12.守護の女神
洞窟の最奥まで来た。この場所はほかの場所に比べて気温が低い。昔のように吐いた息が白くなるほどではないが肌寒さを感じる。
ふと、地面にある穴を見る。魔剣テンペラが刺さっていた場所だ。エルドが魔剣を持ち去る前にも何人もの冒険者がこの洞窟に臨み、テンペラを抜こうとしたが、柄に触れられるものはごく僅か。柄を握ることが出来ても抜くことが出来たのはエルドだけであった。
「ここまで来たけど、特に変化はなさそうだな。依頼人の考えすぎか?」
特に変化は見られないが、時間帯などによって変わる可能性も考慮しまた改めて来ようと出口に向かおうとしてエルドは突然の浮遊感に襲われる。
足元を見ればあるはずの地面がなく、エルドは自分が穴に落ちていくのを感じた。
次に目に入ったのは青白く何もない空間。空中ではなくちゃんと地面に立っている感覚がある。
「こ、ここは…」
エルドはあたりを見渡す。
「ふぁ~…こんなところに誰か来たの?」
自分以外の声に驚き、エルドは声のした方に向く。そこにいたのは空中に漂う一人の女性。見たことのない金色の髪に黒い瞳、背中からは白い翼が生えている。
「あれ~?なんでこんなところに人間がいるの?結界が決壊しちゃった?…あはははははははははは!結界が決壊しちゃった!!あ~はははははははははは!!」
「えぇ…何一人で笑ってるの…面白くもないのに…」
女性は突然、自分で言った面白くもない言葉に馬鹿笑いする。それを聞いたエルドは一歩後ずさる。
エルドが一歩下がったのは女性の馬鹿笑いに引いただけではない。金髪に黒い瞳、そして白い翼。これが夢ではないのならば話に聞く【女神】が自分の目の前にいる。
ほとんどの人は女神を見ることが出来ない。ごくわずか、何百年に一人という割合で女神を視認し、言葉を交わせる人がいる。その人達から伝えられている姿がまさに目の前にいる女性の姿と重なる。
「あ、あんたは…女神…なのか…」
エルドの問いに、【女神】が馬鹿笑いを辞め、エルドを見る。
「そうだよ。あたしは守護の女神アレアミナ。仕事の合間にちょ~っとお昼寝してただけだよ。」
まさか自分が女神を見ることが出来る人であるとは、とエルドは考える。
「う~ん。君がここに来たのは偶然みたいだね。あたしがここに来るときに通った道がたまたま君の魔力に呼応したんだ。人間なのにすごい魔力を持っているみたいだね。」
アレアミアは浮きながらエルドの全身を眺める。
「そうか…それで僕はどうやって元の場所に戻るんだ?」
「あれ?人間ってあたし達を見るとひれ伏すものだったのに君は違うんだ。」
アレアミアは驚愕の表情を浮かべる。
「いや、別にあんたが女神だろうが何だろうが興味ないし。とりあえずさっさと帰りたいし。」
「え~。せっかく来たんだからお茶位していけばいいのに~。」
そうは言うが、こんなところでお茶などしてどうするのだとエルドは思う。
「昼寝の邪魔をしたのは悪かったよ。僕はさっさと出ていくから…」
女神を見るとエルドをじっと見据えている。
「君、呪われているね。」
突然の言葉にエルドは驚愕する。
「の、呪い!?誰に!?」
「色が薄いからわかりにくいけど、多分君のお爺さんくらいの代からのかな。個人じゃなくて一族を根絶やしにするレベルの呪いだね。
でも、お父さんの代でかなりの代償を払ったから、君の代だと死ぬレベルの物じゃないね。せいぜい家が無くなるくらい。何か心当たりはない?」
そう言われて家を追い出されたことに思い当たる。
「あぁ、その顔は大体当たっているんだ。でも安心して。君に残っている呪いはもう発動しているようだから何か起こることはないよ。まあ、まだ色が残っているから子供にその呪いが受け継がれることはあるだろうけど。」
「その呪いって解くことはできないのか?」
「ん~…出来ないこともないけど…一族レベルだと効力が弱まっててもあなたの命一つで足りるかどうか…」
それを聞いてさすがに断った。
「まあ、かけられた呪いから守ることはできるよ。」
「…」
エルドは少し戸惑う。過去何度、女神に祈り、そしてその祈りが聞き届けられなかったか。
実母の回復をどれだけ祈ったか、父と継母の安全をどれだけ祈ったか数えきれない。
「本当に…出来るのか…」
「そりゃあね。あたしは守護の女神だもの。守ることにかけては天下一品よ。」
アレアミアは胸を張りながら言う。
その言葉を聞いて、エルドの脳裏に祈りを捧げながらも死んでいった両親の顔が浮かび上がる。
「…それじゃあなんで…」




