121.北の前線の砦
翌日の昼前にエルドの予想通り北の前線の砦に到着した。
砦の門番に声をかけて中に入れてもらう。そして馬車を預けるが、魔獣馬が今日も興奮していて担当者が苦労していた。
そして待たされることしばし。
「エルド先輩!マリー先輩!お久しぶりです!」
声のした方を見ると瞳と髪が黄色い女性が立っていた。
「ああ、えっと…」
エルドは困惑する。その女性の名前が出てこなかった。しかも最近ふと思い出した相手なのに。
「マリー、こちらの方は?」
エルドが名前を思い出そうとしている間にモイラがマリーに聞く。
「彼女はレイラ。私達の一年後輩よ。まさかここにいるなんて思わなかった。」
「始めまして聖女様。」
レイラはモイラに向かって一礼した。
「私の事はモイラと呼び捨てで構いませんよ。」
「いえ、聖女様に向かって呼び捨てなどできません。」
モイラは微笑みながら言うがレイラは承諾しなかった。
「相変わらずお硬いね。」
エルドが頬を掻きながら言う。
「エルド先輩こそ相変わらず人の名前を覚えられないようですね。私の名前、忘れてたでしょう。」
それを聞いてエルドは目をそらした。マリーとレイラはやっぱりかと内心で思った。
「ではまず納品からお願いします。この壁に沿って置いていってください。」
言われたとおり壁に沿ってモイラの目線の高さくらいまで積み上げながら置いていく。
「回復薬20本入りの箱を250箱。確かに納品したよ。」
「ありがとうございます。助かりました。」
普通の会話をしているが第三者から見れば異常である。三人で運んできたとはいえ亜空間から250箱も出てくるのは普通の冒険者ではありえないことだ。そのあたりはレイラも両方に色が出ているためか感覚的におかしいとは思ってない。
「ではアルデリック司令官の元に案内します。」
「司令官?アルって副司令官じゃなかったっけ?」
レイラの言葉にエルドが反応した。
「一年ほど前に司令官に昇格しました。現在私が副司令官を勤めさせていただいてます。」
なんとなく納得しない面持ちでレイラの後についていく。
しばらく歩いてとある部屋の前でレイラは足を止めた。扉には司令官室と書かれたプレートがついている。レイラは扉をノックして開ける。
「失礼します。エルド先輩方が到着しました。」
部屋に入ると奥の方に机があり誰かが座っているが、窓からの光で逆光になり顔が見えない。
「ああ、ありがとう。」
声はアルに似ている。しかし…
「どちらさまです?」
エルドは率直に聞いた。それに対してレイラは驚いた。
「あはは、やっぱ駄目か。」
男は立ち上がり光の当たらない場所に移動する。その顔はアルによく似ているが別人だった。
「何やってんだ、兄貴?」
声のした方を見るとあるが書類を持って扉の所にいた。そして部屋の中にエルド達がいるのを見て何があったか理解した。
「珍しく俺に書類を取りに行かせると思ったらまたこんなイタズラを…それにレイラまで巻き込んで。」
アルはため息をつく。
「アルデリック司令官。こちらはどなたです?兄貴って呼んでましたけど。」
エルドが口を挟んだ。
「司令官になったのも聞いたのか。まあいい。これは俺の同腹の兄、ケイラック第二王子だ。」
「ああ、第二王子ね…」
エルドは納得した。
エルドがアル、ケイラックと会話している最中、マリーはレイラの肩を叩いた。
「エルドは人の名前を覚えるのは苦手でも、顔や声はほとんど忘れないわよ。ましてや三年間ともに学園生活したアルの声は間違わないから。」
「え…あ、いや…」
「まあケイラック殿下とアルはよく似てるから私も騙されたけどね。」
レイラは肩を落とす。自分もよく二人を間違えるためエルドはどうなのかと思いケイラックの誘いに乗ったが、まさかそんな特技があったのはしらなかった。
アルが時計を見る。
「時間もちょうどいいし昼食にするか。レイラ、隣の食堂使えるように手配してくれ。六人で食べるには広いがまあいいだろう。」
レイラはうなずき部屋を出ていった。