29.ファニアール家に迫る影
「いったいどうなってるの!!」
サンドレアは執務室の机をたたき怒鳴り散らす。報告をしていたトーライトの後任の執事はその声におびえたような表情になる。
「ルーファスは!?当のルーファスはどこに行ったの!!?」
「ル、ルーファス様は資金繰りに行くと先ほど出ていきました。」
先日ルーファスは突如取引先からこれ以上取引できないと三下り半を突き付けられた。それ自体はまあいい。問題はルーファスがしたという借金が出てきたことだ。サンドレアは送られてきた催促状を見て声を荒げた。
サンドレアの私財でも返済できない額ではない。ただ本人にこの借金について聞かなければ返済すべきかどうか判断がつかない。
「ルーファスが戻ってきたらすぐに私のところに来るように言って!!下がりなさい!!」
サンドレアは執事を怒鳴りつけ椅子にもたげる。
「はぁ~…」
ルーファスの取引先に手をまわしたのはランドレットだろう。以前来てから彼の事を調べたら、ランドレットの家とファニアール家は意外と古くから付き合いがあった。だが義祖父の代で確執があり、その後義父とランドレットが親のいざこざは互いに水に流そうと再び縁を結んだらしい。
エルドからの評価しか聞いていなかったが、意外と根が深そうだと思った矢先にこれである。サンドレアは頭を抱える。その時扉をノックする音が聞こえた。ルーファスが来たのかと思い顔を上げるとそこにいたのは異父弟妹であった。
「サンドレア姉さま、あまり怒鳴り散らすと使用人の皆さんが委縮してしまいますよ。」
「それにあまり声を荒げますと顔にしわが寄ってしまいますわ。」
この大変な時に能天気なことを言う異父弟妹にサンドレアの眉間にはしわが寄っていく。
「先ほどの郵便物の中にエルド兄さまからの手紙があり、あちらも落ち着いたから遊びに来てもいいと了承を得ました。
早速明日から向かおうと思うのですが、息抜きがてらサンドレア姉さまもお誘いしようと思ったのですがいかがですか?」
ジェイロットが小首をかしげながら言う。
「はぁ…今は行けないわ。あなたたちだけで行ってきなさい。」
サンドレアはどうでもいいという表情で言う。
「そうですか。お兄様のいる東北のライナス領では、お姉さまの好きなオレシアがもう実っているらしいのでお土産に買ってきますわ。」
異父弟妹は一礼して部屋から出て行った。
「はぁ…私がこんなに苦労しているというのに、協力しようという思いがないなんて薄情な弟妹だわ…」
サンドレアは深くため息をつく。
執務室を出たジェイロットは自室に戻り荷造りを始める。その時机に置いたエルドからの手紙が目に入った。
数日前エルドへの手紙を出そうと思ってたところエルドの学友だというアルと出会った。彼はエルドが領主を辞めさせられ実母の実家の領地へと向かったと知ると会いに行くと言ったのでエルドへの手紙を託した。
その時の返事が先ほど戻ってきた。エルドのいる領地へ普通便だと1~2週間かかるところを数日で返送してくれたのを考えるとエルドは少し料金がかかる転送便で送ってくれたようだ。
「エルド兄さまも早いけど、あのアルって人もどんだけ早くエルド兄さまに会いに行ったんだろう。」
軍服を着ていたため普通の馬ではなく魔獣馬を使ったのだろうが、それを扱えるのはすごいなと思った。それと同時に優雅に軍服を着こなす姿にわずかながらあこがれを感じた。
「ジェイロット、準備できましたわ。」
姉のミレニアがノックもせずに部屋に入ってくる。
「ミレニア姉さま、出発は明日ですよ。」
「お兄様に会えると思うとワクワクして待ち遠しいですわ。それに…」
普段は天真爛漫な彼女の表情が曇る。
「今は早くここを出たい…お姉様にまとわりついているものがどんどん大きくなって怖い…」
ミレニアは肩を震わす。ミレニアはその純粋さ故かいつからかサンドレアに黒いものがまとわりついているのが見えていた。ジェイロットは何か怖いものがあるなと漠然としたものを感じるだけだったがミレニアは目に見えていた。
「大丈夫。明日になれば家を出ます。そしてエルド兄さまに会ったら一度こちらに帰ってきてもらって原因を調査してもらいましょう。」
エルドは今の領地から出られない旨を異母弟妹に伝えてなかった。もちろんそれは心配させない配慮であったが。
「ええ、そうね。はやくお兄様にお会いしたいわ。冒険者ってどういうお仕事なのか聞いてみたいもの。」
「そうですね。」
ジェイロットは姉を優しく撫で、まだ荷造りが出来ていないからと部屋から追い出した。
「エルド兄さまが出て行ってからおかしくなった。帰ってきてもらえればもしかしたら元に戻るかも…でも…」
エルドが戻ってきても彼を針の筵に置くだけで改善しないかもしれないという思いもあった。ならエルドが出ていく時に言った通りサンドレアに協力して成人までこの家にいるか、それか伯父のところに行くか、後は迷惑がかかるのは承知しているがエルドに同行するか…
ジェイロットは荷造りをしながらエルドにどうするべきか相談しようと考えていた。




