16.現状の確認
「マリーはどうする?」
「私は冒険者に戻ります。これまでも月に一度は依頼をこなしていたのでCランクのままになっていますし。」
「あ~、そういえばそんなこと言ってたね。僕はこの間Dランクに復帰したばかりだよ。」
「旦那様はお忙しかったですから。これからはまた一緒に…」
マリーは少し口ごもる。
「マリー…また一緒にやってくれるの?」
「え、ええ…その為に来たのですから…」
マリーの顔が赤らむ。
「ありがとう。また、よろしくね。」
エルドはそっと、マリーの手に自分の手を重ねる。
「はい。よろしくお願いいたします。」
そんな二人を見てトーライトは一度咳払いをする。
「ところでぼっちゃまはこの一か月おひとりでどうでした?何かお変わりはありませんか。」
「そうだね…」
女神の契約の事を言おうかどうか一瞬迷ったが、二人に包み隠さずこの一か月の出来事を話した。
「なるほど、女神さまですか。まさかぼっちゃまが女神さまを見ることが出来る方だとは思いませんでした。」
「そうだね。もっとも、あの空間に行ったから見えたのか、見えるからあの空間に行けたのかは何とも言えないけどね。」
エルドはお茶を飲みながら言う。
「正直私も信仰深くはないので知らなかったのですが、女神とは何人もいるのですか?」
マリーが聞く。
「そうですね。女神さまによって司る能力が違うのでたくさんいるとは聞いています。
ですが、ぼっちゃまがお会いした守護の女神さまが言っているのが間違ってないなら、同じ能力を持った女神さまは複数いるという話は初めて聞きました。」
「へぇ。この国も建国から結構たってますけど、まだ女神に関してわからないことはあるんですね。」
リュトデリーン王国は建国より約3000年経つが、女神信仰は建国時より行われているという記録がある。
それなのにマリーが言った通り知らないことがあるというのは女神の声を聴けるものが極端に少なく、また、そのような雑談をしたものがいないという何よりの証拠なのだろう。
「僕は興味ないからどうでもいいけどね…」
マリーはエルドを見る。エルドが女神に対して信仰心が薄いどころかやや嫌悪しているのはマリーも知っている。エルドは幼いころから両親と共に女神信仰をしていただけに裏切られた気持ちが強く、嫌悪の対象になってしまっているのだとマリーは考えている。
マリーも幼少の頃より女神に祈っても何も起こらないことは痛いほど理解していた。マリーの場合は最初から信仰することさえなかったから信仰心が薄い程度で済んでいるのかもしれない。
「…家の方は問題とかは…何もないよね…」
エルドは何度か口を開き、しかし聞くのが怖くためらっていたが、意を決して聞いてくる。
「ええ。私たちがあちらを出る時は特に問題ありませんでした。ミレニア様もジェイロット様も元気に過ごされていました。」
トーライトが言う。それを聞いてエルドは安堵の息をつく。
「むしろ私たちが出る前にサンドレア様に挨拶に伺ったらなぜか驚いた顔をされていたのが印象的ですね。」
マリーが笑いながら言った。
「退職希望者リストに私たちの名前がなかったから辞めないと思ったのかもしれませんが、もともとお給金は旦那様のポケットマネーから出ていたのに何を勘違いなされていたのか理解に苦しみますね。」
マリーの毒舌にエルドは乾いた笑いしか出なかった。
確かに面倒だからエルドに支払われる毎月の給金から二人に支払う分を他の使用人の分と一緒にサンドレアに用意してもらっていた。
サンドレアが勘違いしたのはそれのせいかなとエルドは考える。
「ぼっちゃまからいただいていた額より多めに支払うからいてほしいと頼まれましたが、私たちはぼっちゃまがいなければあの家にいる意味もないので丁重にお断りしてこうして来た次第です。」
「私はともかく、トーライト様は旦那様の相談役もされていましたから、領地経営に関しての知識もございますしね。」
「あはは。当てが外れたって感じか。」
サンドレアは自分よりは優秀だから、やり方さえ間違えなければ大変だけど何とかなるだろうとエルドは思った。女神の契約のおかげで呪いは防いでいるし、失敗する心配もないだろうと。
「おや、もうこんな時間ですね。そろそろお夕飯の支度をしないといけませんが、何か食べるものはありますか?」
マリーが立ち上がりながら言う。
「いや、ほとんど外食だったから何もないよ。町の案内がてら一緒に買い物行こうか。」
エルドも立ち上がる。
「それなら私もご一緒させていただきます。ついでに知り合いのところに行って挨拶もしたいですし。」
3人は町に向かう。買い物を済ませ家に戻り、マリーの手料理と3人の新たな門出にと少し高級な酒を飲みかわしそれぞれ床に就くのであった。