26.二つ名もいろいろ
「そういえば私も若いころは二つ名が欲しくていろいろやってた記憶がありますね。」
唐突に思い出したようにトーライトが言い出す。
「へぇ。初めて聞いた。どんなことしてたの?」
「まあ色々ですよ。『執事』とか言われるように毎日真面目にコツコツと…と思っていたのですが、職業を二つ名にすることは無いと知った時は本当に絶望しましたね。」
ケラケラと恥ずかしげもなく笑う。
「まあそのおかげで、ぼっちゃまのお側にいられるようになったのですから結果よかったと思います。」
「しかしなんで二つ名なんかほしいと思ったのです?普通に生活してればほしいと思うようなものではないと思いますが。」
アルが聞く。
「そうですね。17の頃でしたか、私と同年代が2人、二つ名の認定されました。それを知ったからですね。もっとも、私だけではなくほかの同年代の男性は大体同じことを思ってましたよ。」
遠い昔を懐かしむように言う。
「トーライトが17の頃だと40年くらい前か。その時の二つ名は誰だ?」
「多分『銀狼』と『黒翼』だな。」
エルドの疑問にアルが答えた。
「そうです。ダンジョン解明に尽力した『銀狼』、この国をはじめ世界中を巡りトラブルを解決した『黒翼』。銀狼の方はダンジョンの調査でこの領地にも来たことがあるようですが、私がお嬢様についてファニアール家領地に移住した後なので会うことはありませんでしたね。」
トーライトの言うお嬢様はエルドの母親の事である。
「二つ名といえば、マリーも二つ名を認定されていたのですよね?私は聞いたことは無いのですが。」
それを聞いてマリーが硬直する。
「そうだっけ。マリーの二つ名は…」
「言うな!!」
説明しようとしたエルドの口をふさぐ。だが、アルが代わりに説明する。
「マリーの二つ名は赫鎚鬼ですよ。」
アルが言い終わるとマリーはあきらめたように肩を落とす。
「な、なかなか奇抜な二つ名ですな。」
「だからいやなんだよ…エルドの『氷炎』なんかシンプルでかっこいいのに、なんだよ『赫鎚鬼』って!」
二つ名の認定は、認定式のその場で発表されるため、事前に知らされることは無い。また、文字数が少ないほど格が上とされている。
「ま、つけた奴のセンスが悪すぎるからあきらめろ。」
アルが笑いながら言う。
「は~…二つ名認定の時の絶望感ときたら…」
マリーは机に突っ伏して嘆き始める。
「二つ名なんてありがたくもらい受けるものじゃないな。」
「そういうのは二つ名持ってる僕たちの前でいう事じゃないでしょ。」
トーライトが席を立ち、お茶を淹れなおす。
「さて、オレの用はこれで…いや、まだあったな。」
アルは4人分のお茶を淹れなおしているトーライトをちらりと見る。その視線を理解してトーライトが頷く。
「私は外で庭の整備をしております。何かあればお声かけください。」
トーライトは外に出ていく。
「さすがファニアール家の元執事。必要以上に言わなくても理解してくれるな。」
「もともとはこっちのライナス家の執事だよ。」
エルドは淹れなおされたお茶に口をつける。
「ああ、こっちは母親の実家なんだったな。」
アルもお茶を飲む。
「それで。トーライトに席を外させて何の話?」
「お前の実家の話だ。」
それを聞いてエルドはカップを机に置く。マリーも体を起こし座りなおした。
「何かあった?」
「いや、こっちは今のところは何もない。だがお前は何があったんだ?」
エルドはこれまでの経緯を説明する。
「なるほど…」
アルの眉間にしわが寄る。
「さてどうしたものか…」
「どうしようもないでしょ。それに僕ももうどうでもいいし。」
「だけどこのままだと確実にファニアール家は無くなるぞ。」
アルがエルドの顔をみながら言う。
「しょうがないさ。」
エルドはため息をつく。
「…まあ、やってることがやってることだから勝手に調査はさせてもらうぞ。」
「それは構わないよ。僕も気になってはいるから。」
「お前がそこまで言うのも大概だな。」
アルは残ったお茶を飲み干し、一息ついた。




