105.女神裁判
中央都滞在9日目。
女神裁判所。それは中央都の北側にある建物内にある。そこは教会のように神聖で広い空間だった。
そこに参列するのはリュトデリーン王国国王バルザ、第一王子イニシア、五大家の各領主、女神裁判所の裁判官3名、そしてエルドとモイラだ。
すべての裁判は一度目が見に報告される。その後神託があったものは女神裁判へ、それ以外は普通の裁判へと振り分けられる。
女神の神託があって初めて開かれるのが女神裁判であり、女神の言葉は絶対でそこで言い渡された判決はどんなことをしても覆すことが出来ない。
そして女神は気まぐれにしか姿を現さず、女神裁判を行っても判決も神託によって行われる何とも不安定な裁判でもある。
現在被告人のマリーを待っている状況。エルドは落ち着かず焦っていた。今回の件はマリーに非はない。少なくともこの国の法では裁かれないものだ。しかし女神が何と言ってくるのかは予想がつかない。その為いつもなんだかんだと頼りにしている女神に連絡を取ろうとしたが全く連絡が取れないでいた。
エルドの考えでは女神アレアミアに連絡はとれても彼女の管轄外のために大したことは何もできないが、今回の件の詳細や女神裁判について女神側の視点で情報をもらえると思っていた。
それなのに情報を教えてもらうどころか全く連絡が取れないためにエルドは無表情ながら珍しく焦りを見せていた。
「被告人マリーが到着しました。」
エルドの脳内が焦りと混乱で満たされている中、宿に押し掛けた2人の使者が部屋に入ってくる。その後ろに腕輪をつけられたマリーがいた。
エルドはマリーの腕に付けられている腕輪を見る。マリーが婚約のプレゼントとして自分とお揃いにした腕輪のほかに両手に付けられているのは魔力封じの腕輪だろう。普通の裁判所でも使用される、被告人が暴れないようにするためのものだ。もっとも、普通の裁判ではその場にいる全員が魔力封じの腕輪をつけなければならないという点は違っているのだが。
マリーは使者によって部屋の中央に立たされる。エルドとモイラはマリーの背中を見る位置にいる。それ以外はマリーの正面だ。
「そろったな。ではこれより女神裁判を開廷する。」
裁判官の席でふんぞり返っていた一番偉そうな男が立ち上がりながら声を上げる。そして部屋に飾られた女神の姿をかたどった石像に向く。
「裁きの女神ユーステミス様、そのお姿を我らが前に現したまえ。」
男は床に敷かれた布に膝立ちになりひれ伏すように頭を下げた。そして同じセリフを5回繰り返す。
5回目が終わると立ち上がり中央に立たされたマリーを見る。
「ふむ、どうやら女神さまは来られないようだ。このまま少し待てば神託が降りてくるだろう。それまでしばし待つがいい。」
女神裁判はそもそも開かれることがまれで、前回開かれたのも60年以上前の話だ。その時も女神は現れなかったと記録されている。だから今回も女神は現れず、神託が降りてくるのだろうと誰もが考えていた。しかし、今回はどうやら違ったようだ。
ふと、照明の色が変わったように感じエルドは上を見る。そしてあったはずの天井が青白い空間に変わっている。そして3つの光が降りてくるのを目にした。
「おい、あれはまさか…」
その声は聞き覚えはあるが誰のものかエルドは解らなかった。その声でその場の全員が上を見て女神が降りてくるのを目撃した。
エルドは目を疑った。降りてくる3人のうち1人はよく見知った女神だった。
3人の女神は女神像の前に降り立った。そして真ん中にいる金髪に黄色い瞳の女神が声を上げた。
「裁きの女神ユーステミス。女神裁判の定めにより参上した。」
「お…おぉ…女神様…本当に来てくださった…」
偉そうな裁判官がひれ伏しながら感動のあまり声を震わせている。他の参列者も感動を覚えているのだろう、声にならない震える声を発していた。
「ふむ。女神裁判の場に降り立ったのは100年ぶりか。今回はこの件を捌いてほしいと申請があり受諾した。受諾した内容に間違いがないか読み上げる。確認せよ。」
そう言うと共に降り立った金髪に青い瞳の女神が前に出て今回の裁判のあらましを読み上げる。それはおおむね正しいものだった。ただ一点、マリーが殺したのが人間である神官総長であったという点を除いて。
「さて、これに関して間違いはないか?」
ユーステミスが見渡しながら聞いてくる。それを聞いてエルドは立ち上がる。
「女神ユーステミス。その内容に一点間違いがあるため訂正させてほしい。」
その言葉に誰もが驚愕した。間違いがあり訂正を進言するのは問題ないがそんな言い方では女神の不評を買ってしまうと思ったためだ。それに関してはエルドも言い終わってヤバいと感じた。アレアミアがいたのもあり彼女との話し方で進言してしまった。
「くくく、なるほど。これは面白い男だ。なに、話し方に関しては気にするな。別に私たちは君達より偉いわけではない。」
ユーステミスともう一人の女神がアレアミアを見ながら笑っている。
「あ、はい…すいません…えっと…まずこの国では禁呪で魔物の姿となったものに対して暴行や殺害などを行っても魔物と同等のものとみなされて罪にはなりません。そして神官総長はその時禁呪により氷虎の姿となってました。」
「ふむ。確かにこちらの調べでもそうであったな。女神裁判でも法律はその国のものを適用する。となると今回の申請は虚偽であったという事かな?」
ユーステミスは裁判官を見る。
「い、いえ…こちらの情報ではそのように伺っていたものですから…」
偉そうにしていた裁判官はうろたえる。
「なるほど。…おっと、そこにいたか国王。」
ユーステミスはあたりを見渡してバルザを見つける。
「は、現在国王を務めさせていただいておりますバルザ…」
「かしこまらなくていい。すぐに代変わりする人類の名前なんて覚える気は無い。」
バルザが立ち上がり礼をするのをユーステミスは制する。
「どうやらこの国は情報伝達が上手くいってないようだな。国王としてどうするつもりだ?」
「は、も、申し訳ございません。なぜこのようなことに至ったのか調査の後、今後このようなことがないように…」
「は~、結局それか。100年前の国王もそんなことを言ってたな。それで多少変わるかと思えば何ともまあ…」
ユーステミスはあきれたようにため息をつく。
「も、申し訳ございません…」
バルザは本当に申し訳なさそうに頭を下げている。
「ま、人類の欲望なんてそんなものってことか。今回もその欲望のせいでわざとゆがめられたようだし。それに関しては私たちの知ったことじゃない。」
ユーステミスはやれやれと首を振る。
「では、今回申請された件に関して判決を出しましょう。」
ユーステミスは一息おいた。
「被告人マリーは無罪とする。」
ユーステミスが高らかに宣言するとエルドは五大家の席を確認する。その場にいる面々はエルドも見知った人物ばかり。そして探している人物を発見した。
「なるほど。これは意外だな…」
エルドのつぶやきはモイラにしか聞こえなかった。
「それでは今回の女神裁判を閉廷します。」
女神アレアミアが宣言し3人の女神は浮き上がり来た時と同じように天井に向かって行った。エルドが顔を上げアレアミアを見るとアレアミアもエルドを見てそしてほほえみを見せてくれた気がした。