24.ファニアール家の憂鬱
「さてお嬢さん。前領主のお兄さんにはこの話は了承してもらってたんですよ。後は契約のサインを頂くだけ。」
ファニアール家の執務室でサンドレアは商人のランドレットと対面していた。彼は契約書といって何枚かの書類を持ってきている。
「とは言いましても、こんな内容では契約できませんね。」
ランドレットの持ってきた契約書は金を引き出すばかりでファニアール家側には何のメリットもない契約内容だった。
「いやいや、お兄さんにはこれで了承いただいてたのですよ。」
そもそもサンドレアはこんな話は聞いていなかった。エルドはある程度の契約内容に関してはサンドレアに話していたが、愚にもつかない話は聞かせる意味もないだろうと思い伝えたことがなかったためだ。
こんな内容は義兄から聞いていないと言えば済む話ではあるが、そうするとエルドと交わした引継ぎ終了契約に不備が生じ、今後どんな不具合が出るか予想がつかない。
サンドレアがエルドに書かせた契約はたとえ破っても問題はないのだが、調べられるといろいろと厄介なことを引き寄せる可能性があるためサンドレアは引継ぎ不備だと口に出せないでいた。
「ほう。新領主様は身内には無償でお金を貸しているのに、領民には支援をしてくれないということですね。」
ランドレットのその言葉にサンドレアは眉をひそめた。
「私は身内びいきしたことはありませんわ。」
「ほう。旦那であるルーファスの援助は行ってないと?」
「ええ。」
「となるとおかしいですね。この前彼が買い付けを行った時当初の予定の倍の数を購入していましてね。その資金はどこから出たのかな~と思ってましてね。」
ランドレットは顎を撫でながら言う。
「もともと蓄えていたか、どこか別のところから借りてきたんじゃないかしら。商売に関しては関与してないのでわかりませんわ。」
「なるほど。それは失礼しました。いや、新しい領主様は公私混同されないのですね。それは御見それしました。」
ランドレットはそう言って書類をしまい席を立つ。
「それでは今日は引き揚げます。また支援のご相談にうかがわさせていただきますのでよろしくお願いします。」
ランドレットは丁寧に頭を下げて執務室を後にした。
「は~…まったく、まだほかにこんなことあるかしら。」
サンドレアは肩をまわしながら言う。
外を見るとランドレットが馬車に乗り込み敷地外へ出ていくところが見えた。少し離れたところでミレニアとジェイロットが稽古をしていた。
エルドからはいやらしい商人だと評価を受けていたランドレット。トーライトも関わり合いにならない方がいいと言っていた。ルーファスに貸し付けたのを本当に目星をつけて来たのか、それともどこかで聞いてしまったのか、なんにせよ旦那にくぎを刺しておかなければならないなと考える。
しばらく物思いにふけっていると扉をノックする音が聞こえる。顔を出したのはちょうど会いたいと思っていたルーファスであった。
「サンドレア~。またちょ~っと相談したいんだけど…」
彼がこういう言い方をするときは金の無心だ。前に貸した金はとうに返済してくれてるが、先ほどのやり取りをした後だと貸し渋ってしまう。
「ルーファス…申し訳ないけどしばらく支援はできないわ。」
「あ、ああ…いや、大丈夫大丈夫。今回は少額の予定だったし、何とかなるよ。」
ルーファスが笑顔で返す。その笑顔を見るとサンドレアは申し訳ない思いになってしまう。
「それより、さっき来てたのランドレットだろ?あいつには注意しろよ。何かと弱みを握って骨までしゃぶりつくすって噂だぜ。」
弱みはあなたなのよと言ってしまいたくなるが、さすがにルーファスに非があるわけではないので黙って頷いた。
ジェイロットは庭で剣の稽古中、サンドレアの客人が馬車に乗って帰っていくのを目にした。
「確かあれは、エルド兄さまが気をつけろって言ってた商人だ。」
ジェイロットは汗を拭きながらつぶやく。
「どうしたのジェイロット。さっきの人知ってるの?」
姉のミレニアも手にしていた剣を置き汗を拭く。
「うん。面識はないけど、エルド兄さまに気をつけろって教えてもらった。」
「そう。お姉様は大丈夫だったかしら。」
ミレニアは異父姉の心配をする。
「あの人の表情だと大丈夫だったと思うけど、エルド兄さまが気をつけろっていうくらいだから注意はした方がいいかも。」
「…ねえジェイロット…」
ジェイロットはミレニアを見る。
「お兄様のところに行かない?なんだか最近お姉様が怖く思えてくるの。」
ミレニアはエルドが追い出されてしばらく経ったころから姉に奇妙なものを感じていた。今までそんなことないのにただ怖いという漠然としたものだが。そしてそれはジェイロットも感じていた。
「でも、いきなり行ったらエルド兄さまに迷惑だよ。」
エルドからの手紙で2人はエルドが彼の実母の領地を拠点に冒険者をしていることを知っている。行こうと思えば2人でも行けるが、ジェイロットとしてはエルドにはもう少しゆっくり休んでほしいという思いがあった。
家族の中でエルドが領主をしていた時の苦労を一番理解しているのは末っ子であるジェイロットであった。そのため早く兄の力になりたいと思っていた。まだ未成年であることにジェイロットは憤りを感じていた。
「まずは手紙を送って行っていいか伺おう。エルド兄さまだって忙しいだろうし。」
「そうね。そうしましょう。」
ジェイロットはミレニアの手を取り自室へと走っていく。




