142.鍛冶依頼
エルドが食事を終えてもマリーとモイラはまだ食べ続けていた。
「…2人とも、まだ食べる?」
「食べるわね。」
「じゃあ私も〜。」
「そ、なら僕はバレーンの爺さんのところに行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。」
「気をつけてね〜。」
エルドは大食堂をあとにして鍛冶工房に向かった。北の前線に来てから2、3度足を運んでいるが鍛冶工房は一度外に出なければならないためとても遠く感じる。
「バレーンの爺さん、いる〜?」
やっとの事鍛冶工房に到着したエルドは扉をノックする。
「居るからさっさと入ってこんかい。」
ぶっきらぼうな物言いでバレーンの声が聞こえた。扉を開けると熱気が中から襲ってくるが事前に熱魔法で周囲の温度を下げていたエルドは意に介さず中にはいる。
「何だエルド。また司令官の無茶振りか?」
バレーンはできた武器の数を数えながら聞く。エルドがそう言われるのも無理はない。鍛冶工房に来るときはアルの追加の注文を持ってきていたのだから。
「全くあの司令官、簡単に武器を直せだ造れだ言ってくれる。10人居る職人全員フル稼働しないと手が追いつかないというのに…」
「あはは、今日は司令官の依頼じゃなくて僕個人の依頼なんだけど、忙しいみたいだしあらためるよ。」
エルドが出ていこうとするとバレーンに掴まれた。
「だからってお前さんの依頼ならちょっと興味あるな。すぐにとりかかれるかはわからないが話だけでも聞こうじゃないか。」
なんだかんだ文句言っても鍛冶馬鹿ジジイと呼ばれているバレーン。とりあえず話を聞いてどれくらいでとりかかれるかを考える職人である。
「それで何をするんだ?新しいのを造るか?それとも鍛え直しか?」
エルドは亜空間から予備武器の剣を取り出す。
「コレの刃を砥いでほしい。」
「見せてみろ。」
バレーンはエルドの剣を受け取り全体を観察してから刃を見る。
「片刃剣か。レイピアとは違い細くもなく、ブロードソードほど太くもなく。遠くの国の刀とも違うな。しかも造形がものすごくシンプル。意匠といえば剣身に線で描かれた謎の紋様と柄頭に付いた魔石…いや、これ導き石か。お前さん、ファニアール領の出身って言ってたな。」
エルドは頷く。
「さて刃は…あ〜、こりゃだいぶ丸まってるな。全然研いでないだろう。」
「そうだね。冒険者始めるときにもらったやつなんだけど、1年で魔剣テンペラを手に入れちゃったからそれからは使ってないしね。」
「ふむ…コイツを研ぐこと自体は簡単だが…なんか違和感があるな。エルド、コイツを鑑定魔法で詳細に見てもいいか?」
再び頷くエルド。バレーンは呪文を唱えて鑑定魔法を発動させる。鑑定魔法発動中は使用者は動けなくなり完全無防備になる。エルドはしばらく時間がかかりそうだと勝手にお茶を淹れて待つことにした。
どれくらい待ったかバレーンが動き出した。
「エルド、お前さん、これは誰からもらった?とんでもないぞコイツは。」
「そんなに?」
「ああ。性質はお前さんもよく分かってるだろうから割愛して製作者が凄すぎる。魔法剣を造らせたら世界一と言われたルイズの作品じゃないか。しかもルイズは晩年魔法剣しか作らなかったはずなのにこいつは魔法剣じゃない。一体誰がどういうつてで頼んだんだ?」
そう説明するバレーンの目は輝いていた。
「まあそれは秘密で。特にそんなにすごい人の作品なら尚更ね。」
バレーンは渋い顔をするが表情を緩め息を吐く。
「まあいいだろう。砥ぎ直しはすぐに取り掛かる。だがコイツは魔法剣ではないが少々面倒な魔法処理がされている。それを傷つけないようにしないといけないから完成に2、3日かかると思ってくれ。」
「そんなに早く?いいの?」
「こんなに面白いもの後回しにできるか。」
エルドは礼を言って鍛冶工房をあとにした。
エルドが帰ったあとに再び剣身を眺めるバレーン。いろいろな角度から見ていると剣身に書かれている意匠で気がついたことがあった。
「ほう、こら文字か!面白いな。えっと…える…ど…ま…りー…かな。エルドはともかくマリーてだれだ?…あ、そういえば一緒に来てた赤髪がマリーって呼ばれてたな。じゃああの子からのプレゼントか。」
バレーンは立ち上がり剣を持って作業場に入る。
「…しかしあんな子があの名匠とのツテなんかあるのか?」
今は亡き魔法剣の名匠と謳われたルイズ。少々いたずら好きな正確だったらしく晩年の作品には何かしらの仕掛けをしていたとか。