178.閑話 マリーと母と祖母と
マリーは中央都の雑貨屋で便箋を購入して店を出た。宿に帰って書くのもいいけど、今日はどうせ一人だからとよさそうなカフェを探す。歩き回っているうちに中央都の北側まで来てしまった。マリーはそれに気が付いて体が硬直する。自分が昔住んでいた貧民街。それがこのあたりにある。いつもは中央都の南側の方でなるべく過ごしているがマリーはそのまま足を動かして昔住んでいた場所を目指した。
正直わずか5年の間そこにいただけ。その後の年数は比べ物にならないくらい幸せだったと感じている。でも時々思い出す、幼かった日の事を。
住宅街にはいり小道を見つける。前にここに来た時はエルドもモイラもいた。怖かったがすぐ近くに頼れる2人がいた。でも今はいない。マリーは意を決して小道に入る。
そこは記憶と全く違う場所になっていた。自分たちで建てたようなぼろぼろの小屋が乱立していたのが公園のような広場になっていた。マリーは近くのベンチに腰掛ける。
「あの辺だったかな…」
マリーはあたりを見渡してある一角を見る。記憶ではそのあたりが昔住んでいた場所だ。
「おや、見ない顔だね。道に迷ったかな?」
マリーの前に小柄な老婆が立っていた。
「あ、いえ…昔この辺に住んでいて…」
「あらそうかい。それじゃああんたはあの10年前の引っ越しの時に?」
「いえ、私はもっと昔にここを離れたので。」
「そうなのかい。私もこの辺に住んで長いけど10年前はすごかったんだよ。国が働ける場所まで用意してあげてね。特に若い人たちは喜んでいたよ。」
「そうなんですか。」
人と話すのが苦手なマリーではあるが老婆の長話を上手く打ち切れないでいた。
「そうそう、ただ一人だけ絶対にここを離れないって言っていた女性がいてね。なんでも母親に預けた娘が来るかもしれないからここにいないとダメなんだとか言ってたらしいよ。」
「そうなんですか…」
「もっとも、引っ越しの数日前には風邪をこじらせたかなんかで死んでしまったらしいけどね。私は見てないんだけど遺体の引き取りにその母親ってのが来たらしいんだ。その人がまあ綺麗な赤髪で。」
それを聞いてマリーが表情を強張らせた。
「あなたの赤髪を見たら何か思い出しちゃったわ。それじゃあ、お元気で。」
そう言って老婆は去って行った。
「まさか…まさかね…」
マリーはその場を離れようとしたがベンチから立ち上がれなかった。気持ちを切り替えようと買った便箋を出し遠くの異国でおばと暮らしている祖母に手紙を書く。
「…そういえばおばあちゃんがおばさんのところに行くって言ったのも10年くらい前だっけ…手続きとか色々あって半年くらいかかって引っ越しちゃったけど…」
ペンを持った手が止まる。
「本当にまさか…だよね…」
マリーはそのまま手紙を書きあげた。そして立ち上がり、自分たちの家があった場所を見る。気が付いたらそこまで足を運んでいた。
「はぁ…何やってるんだろ。」
マリーは振り返り広場を出ようとする。しかし振り返ったところで女性が立っているのが見えた。
「お母…さん…」
女性は深く頭を下げてそのまま消えてしまった。
「お母さん…ずっと…待ってたんだ…バカだな…私がここに来るなんて…無いかもしれなかったのに…」
マリーは目元を拭って広場を出て行った。