103.裁判所の呼び出し
中央都滞在八日目。その日はエルド達は宿の部屋でゆっくりとお茶を飲んでいた。エルドは手紙をたしなめ、マリーはモイラの刺しゅうを見ながら教えている。
そんなのんびりとした一時を崩したのは豪快なノック音だ。エルドは顔をしかめて扉を開ける。
「はいはい。どちら様…」
扉を開けるとキッチリとした正装に身を包んだ男女が2人立っている。護衛兼見張りの兵士は戸惑った表情をしている。
「ここにマリーという女性がいるだろう。会わせていただきたい。」
エルドの言葉を遮るように男女が無理やり入って来た。
「ちょっと、なんだあんたら。」
エルドは訝しげに言う。
「私達は女神裁判所の使者だ。大教会の神官総長ニュートス殺害の罪でマリー、あなたに出頭命令が出ている。一緒に来てもらおう。」
入って来た男性は紙を取り出し全員に見せる。それは確かに神官総長の殺害の罪でマリーを呼び出す書状だった。女性の方がマリーの手を取り無理やり立たせる。
「ちょ、ちょっと!いくらなんでもいきなり裁判は早すぎじゃないですか!!」
モイラが毅然と抗議する。
「これは裁きの女神様の神託だ。教会に携わるものならこれがどういう意味か分かるな?」
男性はモイラを睨みつけるように言う。モイラはひるんで後ずさってしまう。
「モイラ、大丈夫だから。さあ、裁判所でもどこでも連れて行きなさい。」
マリーは堂々とした振る舞いで2人の使者に言う。
「そうだ。おとなしくしていれば裁きの女神様も寛容な裁きを与えてくださる。行くぞ。」
そう言って使者はマリーを連れて部屋から出て行った。
後に残ったエルドとモイラ。扉の外では見張りの兵士が不安そうに中を覗いている。エルドは何ともないからと笑顔で扉を閉めた。
「さて、昨日陛下が言った通りになったね。」
「ね、ねえ…これからどうなるのかな…」
「なるようにしかならないでしょ。それじゃあ僕は予定通り実家に行って話してくるよ。はぁ…」
「気を付けてね。」
エルドはため息をつきながら部屋から出ていく。モイラは慰めることも出来ず見送るだけだった。
話は前日にさかのぼる。中央都在住七日目。エルド達は王家の屋敷を訪れていた。そして通された謁見室で国王バルザと第一王子のイニシアと対峙している。
「…まずは謝らせてもらいたい…私の力が及ばず申し訳ない。」
エルド達が着席して最初に口を開いたのはバルザだった。開口一番がこれでは何に対しての謝罪化が見当つかない。
「まず何のために呼ばれたのか、それを知らなければその謝罪も何のことか全くわからないですよ。」
エルドが眉をひそめながら言う。
「いや、確かにそうだな。気がせってしまっていた。」
バルザは一呼吸置いた。
「まず、この間話した五大家にある禁呪の書物関係はすべて回収した。どの家も突然の訪問で驚いていたが事情を話せば快く差し出してくれたよ。」
「まあ、そこで拒否すれば自分が関与しているって言ってるようなものですからね。快く差し出しますよ。」
少々皮肉を込めてエルドが言う。
「ははは。まあそうだな。それで内容を確認したところ、どの書物も最近開かれた痕跡はないそうだ。」
「それはうち…ファニアール家も?」
「そのようだ。まあ、ここのところ忙しいだろうし禁呪なんて見ても面白みもないものだからな。」
答えたのはイニシアだ。エルドも禁呪の書物があるのは小さい頃から知っていたが、その内容を読んだのは領主になって2年目の時だったのを思い出す。
「それで、なぜ謝罪を?それにそれだけだったら報告は兵士を使えばいいんじゃ…」
そう言うとバルザの表情が曇った。
「おそらく明日、マリー嬢に女神裁判所への出頭命令の書状が送られる。」
女神裁判所と聞いてエルド達三人の目が見開かれた。
「ちょ、ちょっと待ってください!罪状は何なのですか!?」
声を上げたのはモイラだ。
「神官総長の殺害。」
イニシアが淡々と答える。それを聞いてエルドは机をたたいた。
「ふざけるな。あの禁呪を使った時点で神官総長は人間とは認められないのがこの国の法だ。女神裁判所からそんなことを言われるいわれなんかないだろ。」
「だから…申し訳ない…まさか女神の神託があって初めて動く女神裁判所からの横やりなんか想定していなかった…」
バルザは深々と頭を下げる。イニシアは黙って目をつむっている。
「そもそもその女神の神託も本当に…」
エルドが声を荒げて言おうとした時、マリーがエルドの腕に手を乗せた。
「ねえ、この状況ってむしろこちらにとっては都合がいいんじゃない?」
「何を言ってるんだ?」
エルドは困惑しながらマリーを見る。その場の誰もがマリーに注目している。マリーは自分の考えを述べた。
「…君は本当に自分を犠牲にするよね…」
マリーの話を聞いてエルドはうなだれるように椅子に座る。
「それはあなたの方こそ。私が変なのに絡まれているといつも私を助けようとしてくれるじゃない。」
エルドの手にマリーの手が重なる。エルドは目をつむりしばらく思案する。
「…わかった…どこまでうまくいくかわからないけど、やってみよう…女神裁判という特殊な裁判だから出来る荒業だな。」
エルドは苦笑しながら言う。
「あら、いつも荒業をあなたの幸運であなたの都合のいい様にしているんだから今回もどうにかなるわよ。」
マリーの言葉にエルドは笑ってしまう。モイラは疎外感を感じたため、エルドの手に自分の手を添えていた。
「それじゃあ陛下、殿下、少しばかし力を貸してもらいます。」
エルドはこれからやることを全員に話した。