117.閑話 顔合わせ準備
宿の部屋でモイラはマリーの髪の毛をすいていた。明日のファニアール家とのお茶会に着ていく服を選んでいた時、ふとマリーの髪の毛を見て気になってしまったためにマリーを無理やり座らせて手入れをしている。
「別にいいのに。」
マリーはゴシップ紙をよみながらモイラが気が済むようにさせている。
「せっかく長くしているんだからちゃんと手入れしないと。」
そう言いながら櫛を当てる。
「…う~ん…やっぱりこれ気になるな~。」
モイラは腕を組みながら眉を顰める。
「これって?」
「染めたところと地毛の境目。まだそんなに伸びてないけど、明らかに色が違うもの。」
「だから気にしなくていいって。別に頭頂部なんて誰も見ないわよ。」
マリーは呆れながら言うがモイラは納得してない。
「よし、ちょっと疲れるけどあれやっちゃうか。」
「あれ?」
モイラは一度洗面所に向かい、水の入ったバケツを持って戻ってきた。それを椅子に乗せてマリーの髪の毛の先端が浸るようにする。
「何する気なの?」
「あ、バケツはちゃんと綺麗なの持ってきたから安心して。」
そう言って魔剣ヒーリングを水につける。
「本当に何するのよ…」
「へへ~、回復魔法の応用。」
マリーには見えてないがモイラはうれしそうな表情で呪文の詠唱を始める。
モイラの魔力はバケツの水に流れていき、十分にたまったところでマリーの髪をくしですき始める。その間も呪文の詠唱は続けていた。
マリーは何しているのかわからずに困惑する。ただ髪の毛にモイラの魔力がまとわりつく感覚があるのは感じていた。
「よ~し、完了。」
そう言ってモイラはマリーの髪の毛をバケツから出しタオルで拭く。
「で、なにしたの?」
「えへへ、自分で見てみて。」
モイラはマリーに鏡を手渡した。鏡をのぞくと髪の毛の色が地毛の色に戻っていた。
「あら…これはすごい…」
「でしょ~。髪の毛に着いた染料を全部洗い流したからね。黒と赤との二重に塗ってたから思ったより時間かかっちゃったよ。」
マリーはまじまじと鏡をのぞき自分の髪の毛を見る。地毛の赤色なんか見たのは何年ぶりだろうか。
「あとはエルドに風魔法かけてもらいながら整えれば…あぁ!エルド呼び出されてていないんだった!!」
エルドは現在バルザに呼び出されて部屋にいない。ここのところ連絡の取れなかったアルの件らしい。
「風魔法くらいなら別にモイラも使えるでしょ?」
「こういう時に婚約者との共同作業なんてあこがれのシチュエーションじゃない…」
モイラはため息をつきながら言う。
「ああ、そういう…何かモイラって結婚に無駄に憧れがあるのね。」
「何よ無駄にって。」
モイラは頬を膨らませながら風魔法をマリーの髪に充てて乾かす。
「別に結婚なんて契約に過ぎないじゃない。結婚しようがしまいが、一緒にいるのは変わらないと思うんだけどね。」
「え~、じゃあマリーはエルドとの結婚に特にこうしたいって憧れは無いの?」
「特にないわね。」
マリーはキッパリと言う。モイラはマリーが読んでいるゴシップ紙に目を向けた。
「ここのところ読んでるゴシップ紙、結婚特集のやつばっかりだと思うんだけどそれでも?」
それを聞いてピクリと反応するマリー。
「こ、これは別に憧れとかじゃなくて…世間的にどういう感じなのか知りたくて…」
「へ~、それじゃあ何冊かしおり挟んで保管してたのは?」
「あ、あれは別に…」
マリーが口ごもる。
「はぁ…まあ、マリーに憧れがあってもなくても別にいいんだけどね。そもそもエルドがそういうのやってくれるようには見えないし。」
それに関してはマリーも同意だった。面倒に思うことはとことんやってくれないのがエルドだ。それでもギリギリやってくれそうなものをマリーは選んでそのうち話してみようと思いしおりを挟んでいた。
「よし。綺麗になった。」
モイラは風魔法を止めてマリーの髪の毛をすくのを終わらせる。
「これなら満足。」
モイラは誇らしげに言う。マリーは改めて鏡を見た。
「別にどっちでもよかったと思うけど…ありがとう。」
「お礼は第一夫人の座でもいいよ。」
モイラはふざけたように言う。マリーはその言葉に少し考え…
「それは無理かな。」
笑顔でそう答えた。