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元貴族の元天才  作者: かに茹でたろう
3/5

再戦

「い、いや師匠。いくら何でも早すぎなんじゃありませんか?」


 僕は半月ほど前の敗北を思い出して縋るような思いで師匠に尋ねた。そんな僕の思いもむなしく、師匠は何言ってんだ? とでも言いたそうな顔をして僕を見るだけだった。

 確かにここ数日、以前よりも良い動きができはじめたと思う。師匠の攻撃を避けながら魔法を発動させることも何度か成功したし、力を練った状態で拳をかすらせることもできた。


 まあ魔法に関しては発動しただけで師匠にかすることもなく、威力に関してはもし師匠に当たったとしてもダメージはなさそうに思えた。

 だからこそ成長したという実感こそあれどワーフに勝てるほどではないと思った。もちろんワーフと師匠が同等だなんて思っていないがあの時感じた圧倒的なまでのスピードと攻撃力に敵う気がしなかったからだ。


「も、もしかして師匠を怒らせることでもしてしまったのでしょうか……」


 恐る恐る聞く僕にピクッと眉を動かして師匠はまっすぐ僕を見た。


「何言ってんだ。そんなわけねえだろ。早いうちにもう一回勝てなくてもワーフと戦うことに意味があるんだよ」

「……と言いますと?」

「例えば龍種みたいな強力な魔物に村を滅ぼされ、運良く一人だけ生き残ったやつがいるとする。

 そういう奴らを百人集めるとそのうちの半分はその魔物を見ただけで塞ぎ込んで何を話しかけてもダメになっちまう。

 正し、早いうちにもう一回その魔物と戦うと不思議とそういうことはなくなるらしい。まあ昔ギルド内で聞いた冒険者の知恵だな。

 だからこそお前にもう一度このタイミングでワーフと戦って貰う」


 なるほどと思った。そういうことなら僕も覚悟を決めないといけない。

 僕の頭の中には今にも食い殺そうと襲いかかってきたワーフが鮮明に蘇ってくる。むき出しの殺意にまた震えそうになる。

 怖い。だけど逃げるわけにはいかない。ここで立ち止まってしまったらもう強くなれない気がしたから。


「わかりました。やります……いえ、やらせてください」


 震えそうになる手を握りしめてまっすぐ師匠を見る。その顔は嬉しそうで白い歯をギラギラと輝かせていた。




「さてと、っと……まあここら辺で良いだろう」


 鍛錬の拠点にしている場所から少し離れた見通しのよい開けた草原で師匠は足を止めた。森の中のような薄暗さはなく少し太陽の光が眩しい。


「師匠なんで移動したんですか? 別にワーフならいつもの拠点でもどこからともなく現れると思うんですが」

「ん? まあこれが終わったら街に出ようと思ってな」

「街ですか!!」

「うお! 何でそんなにはしゃいでるんだよ」

「いやいやだって街ですよ街。はぁ……これでようやく美味しいご飯が食べれる」

「何だよ。ここ数日の飯が美味くなかったみたいな言い方しやがって」

「い、いえそんなことは……」


 師匠にジトッと睨まれてハッとして否定する。だが実際師匠の料理は料理とは言えない代物だった。基本的に出てくる物は魔物の肉のみ。魔物の肉は固く、そして味が絶望的にまずい。しかも味付けは師匠が目分量で適当に振りかけた塩のみ。そんな料理を食べていたら元貴族の僕は結構良いものを食べていたんだなとようやく実感できた。

 そんなわけで師匠の目も忘れて僕は大喜びしてしまったのだ。


「と、ところで何故街に出るんでしょうか?」


 ばつの悪さを感じて僕は無理矢理話題を変える。


「はぁ……まあ良いけどよ。行く目的はロニーの冒険者登録だ。これからは実践で鍛えていくべきだと俺は思う」

「実践ですか。何故実践にする必要が?」

「お前が文無しのニートだからだ」

「ぐはっ!!」


 た、確かにそう言われてしまっては返す言葉なんて何一つない。事実、家を追い出されて金はわずかしかないし働き口も見つけていない。


「現実は辛いですね……」

「何言ってんだ自業自得だろ?」

「さてはさっきの根に持ってますね! そうなんですね!」


 師匠が言葉の暴力を振るってくる。やはりさっきの失言に怒っていらっしゃった……。まあ良いけどよとは何だったのか。


「何はともあれそんなお前に初仕事だ。ギルドに行けば冒険者登録してるやつが討伐した魔物の素材の買い取りだとか解体を請け負ってくれるからな。そのついでといっては何だが俺も稼いどこうと思ってな」


 ついでに稼ぐ? いやいや何を言っているんだ師匠は。


「あんなにお金を持っているのにまだ稼ぐんですか? そんな必要ないくらい持ってるじゃないですか」

「お前なぁ……冒険者なんて危険な仕事してるといつ体の一部がなくなってもおかしくないんだぞ。そんなときに蓄えがなければ待っているのは餓死だ。まあよくて奴隷落ちしちまう。だからその考えは今すぐ捨てろ」

「な、なるほど」


 鍛錬中にも見せるような真剣な表情で諭されこの先、僕もそんな生活をするのかと考えると少し身震いした。

 そんな僕を見て師匠は少し表情を緩める。


「どうだ、冒険者なんてやりたくなくなったか?」

「それは……」


 確かに体の一部がなくなるなんていやだ。師匠はあえて言わなかったんだろうがもちろん死んでしまう可能性もある。そんな状況についこの間、遭ってしまった僕には十分に理解している。

 でも、それでも、


「僕は強くなりたいんです。この先誰にも負けないくらい強くなりたいです」


 僕の気持ちは変わらない。もし戦って死んでしまうならそれでいい。僕は一回死んだような物なんだ。師匠に助けて貰わなければ今生きていられなかった。だったら師匠に少しでも恩返しをしたい。だから僕は強くなる。いつか師匠を超えられるほどに。


 師匠は僕の言葉に白い歯をギラギラ輝かせて満足げに笑顔を作った。


「よし! ならばまずこの戦いを生き抜いて見せろ!」


 そう言い終えると師匠は地面に向かって何かを投げつけた。そのものからは独特の緑色の煙が立ちこめて風に乗って森の中に入っていった。


「師匠これは何ですか?」

「これは魔物をおびき寄せるための餌香(じこう)というものだ。これを撒けばある程度魔物がよってくる。お、早速一匹来たみたいだぞ」


 師匠の視線の先ではガサガサと雑草が揺れ動いている。


「ガアアアア!」


 そうしてまず現われた黒い毛を逆立てたワーフだった。


「……っ」


 ワーフの咆吼に体が竦む。むき出しになったワーフの牙にぞわっと全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。


「何緊張してんだ。さっきの威勢はどこいったんだよ」


 その声と共に師匠に背中を叩かれてハッとする。


「大丈夫だ。お前は間違いなく強くなった。今は自信を持って戦え。まずやることはわかるな?」

「はい!」


 ワーフに向き直り僕は体内の魔力を循環させる。それだけで体が温かくなり、こわばっていた体は徐々に和らいで力が溢れてくる。

 未完成だけど確実に僕の物になり始めている。そんな実感が持ててワーフを前にしていることも忘れて頬が緩んでしまった。


「――っおっと」


 気づいたときには目の前に氷の矢が飛んできていた。


「でも師匠の拳の比じゃない」


 師匠とあれから毎日組み手をした僕には簡単に見切れる速さだった。力を練ったことで簡単に体も動く。

 空を切った氷の矢は僕の背後で高い音を立てて砕けた。


「グルルル……」

「やっぱりワーフは慎重だな。でもそんなんじゃ師匠の鍛錬にはついていけない」


 足を止めたら、攻撃を止めたら師匠の拳が降ってくるそんな訓練をしていた僕にとってその慎重さは狙ってくれといってるようにしか見えなかった。


「燃えろ」


 それは火の初級魔法。だけどちょっとばかり師匠との鍛錬のおかげで性能が上がった。以前のままじゃ師匠に当たることすら叶わなかったでも今は、


「ガァ……っ!」


 ワーフは避けるがしかしその速度に間に合わず空中で体勢を崩す。それは見逃してはいけない隙だ。


「これで決める!」


 下半身に力を送りワーフに飛びかかる。ワーフを確実に捕捉して右腕に力を回す。


「これでも喰らえ!」

「ガアアアア!」


 力の全てを送った右腕にワーフはなすすべなく吹き飛ばされていく。そして地面に叩き付けられたワーフはピクリとも動くことはなかった。


「……」


 一秒、二秒とワーフを見つめる。やはりワーフが動くことはない。


「…………ッ!!」


 段々目の前の光景に現実味が出てくる。あそこまで追い詰められたワーフに僕は勝ったんだ……っ!


「師匠やりました……よ?」


 そう師匠に報告しようと後ろを振り返ると、


「え、えっとその後ろにある山は一体……」

「ん? ああこれはなちょっと餌香撒く量間違えたらしくて大量に魔物がよってきてな。まあ良い稼ぎどころだと思って狩っておいた」

「あ、あの一瞬で、ですか?」

「一瞬? まー一瞬といえば一瞬かもな」

「へ、へぇ~……」


 なんだかここまで実力の差を見せつけられているとワーフ一体倒したくらいで喜んでいる自分が恥ずかしくなってくるな……

 俯いている僕の頭に不意に手が置かれた。


「そう下を向くな。やっとワーフが倒せるまでに成長したんだ。これでお前も冒険者になれるくらいには力が付いただろ」

「師匠……」


 大きな師匠の手で荒々しくなでられるだけで僕の陰鬱な気持ちは吹き飛ばされた。

 こんなことしてもらうのはいつぶりだろうか。幼少期に天才だともてはやされていたとき以来だろうか。もう十五歳なのに、大人なのにこんなことをされるのは子供っぽくて照れくさいがやっぱり嬉しいものだな。


「よし。じゃあ早速街に行って冒険者登録をしようか。早くロニーを文無しのニートから解放してやらないとな」

「う……そ、そうですね。ちゃんと冒険者として稼いでいつか……」

「いつか? なんだ?」

「いえ何でもありません! さあ早く街に行きましょう!」


 ごまかすように僕は歩き出す。いつか師匠に恩返しできるように。



「それで師匠。街はどこにあるんですか?」


 大量の魔物の死骸を魔法の袋に詰めるというなかなかの重労働を終えた後僕はふと師匠にそう尋ねた。


「知らん」

「ええ……知らんって」


 貴方が知らなかったらたどり着かないじゃないですか。第一僕はここがどこなのかよくわかってないですし。


「まあ待て。こういうときのために魔法の袋がある」


 そう言って師匠はごそごそと魔法の袋を漁ると一つの羅針盤を出した。


「羅針盤ですか? でもある方角を知らないとそれは役に立たないのでは……」

「いやいやこれは普通の羅針盤じゃない。思念の羅針盤って言ってな念じた物のある方向を指してくれるんだ。今回はとりあえず近くの街だな」


 師匠がそう言うと羅針盤の針がぐるぐる回り北東を指した。


「よし、じゃあこっちに行くぞ」

「は、はい。にしてもこんなに便利な物があるんですね」

「まあな。何でも有名な魔術師がこしらえた物らしい。一個金貨五十枚だ」

「金貨五十枚!?」


 嘘だろ! そんなのそれ一個でそれなりにいい家が建つじゃないか!


「何でも初めは俺みたいな一般人が持つことも禁止されていたくらい国が独占したがったらしい。何でもこれがあるだけで隣国に有利を取れるみたいだったからな」

「な、なるほど……」


 確かに何がどこにあるかわかるという物は強力だ。例えば敵の軍の魔術師を探してそこをまず叩いたりすれば後はこちらが圧倒的に魔法で有利を取れるのだから。


「ん? 妙だな」

「なにがですか?」

「ほら前見ろ」


 そう師匠に言われて視線を前に向けるとそこには蜥蜴がいた。いや正確には蜥蜴型の魔物メラだろうか。ワーフよりも少し小柄なしかしその実力はワーフに勝るすばしっこい魔物だ。だけど、


「寝ているんですかね? ひっくり返って仰向けになってますけど……」

「……いや長年俺はこいつを狩ってきたがこんな態勢で寝ることはまずない。寝たふりみたいなわなは仕掛けない魔物のはずなんだが」

「じゃあもう死んでいるんですかね」

「うむ……」


 少しの間茂みからメラノ様子をうかがっていたが結果としてこのメラは死んでいた。正しどこにも外傷は無く戦ったような痕跡も近くにはなかった。


「魔物が自然に死ぬなんて事あるんですね」

「……まあないことはないんだがこんな死骸を見るのは初めてだな」

「へ~師匠でも始めてみるような物なんですね」

「まあ、な」


 ひとまずメラノ死骸を魔法の袋に入れて僕たちはまた街に向かって歩き始めた。メラの死骸はギルドに渡して死因を調べて貰うらしい。


「妙なことが起こる物ですね」

「まあこういうことは冒険者をやってれば何回か出くわすだろう。あんまり気にせず深く追わず街に帰るのがこの場合正解だ」

「覚えておきます」


 人は病気で死んだりするがそれは魔物も同じなんだろうか? そんなことを考えながら師匠の後ろを付いていくと不意に師匠が立ち止まった。


「? どうしたんです?」

「まただ」

「またって何が……」


 師匠の目線の先には先ほどのメラと同じように横たわってピクリとも動かないワーフの亡骸があった。


「流石におかしいな」

「ですね……」


 師匠と鍛錬している間魔物が外傷なく死んでいる様は見たことがなかった。ましてや師匠が狩りに行くときに僕も必ずついて行っていたがそんなものは見たことがなかった。


「こういうのは関わらない方が良いんだが……」


 チラッと羅針盤を見て師匠はため息を吐く。


「この通り街はこの方角だしな……」

「少し回り道をした方が良いんじゃないですか?」

「うむ。そうするか」


 そういうわけで僕たちは少し回り道をして街に向かった。そのおかげか最後にワーフの亡骸を見てから一時間ほどは何も異変はなかった。

 しかし一時間後、僕たちは出会ってしまった。得体の知れない魔物の死骸を生み出した原因に。


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