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元貴族の元天才  作者: かに茹でたろう
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出遭い?

「――い――おい、起きろ」


 荒々しく体を揺さぶられて僕は目を覚ます。そこで僕の目に入ってきたのは真っ白な空間だった。辺りを見渡しても何もない。ただそんな景色を見たらなんとなくここがどこだかわかった。


「……っ。僕は死んでしまったのか。師匠に逃がして貰ったのに……」


 僕は自分に嫌気が差してうなだれる。結局何一つ目的を達しないまま死んでしまったのか。やっぱり落ちこぼれた人間は落ちこぼれのままでしか死ぬことは出来ないのか。


「クッソっ」

「クックク……無様なものだな人間」


 不意にどこかから不快な声が聞こえた。辺りには誰もいないはずなのにと視線を巡らせるが声の主は見つからない。すると僕の目の前に亀裂が入りその隙間からドロドロとした真っ黒なものが現われた。

 いやものじゃない。それは段々と形をなしていき、頭に二本の角と背中から翼が生えた黒い人間のようになった。


「誰だよ。僕に何か用か」

「誰だよ、とは失礼だな。お前が一番知っているだろうに」

「……何を言っているんだ。僕は君みたいな真っ黒なやつは知らない」


 と言うかなんなんだこいつは。地獄の門番とか死後のお迎えにしては禍々しい。死んだ後にこんな奴に連れて行かれる所は本当にろくな場所ではなさそうだな。

 ……まあでもこんな落ちこぼれを好んで拾い上げる所なんて、そんなものしかないだろう。


「ほう……その様子だと本当に知らないのか。ふむ」


 黒い奴はそう呟くと顎に手を当てて考え込むような動作をした。じろじろと見られるのが不快で僕は投げやりに問いかけた。


「はぁ……それで何の用だ。僕を地獄に連れて行くのか? それとも天国にでも行かせてくれるのか? 用がないなら一人にさせて欲しいんだが」

「それをするのは俺の仕事じゃない。他の奴に頼むことだな」

「そうか。じゃあさっさと消えてくれ。一人で考えたいことがある」

「そうつれないことを言うな。お前にとっていい話を俺はしに来たんだぞ」


 そいつは上機嫌な声で僕に囁いた。いつの間にか僕の背後に移動して耳元に手を当てている。


「誰にも負けない力がお前は欲しいんだろう。俺が与えてやるよ」

「……」


 その囁きに僕は一瞬目を見開いた。しかし眼前に広がる真っ白な空間は僕の頭を急激に冷やした。


「そんなもの今更貰ったところで意味がない。何せ僕はもう死んでいる。 だったらもう手遅れだ」


 そう、力があったところでもう手遅れなんだ。何一つ得ることはなく全て失った、救いようのない結果で僕は終わってしまったんだ。

 しかしそいつは僕が言ったことを理解できなかったかのように首をかしげている。


「む? この話を持ちかけるよりも先にその誤解を解いておくべきだったか」

「は?」


 その言葉の真意がわからず僕が顔を上げた次の瞬間、真っ白な空間に赤い光が差し込んだ。何が起きたのかわからずに僕が呆然としていると段々僕の視界が歪んでいった。


「ちっ。お早いお迎えだな。仕方ない、今回はここまでみたいだな」

「いや、待て! どう言うことだ。僕は……」


 視界は渦を巻くように歪み、立っていられなくなった僕は鈍い衝撃と共に地面に倒れてしまった。立つことも出来ず徐々に暗くなっていく視界の中、不愉快な声が響き渡った。


「わからないのか? お前はまだ死ぬには早いって事だ」




「……うっ」


 パキパキと割れているような、はじけているような音に僕は目を覚ます。何か夢を見ていたような気がする。しかし何も思い出せない。ふと音のするほうへと目を向けると僕の目の前にはゆらゆらと火が踊っている。

 ……え? 踊ってる? いや、熱いし明るいし火ではあるんだろうけど小さい人のような形になってゆらゆらと踊っている。


「あ、起きた」


 ボソッと僕の近くでそんな声が聞こえた。声の方を向くとそこには明らかに体に合っていない大きな外套にフードをかぶった小さな子供がいた。


「えっと……君は」

「待ってて」


 そう僕に言い残すとその子は外套の裾を引きずりながら僕をおいて走ってどこかに行ってしまった。取り残された僕の近くにはゆらゆらと踊る火が。


「何なんだこの状況は……」


 何もかもがわからなくて僕はとりあえず踊る火を中心に辺りをうろうろさまよった。周りはゴツゴツとした地面だったが僕が寝ていた辺りが不自然に均されていた。そして僕の両脇には崖がそびえ立っていた。


 ……段々思い出してきた。僕はあの上から落ちたんだったな。自分の服を見るとボロボロになっていて所々赤くなっている。しかし服の裂け目からは僕の体の傷は見えないし、こうして動いていても痛みはない。


 と言うことはさっきの子が治癒魔法でもかけてくれたんだろうか? ここまで服がボロボロになっているのに傷一つ残さないほどの治癒魔法の使い手……もしもそうならものすごい有名な人なんじゃないのか。


 そんなことを考えているとパタパタと足音が聞こえてきた。


「おや。もう起きても大丈夫みたいだね」


 声の主はドレスのような紫色の服に身長ほどある大きな杖を持っていた。顔は大きな三角帽子の鍔広のせいでかげってよく見えない。隣には先ほどの子供もいた。


「えっと……はい。もしかして貴方が治療を僕におこなってくれたんですか?」

「まあ、この子と二人でやったんだ。ちゃんと動けるようになって何よりだよ」

「ありがとうございます。本当に助かりました。僕はロニーと言います」


 僕は胸に手を当てて頭を下げる。貴族が行う最高敬意の礼節だ。崖の高さを見れば間違いなく治療して貰わなければ死んでいたのだからこのくらいはしないといけない。


「これはこれはご丁寧に。私はアスカで、こっちはアダム。よろしくね」


 アスカは帽子を取って僕に顔を見せた。黒髪に黒目。ここら辺では見ない色だ、なんてことがすぐにどうでもよくなるほど、整ったその顔立ちに固まってしまった。


「……綺麗だ」


 僕はあまりにも自然に出てしまった言葉に目を丸くした。アスカは一瞬目を丸くしてとても嬉しそうにニヤニヤしている。


「おや、お礼よりも先に口説かれるとは。君さては遊び人だな」

「違っ……今のは別にそういう意味じゃない! その~あれだえっと…」


 ちくしょう! 上手く言葉が出てこない! こんなこと今までに言ったことなかったのにどうしたんだ僕!

 慌てふためく僕を相変わらずニヤニヤしてアスカは眺めている。その視線で僕は焦ってさらに混乱する。


「ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだ」


 たしなめられるように謝られた。くそうそんなに年は離れていないだろう女の子に弄ばれた……


「ぐ……はぁ。まあどんなつもりでももう良いよ。ところで君たちは何でこんな所にいるんだ?」

「ん? そうだね~すぐ近くの街に寄ろうと思ってね」


 ん? 近くに街?


「この近くに街があるんですか!?」

「へ?」


 アスカの素っ頓狂な声と近すぎる顔に僕はハッとした。思わずアスカに詰め寄ってしまっていたみたいだ。僕がそれに気づいた瞬間何故か僕は空を仰いでいた。


「へ?」


 今度は僕が素っ頓狂な声を上げて、地面に叩き付けられた。


「ぐはっ!」

「アスカから離れて」


 鈍い衝撃の後、僕の上からアダムの声が聞こえた。ボソボソと喋っているから相変わらず聞き取りずらい。じゃなくて


「何をする!」


 睨み付けた僕の視線を全く相手にしていないかのようにブカブカのフードの中から冷たい視線が浴びせられた。


「アスカから離れて欲しかったから」

「だからっていきなり地面に叩き付けるな!」

「叩き付けてない。投げただけ」

「いや、それ同じ事だから」

「ねえアスカ本題は?」

「いや聞けよ!!」


 僕の抗議なんてなかったかのように変わらない調子でアダムはアスカの方を向く。


「あははは……ごめんね。ちょっとアダムは男の人が苦手みたいで」


 ちょっと苦手なくらいでふつう投げ飛ばすか? なんて言ってやりたかったがそれよりもアスカが右手に持っているものに僕は気を取られてしまった。

 一見ただのぼろぼろの袋だ。しかしそれは――


「それ、どこに落ちてたんだ」


 僕はその袋を指さしてアスカをにらみつける。間違いかもしれないが、それは僕にとって命の恩人の所有物だ。いくら治療をしてもらったからと言ってそれを渡すわけにはいかない。最悪奪い返してでも、と睨んでみたもののアスカはそれを歯牙にもかけない様子で涼しげな顔をしている。


「ああ、これ? 君が落ちてきたところの近くに落ちてたんだけど」

「返せ」


 つい、語気が荒くなってしまう。さすがにアスカもそんな様子の僕を見てきょとんとしている。すると次の瞬間、どこからかとんでもない圧が僕に押し寄せてきた。


「なっ!!」


 体が震えて全くいうことを聞かない。まるで国を亡ぼすとされた魔物を前にしているかのようだ。かろうじて圧を感じる方向に顔を向けるとそこにいたのはアダムだった。


「コラコラ、アダム。そんな睨んじゃうと相手が動けなくなっちゃうでしょ。殺気を向けられただけなのに反応しすぎだよ」


 そんなアダムにアスカは何事もなかったかのように声をかけた。

 悪夢を見ているんだろうか……これだけの圧の中動けるのか? もしこいつらが『魔法の袋』を僕から奪うつもりなら、僕に勝ち目なんて万に一つもないじゃないか。


「ん。わかった。おさえる」


 アダムはアスカの言葉に素直に従い、一気に周りの空気が弛緩する。僕は力なく地面に手をついた。それと同時に酷く汗をかいていることに気づいた。

 ……僕はここで殺されるんだろうか。師匠に二度も救って貰った命をこんなところで捨ててしまうのか? そんなの……そんなことは認められない!


「ダメだよアダム。下手したら弱い人が死んじゃうんだから」

「……えせ」

「ん? ロニーなんか言った?」


 飄々と僕に聞き返してきたアスカに苛立って僕は全力で力の能力を解放する。


「返せって言ったんだ!! それは師匠のもので僕が師匠に返すまでは誰にも渡せないんだよ!!」


 勝ち目なんてないことはわかっているだからって師匠に貰ったものを簡単に渡すようじゃ前の僕と何一つ変わっていない。なら僕は、勝てなくてもどうにかして一撃入れてやらないと死ねない!


「おお~力の能力か~。久しぶりに見たね」


 アスカはわざとらしく驚いて見せた。それだけの実力差が僕とあると確信しているから出来るのだろう。明らかに挑発されている。なら僕は挑発に乗るべきではないんだろう。だからこそ僕は正面からつっこんだ。


「はああああ!!」

「力任せに突進じゃあ私に通用しないよ」


 そんなことはわかりきっている。でも僕にはこれしかない。


「火よ!!」

「おや、魔法も使えるんだね」


 アスカはそう言ったがこれが通用するものだと思っていないのだろう。余裕を感じさせる声音で火の球を待ち構えている。そう余裕ぶってくれて本当に助かる。


「水よ!!」

「……他属性使いか。珍しいね」


 ここに来て、少しアスカの声音が変わった。しかしまだ余裕ぶっていて欲しい。火の球と水の球は一直線にアスカに向かっていく。


「だけど、この程度の魔法じゃ私には届かないよ」


 アスカは僕に向けて手を掲げる。よかった。その動きで。


「火よ戻れ」


 火の球は逆行して僕の方へと向かってくる。


「ん? 何がしたい……」


 次の瞬間、水の球と接触した火の球によって僕の目の前が真っ白に染まる。


「目隠しか、」

「そういうことだ!」


 小細工にしてもあまりにもお粗末な、まるで未完成なものだ。だがこれが今僕にできる最適解。力任せに飛び上がった僕はアスカの真上から力を拳に集中させてを振り下ろす。が――


「私に触れるにはもう少し工夫が必要かな~」


 いつの間にか僕は仰向けになって首元に刀を突き出されていた。



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