2.エルドという男
エルド・ファニアールは物語にありそうな人生を送っている。
ファニアール家はリュトデリーン王国建国時よりある名家で、百五十年前までは貴族と呼ばれる家系であった。
エルドはその跡取りとして生まれた。
黒髪黒目の人が多いリュトデリーンの中で、生まれながらに瞳の色が違っている。
これは体内の魔力が生まれながらに多く、また、何かしらの系統の魔法に適性があるためにおこるものである。
さらにエルドはその中でも珍しい、両目の色がそれぞれ違うのだ。右目は緑、左目は青となっている。
髪の色は黒色と一般人と同じではあるが、色の違う両目は奇異の目で見られることもしばしばあった。
というのも、今となっては完全に迷信なのだが、両目の色が違う人間は呪われていると信じられていた。
百年前の賢人が両目の色が違うのは二種類の魔力系統に適性があるためだと解明し、その考えが一般的にはなっているが、今でも迷信を信じる者も少数ながら一定数いる。
さて、そんなエルドの両親だが、実母はエルドが六歳の時に流行り病でなくなっている。
その翌年に父親は後妻をもうけ、その後妻の連れ子が義妹となったサンドレアだ。
その後、異母弟妹のミレニアとジェイロットが生まれたのである。
エルドと義母の関係は良好で、後妻はエルドの両目がきれいだと我が子のように愛情を注いでくれた。
それこそサンドレアが嫉妬するほどに。
しかしエルドはそれに甘えず、サンドレアを実の妹のようにかわいがっていた。
義母にもサンドレアにも目を向けるように言い、義母はサンドレアにも平等に愛情を注ぐようになった。
エルドは跡取り息子であるが、父は百歳まで生きると豪語し、生涯現役を宣言していた。
そのため十五歳から入学する、中央学院に入学後、三年の学院生活を終えて国中を巡る冒険者となった。
この冒険者という職業は国営機関のギルドが国民から依頼を集い、それを受けて解決し報酬を受けることを生業としている。
その冒険者はエルドのような上流家庭や一般家庭、はたまた国外の人間でもなれる職業だ。
エルドは将来領主になるときのために国中を見ておこうと冒険者の道を選んだ。
エルドは有能とは言えないが、決して無能ではない。
学院の成績も中の上。冒険者時代の戦歴も悪くなく、二つ名がついているほどだ。
エルドが二十二歳の時、両親が事故で亡くなった。
悲しむ時間もなくエルドは父の跡を継ぎ、それから三年間手探りながらも領地経営を行っていた。
そんな彼が言いがかりとも言えない戯言で領主をクビになり、生まれ育った家から追い出されることとなっている。
そもそも、サンドレアはエルドの事を嫌っている節はあるが決してこのようなことをするとは思えない。
だとするとそそのかしたのはルーファスの可能性がある。
エルドはルーファスと初めて会った時から嫌な奴だと直感していた。
もともと王国の中央都に暮らす上流家庭の分家の出で、サンドレアとは中央学院で出会ったとか。
それからあれよあれよとサンドレアの婿としてエルドが冒険者をしていて家を空けている間に転がり込んできた。
実家が中央都にあるし、本家は国王の側近をしているとかで、国王には薄いながらも伝手があるということだ。
それをどうやって信じさせたのか、エルドが無能であるため領主交代の嘆願を行ったということのようだ。
「は~…」
エルドは自室で荷物の整理をしながら自分の半生を振り返り、ため息しか出てこない。
別に領主に未練はない。だが、未成年の異母弟妹の事が気がかりでしょうがなかった。
「失礼します、ぼっちゃま。」
「僕はもう領主はおろか、上流家庭の人間ですらなくなるからぼっちゃまはやめてよ。」
扉をノックして入ってきた白髪で白い口髭の初老の男に呆れたように言う。
「何を言ってますか。このトーライト、ぼっちゃまの母上様が若かりし頃よりお仕えしている身。ぼっちゃまはいつまでたってもぼっちゃまですよ。」
「正直ぼっちゃまって言われるような年じゃないんだよ…」
片づけをしながら頭を抱えたくなる。
「トーライト様、旦那様にお聞きしなくていいのですか?」
いつの間にいたのかトーライトのわきに黒髪を丁寧にまとめ上げ、切れ長の目の眼鏡をかけたメイドが声を上げる。
「マリー、居たんだ。」
「はい、私とトーライト様は旦那様の専属使用人ですのでいつでもお側にいますよ。」
マリーは眼鏡を上げながら言う。赤色の瞳はエルドの様子を見逃さないように見ている。
「それでぼっちゃま、私たちはどうすればいいですか?」
「ん…ああ…そうか…僕の専属使用人だからってことね。でもしばらく収入無くなるだろうし、申し訳ないけど…」
「いえ、では私共は自分の好きにしていいということですな。」
トーライトはクククと笑いながら言う。
「まあそうだね。マリーはともかく、トーライトは大変だと思うけど…ごめんね。」
「いえいえ、これもまた人生だと思います。」
「それでは私達の最後の仕事として、旦那様の荷造りを行いましょう。」
マリーは遅々として進まないエルドの荷造りを見て手伝うことを決めた。
トーライトもそれに賛同し、三人は夜を徹して荷造りを行った。