよ。」
その言葉を聞いてルーファスは振り向いた。
「ど、どういうことだ!?」
「簡単なこと。あなたと取引しないように圧力をかけた人物がいるんですよ。」
マントの女はけたけたと笑いながら言う。
「まあ、こちらはそんな圧力喰らっても怖くもなんともないのであなたと取引できる唯一の相手というわけです。
どうです、お互い協力してそんなことをする奴を倒してしまいましょう。」
女の言葉にルーファスは息をのむ。
「そ、その圧力をかけた奴が誰なのかわかってるのか?」
「もちろん。こちらに直接圧力をかけて来たんですからわかりますよ。」
「そ、それは誰だ!?」
「ランドレット。あの卑しい男ならこんな嫌がらせ簡単にしてきますよ。」
ルーファスは息をのむ。
「さあ。どうします?このまま尻尾巻いて逃げますか?あなたは領主様の旦那様ですから今の商売をやめても痛くもかゆくもないでしょうが、男として女に泣きつくのはプライドが許しますか?」
その言葉を聞いてルーファスは考える。確かにこのまま商売をたたみ、領主の補佐をするのが当初の目的だった。しかし商売を始めて、もっと大きくしたいという欲も出てきた。そしてそれが出来るかもしれない可能性が目の前にある。
「…わかった…話を聞かせてほしい。」
ルーファスがファニアール家に戻るとサンドレアに呼び出され、執務室に向かった。
「心配かけたね、マイハニー。でももう大丈夫。仕事は何とかなりそうだよ。」
部屋に入るなり甘い言葉でサンドレアに語る。
「そう。でもこの借金はどうするの?支払期限が過ぎてるみたいなんだけど?」
サンドレアは今日届いた催促状を見せる。ルーファスはそれについてもマントの女から話を聞いていた。ランドレットが圧力をかけ、返済を迫るようにさせたと。
「それに関しても大丈夫。もう返してきたから。」
ルーファスは受領書をサンドレアに見せた。
「そのお金どうしたの?」
「新しい取引先からね。でも大丈夫。新しく商品を納品する契約をとってその前金だから。」
「…そう…私の方からは支援しないで大丈夫?」
サンドレアは息を吐き、心配する妻の顔になる。ルーファスは心配するなとサンドレアの頬にキスをした。




