116.閑話 最初の出会い
エルド達は女神裁判所を出て宿に向かう道を歩いていた。先頭を歩いていたモイラはふと後ろを歩く2人を見る。普段は並んでも少し離れていた2人だが、今日は…いや、中央都に来てからマリーはわずかに俯きながら歩き、エルドはそれに寄り添うように隣を歩いている。
モイラが再び前を見ると分かれ道が見えてきた。片方は今歩いている大通りの道。もう片方は住宅街になっている。住宅街の方を歩けば数分だが早く宿に着くのをモイラは記憶していた。モイラはそのまま住宅街の道へ向かおうとした。
「モイラ、このまま大通りで帰るからそのまままっすぐね。」
エルドが後ろから声をかける。それに驚いてモイラは振り向いた。
「え、でもこっち通った方が少しは早いし…」
「いいからいいから。」
モイラに追いついたエルドはモイラの背を押して大通りの方に向かおうとする。しかしマリーが隣にいないことに気が付き振り向くとマリーは顔を上げて住宅街の道を見ていた。
「マリー?」
声をかけるがマリーは答えずそのまま住宅街へと入っていく。エルドはため息をつきマリーの後を追い、マリーの左側に並んだ。モイラもその後を追う。
エルドがマリーの左側にいるのも珍しかった。マリーの左、つまりはエルドは右側にマリーを置いている。利き手の関係上エルドが右、マリーが左側にいるのがお互い楽な立ち位置だと前に話してくれた。だからエルドに贈った腕輪はマリーが左腕に、モイラが右腕にはめていた。
しばらく住宅街を歩くとまた小さい分かれ道が見えてきた。そこはいわゆる下流家庭の住宅街への道だった。モイラも幼い頃は中央都に住んでいた。場所は東側の方だったが北側のこの辺は当時特に治安が悪かったために来てはいけないと両親に教えられていたなと思い出す。
2人が道の前を通りすぎた時、マリーは立ち止まりエルドは数歩前を歩いていた。しかしマリーが止まったのに気が付いて振り返る。
「マ、マリー?早く行こう…」
その時のエルドの表情は今まで見たことのない困惑顔だった。困ったことがあってもそこまでの表情は出していなかったと思う。モイラも心配になりマリーに寄り添った。
「…ここね…小さい頃私が死にかけた場所なんだ…」
マリーはかすかな声で話し始める。エルドは眉を寄せ泣きそうな表情でマリーを見ている。
「雪の降る日でおなかもすいて…もう魔力も無くなって…もういいかなって思ったんだ…」
モイラはマリーの顔を見る。その表情は硬く悲しみさえなかった。
「でもね、誰かが私にオレシアをくれたんだ。あの時は影になってその人の顔とかわからなかったんだけど、ただとても綺麗な白髪だったの。」
マリーはモイラの髪をすく。
「ねえモイラ、あの時助けてくれたのって…モイラ…かな…」
それを聞いてモイラも同じ光景を思い出す。両親が死んで親戚に引き取られる日、すでに孤児院へ送られる手はずになっていたのを知ったモイラは親戚の前から姿を消した。そして普通なら足を踏み入れないだろう下流家庭の住宅街へ足を運んだ。
その道すがらモイラは倒れていた子供を見つける。子供は薄汚れていて髪の毛も少々赤色が混じっている黒髪にしか見えないほどだった。モイラはもっていたオレシアに回復魔法を込めてその子供に食べさせた。そして近くの大人に助けてもらおうと通りを出たところで親戚に見つかってしまいそのまま連れて行かれてしまった。
「そうだったんだ…あの時の子供が…マリーだったんだ…」
モイラはマリーの顔を見て涙ぐむ。あの時助けを呼ぶことも出来ず連れて行かれてそれが心残りだった。数年後、学院に通うために戻ってきたときに色々調べたが下流家庭の子供の生死などまともにわかるはずもなくあきらめていた。それが今こうして共に居られるのが奇跡だと思った。
「そうか~…よかった…生きてたんだ…私、エルドより先にマリーに出会ってたんだ…」
モイラはマリーを抱きしめる。マリーも涙ぐみながらモイラを抱きしめた。
「ありがとう…モイラ…本当にありがとう…」
エルドが2人の様子を離れたところで見ていると、ふと別の視線を感じてそちらをみる。脇の道からマリーによく似た女性がこちらを見ていた。そしてエルドが見ているのに気が付くと一礼する。エルドはそれに驚き、マリーを呼ぶ。
「マ、マリー!」
マリーが顔を上げてエルドを見た時、先ほどまでいた女性はいなくなっていた。それにも驚いたエルドはわき道を見ながら目を見開く。
「ど、どうしたの…?」
普段見せない表情にマリーは驚き困惑する。
「あ…いや…早く戻ろう。おなかすいてきた。」
エルドは先ほど見た女性も気になったが、これ以上マリーに負担をかけたくないと口に出さなかった。
「ふふ、確かに私もおなかすいちゃった。」
マリーを抱きしめながらモイラが振り返り言う。そしてマリーの手を取って歩き始める。エルドもマリーの手を取り、3人は宿へと戻っていった。