169.休息と最後の宴
日も暮れて暗くなった草原を焚き火の明かりが照らしている。マリーは大鍋をかき混ぜながらまだ戻ってこないエルドを心配してため息をつく。
「珍しいな、そこまで心配か?」
アルが声をかけてくる。日が暮れる前に目を覚ましたアルはたまたまのぞき込んでいたヒーリングに驚いて馬車から落ちそうになってレイラに助けられるという場面があった。ただ助からなかったのは着ていた服が血まみれだったために治療が終わったあとモイラとヒーリングに脱がされて寝かされていた。そのためレイラに全裸を見せてしまい尊厳は守られなかった。
「結構似合うわね。いつもきっちりした軍服だったからそんなラフな服装見るの初めてかもね。」
今アルが着ているのはモイラがアルの寝ている間に作っていたものだ。
「そういやそうだな。学院時代も制服だったしな。」
「もういいかな。アル、みんなのお皿持ってきてくれる?順次よそうから配膳もしてくれると助かるな。」
「俺病み上がりなんだが。」
そう言いつつも干してあった皿を運ぶアル。
「エルドなら何も言わずにやってくれるわよ。」
「あいつと一緒にするなよ。」
マリーは皿にシチューをよそいアルが配膳する。レイラに鍋皿を渡そうとした時、レイラは赤くなり皿を落としそうになった。
特に会話もなく食事をしているとテンペラがエルドを担いで戻ってきた。空いてるところにエルドを降ろす。マリーが近寄るとエルドは眠りこんでいた。
「魔力枯渇による強制睡眠だ。朝までは起きないだろう。」
そう言ってメテオの隣に座るテンペラ。
「随分無茶やったんじゃねぇか?よくあの人族の魔力が持ったな。」
「途中何度か回復させたからな。あれだけやればクリエイトぐらいならどうにかなる。」
テンペラはエルドを見た。モイラが持ってきた布をエルドにかけてマリーに頭を抑えてもらいながらクッションを置いている。
「とりあえずこれでいいかな。一応回復魔法かけとく?」
「さっき見たときは傷らしい傷もなかったけど一応お願い。」
マリーに言われてモイラはエルドを回復結界で包んだ。その後布を取り出してエルドの左右に敷く。
「今日は右と左どっちがいい?」
「じゃあ左。」
モイラは色違いのクッションを取り出してそれぞれの布の上においた。
「これで準備よし。あとは…」
モイラの視線がレイラに向かう。
「レイラさん、よければ枕用に使ってください。」
モイラがクッションを差し出しながら言う。
「あ、ありがとうございます。布は余ってないですか?」
敷き掛け用の布が無いかと聞いてみるとモイラは満面の笑みで馬車を指差す。
「レイラさんはアルデリック殿下と馬車の中ということで。」
「え!!?いや、それは…」
レイラは顔を赤くして焦る。
「どうせ殿下の裸見ちゃったんですから一緒に寝るくらい大丈夫ですよ。それに、流石に殿下も疲れてもう半分寝てますし。」
アルを見ると座ったまま眠り、頭が地面につきそうになっていた。
「アル、寝るならちゃんと寝ないと。…完全に寝てるわね。」
マリーがアルを揺さぶるが起きる様子がない。
「レイラ、アルを馬車に運んであげて。そしてあなたもそのまま寝ちゃいなさい。片付けはやっておくから。」
「マリー先輩!!?いやでも私…流石に無理です…」
そう言ってレイラは頭を下げた。レイラはマリーとモイラの舌打ちが聞こえた気がした。
深夜、人族5人は寝静まったが魔族の3人は起きてマリーが作ってくれた肴をつまみ酒を飲み交わす。
「は〜…こうやって飲むのももう終わりか…」
メテオがしみじみと言う。
「しょうがないわ。最後の宴を堪能しましょう。」
「あっはっは。宴と言うには静かだがな。」
ヒーリングの言葉にメテオは笑って答えた。その笑い声は昼間と違い小声で寂しさを含んでいた。
「あの人族は魔族と対等に戦えるのか?」
「対等…とは程遠いかもしれない。だが戦い方を教えてある。死にはしないさ。」
「は〜ん。お前もあの女神も随分とかってんな〜。クリエイトの剣を折ったのだってお前のおかげじゃねえのか?」
「もし私の、魔剣の力だとしたらそもそもお前が剣に叩きつけられたときに折れてないとおかしいだろ。」
「そういやそっか。反動返されたんだったな。」
メテオはマリーから聞いていたクリエイトとの交戦を思い出す。
「あいつが他のやつと違うのは女神の加護を受けている事だ。そのおかげで魔族を切れる能力がある。」
「女神の加護ってあれよね、女神と契約して願った相手に恩恵を与えるってやつ。戦中お互いに加護を与えあって挑んでくる女神が大量にいたわね。」
「そういう事だ。あいつの身内あたりが女神と契約したんだろうよ。流石に女神じゃないとこれ以上はわからんだろうな。」
テンペラは酒を煽り首筋を触る。
「テンペラ、その首筋の傷は消さなくていいの?」
ヒーリングが一人静かに飲んでいたテンペラに聞く。ヒーリングがエルドを担いで戻った時からその傷は気になっていた。
「お、言われてみれば傷があるな。普段なら粘土こねるみたいに傷を治すのに。確か時間が経つと戻せないんだろ?」
メテオはテンペラの首を見ながら言う。
「ああ、この傷だけは消さない。相棒が見せてくれた可能性の傷だから。」
テンペラはマリーとモイラに挟まれて少し寝苦しそうにしているエルドを見て言う。
「お、何だ相棒って。人族にほだされたか?」
「まあ…そうかもな…こういうのもいいなとは思ってしまう。あいつの魔法が不完全で、このまま魔剣に戻らなければ私は彼らと共に…まあ夢物語だ…」
テンペラは酒を煽る。その言葉にヒーリングがため息をついた。
「はぁ…確かにそうなら夢のような話ね。でもワタクシは反対かな…」
「なぜに?俺は面白いと思うけどな。」
「人族に限ったことじゃないけど、生物は異物を嫌うわ。ワタクシ達に魔族は人族にとっては未知の異物。徹底的に排除されるでしょう。それはあの子達も同じ。国外追放ならまだ御の字。最悪魔族と手を組んだとして処刑されるわ。」
ヒーリングの仮面越しの目が悲しく輝く。
「だからもしそんな事になったら…ワタクシはこの地に残るしあなた達もどこにも行かせない…モイラと離れるのは悲しいけど…それ以上に迷惑をかけたくないから…」
「泣くなヒーリング。もしもの話だ。」
ヒーリングは仮面をずらし目元を拭う。
「ええ、そうね。もしもの話。私達は魔剣に戻ってまた一緒にいられる。」
「あ〜あ、明日のために別れの言葉を考えとかねぇとだめだな〜。こういうの苦手なんだよ俺。」
空気を変えるためかメテオは明かるく言った。それにつられてふたりは微笑む。そして夜は深けていく。