15.来訪する使用人
守護の女神アレアミアとの契約の後、エルドは晴れてDランクに昇格していた。
Dランクとなったことで依頼以外で討伐したり採取したものの買取をギルドにお願いできるようになる。
ただこれは依頼ではないためどれだけ討伐や採取をしてもランク昇格にはつながらないが、金銭的には助かるシステムだ。
エルドは早速自宅の庭を魔法で耕し薬草を育て始めた。薬草は西の森から採取して一度植え替え種を作るところから始める。が、エルドの思惑はそう簡単ではなかった。
「ふむ…薬草は簡単に育てることが出来るはずなのに、植え替えた薬草がしおれていく…」
森から植え替えた薬草ははじめは青々としていたが、2日ほどで茶色くしおれていた。
「なぜだ…確か子供の時は鉢植えでも薬草を育てることが出来てたはずなのに…」
エルドは枯れてしまった薬草を引っこ抜き、庭を整地する。
「う~ん。家で育てれば納品が楽だし、ある程度安定した収入にできるのに、何が悪いんだろうか?」
腕を組みながら頭を捻っていると懐かしい声が背後から聞こえてきた。
「おやおや、ぼっちゃまが庭いじりが好きだとは初めて知りましたよ。」
振り返るとトーライトとマリーがそこにいた。
「トーライト、それにマリーも。よくここがわかったね。」
「ライナス家に寄ってきましたので、デリー様からこの場所を聞いてきました。」
トーライトはかぶっていた帽子を取りながら言う。
「なるほどね。まあ立ち話もなんだし中に入ってよ。」
そう言ってエルドは二人を招き入れる。
「長旅で疲れてるだろうからそっちの食堂で座っててよ。今お茶入れるから…」
エルドが台所に向かおうとするとトーライトが声をかける。
「ぼっちゃま、そんなことはマリーにさせてください。彼女はぼっちゃまのメイドなんですから。」
それを聞いてエルドは首をひねる。
「あれ?もう一か月たつから契約満了でしょ?」
「正確には今日までです。今日までは私もマリーもぼっちゃまの専属使用人ですから。」
「そういう事です。少し早く契約満了でも、旦那様なら笑って許してくれるといったのですが…」
ため息をつきながらマリーが言う。外套を脱ぎ、見慣れたメイド服でお茶を淹れる準備をする。どこに何が置いてあるのかはわからないためエルドに聞きながらではあるが。
「何を言うか。頂いたお給金に見合った仕事をするのが専属使用人の務め!私はぼっちゃまのお母様の代より仕えてましたから…」
トーライトのいつもの熱弁が始まったのでエルドは聞き流しながらお茶が入るのを待つ。
マリーがお茶を3人分淹れ、自分も席に着いた。エルドは早速お茶を飲む。
「ふー…やっぱりお茶はマリーが淹れてくれたものが一番おいしいね。茶葉は安物だから差し引きマイナスだけど。」
「ははは。上流家庭ではなくなったのですからそれくらいは我慢していただかないと困りますな。」
「そうだね。久しぶりに冒険者やってるけど、やっぱり食事が大変かな。町の食堂も美味しいんだけど、一味足りないというのかなんというのか。」
エルドはため息をつく。そしてチラリとマリーを見る。
「髪の色、戻したんだ。」
マリーの髪形はいつも通りきっちりとまとめられているが、色が黒から少し暗めの赤色に変わっていた。
「はい、もうメイドでもなくなるので。といっても、さすがにすぐに色が落ちるわけじゃなかったので赤く染めなおしているんですけど。完全に地毛に戻るにはまだ時間がかかりますね。」
そう言ってマリーもお茶を飲む。マリーはもともと暗めの赤毛であったがエルドが雇い入れた時に黒色に染めていた。
「ずっと赤色でもよかっただろうに。」
「さすがに赤髪赤目ではメイドとしては目立ちますから。」
魔力が高いと瞳の色が変わるように、髪の色も変わることがある。瞳か髪かどちらかが黒色以外である人はそれなりにいるが、両方とも黒色でないのはエルドの色違いの両目よりも希少であった。
瞳と髪、その両方が染まっているということはそれだけ魔力が高いということの証である。もっとも、髪に関しては染髪できるため、あまり重要視されていない。
「それもそうか。それで2人はこれからどうするの?」
カップを置き、エルドは2人を見る。
「私はもちろん、ぼっちゃまの面倒を見るのが仕事ですから。」
「だから支払える金はないって。」
エルドは苦笑する。
「もちろんそれは理解してます。実はこの町に知り合いが商売をしていて、そこで働かないかと誘われているのです。その合間にぼっちゃまのお世話をと思いまして。」
「別に世話されることもないんだけど…」
いつまでたってもぼっちゃま呼びをやめてくれない老齢紳士に嫌そうな顔で答える。
「そうですか?この家の清掃や、庭の手入れなどやれることは多々あると思いますが。」
それを聞いてエルドは固まる。たしかに今まではデリーの計らいで日雇いメイドを派遣してくれていた。それも昨日が最後であった。これからは自分でやらないといけないと憂鬱になっていたところだ。
「むぅ…いや、でも…」
「冒険者をやっているのなら数日家を空けることが今後出てくるでしょう。その時管理できるものが近くにいるほうが何かと安心ですよ。」
「く…」
「それにこれは私の善意ですから、お給金などいりません。」
「ぐう…」
「あと…」
トーライトはマリーをチラリと見た。
「まあ、私の最後の奉公だと思って受け取ってください。」
エルドはトーライトに管理人を頼むしかなかった。
「あ~…トーライトには勝てないな…」
エルドは天を仰ぎながら言う。