師匠と鍛錬
ヴァル・ガンテは庶民の生まれだった。裕福とは言えない家庭だったようで幼い頃から鉱山に入って鉱物の運搬をする仕事をしなくてはいけなかったようだ。
ヴァルは準男爵の息子と庶民の娘に出来た子だった。故に裕福だった頃の環境を知っている父には度々謝られることがあったそうだ。
『ごめんな。俺が親の反対を押し切って駆け落ちしたばっかりにこんな生活を強いてしまって』
そう言われても幼いヴァルにとってはこの生活が当たり前のものであり、何故謝られているのかその時はわからずそう言われるたびに頭を傾げた。
ある日、ヴァルはいつものように仕事の為に山に登ると町にいつもよりも人が多く集まっていることに気づいた。周りの仕事仲間から聞く限り今日はこの鉱山に長年住み続けていた魔物を追い払ってくれた英雄が来ているらしい。
ヴァルの住んでいる町は鉱業によって成り立っていた。そこに鉱物を食料とする石蝗虫と言う直翅目に分類される牛ほどの大きさの魔物……まあつまりはバッタ型の魔物が鉱山に居座ってしまったである。
厄介なことに石蝗虫は町のギルドに依頼を出してもその町の冒険者では歯が立たず、鉱工を食料を奪う敵と認識して襲いかかるような凶暴性を持っていた。
その上、町の収入が鉱業で成り立つほどの鉱山には多くの金属と魔力を濃縮して出来た石である魔石が埋蔵されていたこともありその鉱山は石蝗虫を強化するのに最適な場所だったのだ。なぜなら石蝗虫は食べた鉱石によってその体の硬度を変化させることが可能だからだ。
長年鉱物にばかり頼ってきたせいでその町での食料自給率は一割にも満ず、そのほかの食料などの物資は他の町との交易に頼りっきりであった。
だからこそ採掘を止めればこの町は飢餓に苦しむことになってしまうのは明白だった。背に腹は代えられないと鉱工達は命の危険を冒して鉱山に入った。
当然石蝗虫を警戒するため作業の効率は落ち、死者も毎年のように出た。ついには町から離れてしまう人も出始め数十年経った頃には町の人口が半分まで減ってしまった。
始めは事態を軽く見ていた領主だったがそこでようやく重たい腰を上げて魔物の討伐に大金をかけて近隣の町に依頼を出した。
そうして駆けつけたのが今町の人々に囲まれている英雄なんだそうだ。
ゆらゆらと揺れる焚き火を眺めながら地べたに腰掛けて僕は師匠の話を聞いていた。
「じゃあ師匠はその英雄に憧れて冒険者を目指したのですか?」
「いや。むしろ俺はそいつに冒険者になる才能がないって言われたな」
「え?」
僕は驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまった。ああも簡単にワーフを倒した師匠に才能がなかっただって?
目を白黒させている僕にヴァルはあっけらかんと言った。
「だって俺、魔法が使えないからな」
「……あ、あははは。師匠も面白いことをおっしゃるのですね。流石に学のない僕でもそれが嘘だと言うことはわかりますよ。
だって冒険者になるには最低一属性の魔法が使えないと魔物に太刀打ちできないと言われているらしいじゃないですか。あ、もしかして僕を驚かせようと使える魔法を隠しているんですね。
そうですよね?」
僕がまだ落ちぶれる前、教師の話を真剣に聞いていた頃、確かにそういった話を聞いたことがある。
僕はそれが当たり前だと思っていたし冒険者は依頼者から依頼を受けて仕事をするわけだからいくら極悪非道な依頼者でもそんな人間に依頼を出すとは思えなかった。
常識的に考えてそれが無駄であることは目に見えているはずだから。
「お前を驚かせよ~とか考えてねえよ。本当、マジ、ガチだ」
恐らく僕の元父上と同じくらい、つまり五十代後半であろうおっさんが無理に若者言葉を使って僕をジトッとした目で睨んだ。
そんな目に恐怖を感じるよりも事実だったという驚きで僕はいっぱいいっぱいだった。
「まあ当時は魔法が使えない冒険者は俺だけだったけどな。今じゃあ俺みたいに魔法を使えないやつは沢山冒険者にいるぞ。それと俺よりも強いやつもな」
と言うわけで常識を塗り替えられ、世界の広さに恐れ戦いた僕はその次の日から本格的に師匠に稽古を付けて貰うこととなった。
「そうはいってもロニー、お前まだ足の怪我が治ってないよな。だからまずは力を練る感覚と常に精神を安定させた状態を身につけることから始める」
こうして始まったのはあぐらをかいて座って瞑目し、自らの体内で力を練る稽古だった。そしてこれは精神を安定させていないと出来ないことらしい。
これを僕は足の怪我が治るまでやることとなった。師匠は詳しい方法は語らず僕にそのやり方を見いだして欲しいようで、曰く、
「知識であれ、力であれ他人から貰った物では物にすることは出来ない」
と言うことらしい。その言葉に感激した僕は素直に従い三日が過ぎた頃、足の怪我は初級とは言え光の魔法を毎日かけていたことにより完治していた。そしてこの鍛錬で僕は思った。
……はっきり言って抽象的すぎて全くわからない。
師匠の言葉はもっともだと感激し盲目的になっていたが原理も何も説明されていない物がわかるものかと、落ちこぼれの僕にそこまでの能力はないとようやく思い出した。
だが僕と一緒に師匠が力を練っているのを見ていると、師匠の体内に何かが渦巻いて力が増大しているのはわかった。
まあわかったからと言って真似できるかは全く別問題であり、僕は師匠から出された最初の課題をクリア出来そうにないことに少し焦りを感じていた。
そのことを知っているのであろう師匠は足の治った僕に、
「よし。今日から本格的に鍛錬に入る。まずはお互いに制限なしで組手をしようか」
「え? 誰と誰で組手をするのですか?」
「何言ってんだロニー、ここにはお前と俺しかいねえだろ」
「な、な、な何言ってるんですか師匠! いくら僕が無能だからってここで殺すつもりですか!?」
酷い! いくらなんでもあんまりだ!! と文句を言おうとした僕に師匠は至って真面目な顔で答えた。
「いやいやお前そんなわけないだろ。ただ単に今のロニーの実力だったり癖を把握しておきたいだけだ。だいたい、俺はお前がワーフにボコられてるところしか見たことがないしな」
「あ、あはは……そうでしたよね……」
三日前の苦々しい記憶が蘇り顔を引き攣らせた。そんな僕に構うことなく力を練るのを止めて、師匠は立ち上がる。
「ま、そういう訳だ。とりあえず初めの方は俺からは攻撃しない。ただ隙があったら容赦しないからな」
「……は、はい」
師匠の言葉に震えながら僕も何とかして立ち上がる。力の差は歴然で勝てる見込みなどないのは百も承知だ。それでも強くなるためと信じて僕は師匠に挑んだ。
「凍れ」
初手は僕が放った水の初級魔法だった。師匠と僕との間で僕が有利なのは魔法が使えるという点だけだ。だからこそ魔法でどうにか一撃でも食らわせられないかと考えた。
だがそんな僕が思いつくようなことは師匠もわかっていたのだろう。
「氷の矢か。生成速度はそれなりに速いが俺の真正面から放つのなら全くと言っていいほど速度がないな」
半ば、近くにいる虫を追い払うかのように軽く、僕の魔法を一歩も動くことなく払いのけて見せた。いくら師匠でも当たれば傷くらいは付くかと思って放ったが結果は無傷だった。
わかりきっていたことだったが師匠に勝っている要素が誤差程度であったことに僕は苦笑いを浮かべる。
なら、師匠が反応できないほど近くで魔法を放ってやる、と僕は師匠との距離を詰める。しかし師匠の攻撃を食らえば間違いなく僕の負けになるだろう。あの頭の砕けたワーフのようにはなりたくない。なので僕は師匠の手の届かない範囲で攻撃を仕掛ける。
「燃えろ」
師匠の側面に回って僕は火の初級魔法を放った。こぶし大の大きさの火球が師匠の頭めがけて飛んでいく。
「ワーフと戦ったときの俺の動き見てなかったのか?」
「え?」
そう僕が口にしたときには既に勝負は決していた。僕の放った火球をものともせずに師匠はあっさりと回避して僕の目の前に立っていた。そして僕がそれを認識するとフワッと体が浮き、いつの間にか痛みもなく地面仰向けになって倒れていた。
「ま、参りました」
「まあワーフみたいに自分の体を俺の手の届く範囲に近づけなかったのは良い判断だが、そもそも身体能力的に劣ってるロニーは俺と距離を取っていないと勝ち目はないぞ」
そうは言っても魔法が通用していなかったんだからもうどうしようもなかっただろう。始めの距離でも簡単に防がれてしまったのだし。当然のことながら距離が空けば空くほど威力も速度も減衰してしまう。
そんなことをそれを見ながら考える。今のままじゃあ全く勝てる気が……というか傷を付けることすら出来ないという無力感が僕を襲う。
「まあとりあえずなんとなくわかった。何がダメかというと全てダメなんだな」
「うぐ……まあ実際そうですから何も言えない……」
至って真面目そうに呟く師匠の言葉に僕はげんなりとする。あまりの実力のなさに呆れられてしまっただろうか? そう怖くなってしまったが師匠の目は僕を見下すような目には変わっていることはなかった。真剣に何かを考えているようだった。
「ところでロニー。魔法は一日どのくらい使えるんだ?」
「調子が良い日で十回ですね。普段だと七回ぐらいが限界です」
「そうか」
師匠は腕を組んで少し考えると考えが纏まったのか、よし! と言って僕に顔を向けた。
「じゃあまずはお前に体力を付けさせる。方法としてはこれからお前に俺が攻撃を仕掛ける。それを限界まで避け続けろ。よし、それじゃあ行くぞ!」
「いやまだ何も言って――うわあ!」
僕の返事を待つことなく師匠は僕に殴りかかってきた。非力な僕の三倍くらいの太さがありそうな腕が僕の体を掠める。
「相手の動きを予測しながら体力も付ける! どうだ! なかなか効率の良い鍛錬だろう」
「いや良いかもしれないですけどっ! いきなりすぎますよ!」
「なこと言ったって魔物はいつ現れるかわからないぞ。魔物に文句言ったって食い殺されるだけだ」
「いや、師匠は人間でしょうが!」
そして全くとして魔法の使用回数を聞いてきたいとがわからない。というか考えている暇もないほどにギリギリ避けれる速度で師匠は拳を放ってくる。
「ほぉ……まだしゃべれる余裕があるのか。遠慮しすぎたなもう少し激しくするぞ」
「え!?」
楽しそうに師匠は口を歪めると一つ段階を上げたように攻撃の間隔を段々狭めていった。攻撃の密度が高まることで僕に残っていた余裕がほとんどなくなる。
このままでは直ぐに師匠の攻撃を食らってしまう。ここは距離を取らないと。そう思って僕は師匠から距離を取ろうとするが、
「おいおいそんな楽させると思うか?」
「グッ!」
一歩引いたはずの僕に向かってまるで師匠の腕が伸びるようにして僕に向かってくる。しかし回避不可能ではない。体勢を崩しつつも僕は当たったら骨折では済まなさそうな拳を避ける。
「ガハハハ! 距離を取れると思うな。避け続けて集中力を切らすな。隙があったら攻撃してこい。俺が倒れたらこれの鍛錬は終わりにしてやる。さあ、攻撃してきな!」
そんなことできっこないとわかってて師匠は豪快に笑い、僕がギリギリ避けれる攻撃を続ける。文句の一つでも言いたいが口を開いたらそれが致命的な隙になりかねない。
僕はむちゃくちゃだと思いながら師匠の攻撃がやむまでのおよそ一時間、必死に避け続けるのだった。
「よし! この鍛錬はここで終わりだ。ちゃんと休憩しろよ」
「は、はぃ……」
あれほど攻撃を繰り出していたのに師匠には疲れている様子は微塵もなかった。というか息一つ乱れていない。改めて師匠の化け物さ加減を思い知らされた気がする。
師匠から渡された壺に入っている水を飲みながら僕はそんなことを考える。ちなみにこれも師匠の『魔法の袋』の中から出てきた物だ。
『魔法の袋』の体積の数十倍はあろうかという壺が『魔法の袋』から出てくる光景は未だそのちぐはぐさに驚いてしまうことがある。
「ていうか師匠なんで壺に水なんて入れてるんですか? 瓶とかは持ってないんですか?」
「ああそれは一応家から贈られてきたやつでな。俺はこういうやつだからどっかにおいて飾ろうとかも思わないしもらい物だから売るのもなと思って瓶の代わりに使ってるんだよ。
てか坊ちゃんは知らないだろうがそれは今じゃあ芸術品みたいな扱いをされているが、元々は水とか運ぶ物だったんだぜ」
「そうなんですか。あれ? でも師匠の実家って鉱業で成り立ってるんじゃないですか?」
「いやいや流石にあの事件の後は英雄の助言もあって他のことにも手を付けてたんだよ。陶芸はそのうちの一つだけどな。おかげで以前より町は豊かになって生活も安定した。まさに英雄様々ってとこだな」
なるほど。確かに町の英雄として尊敬されるだけのことはある。魔物を駆除してくれただけでなく町の生活そのものを安定させてくれたのだから。
しかし、なかなか珍しい人物だな。冒険者と言えば戦いばかりに興味があるような人間ばかりだと思っていたが……
「さて、どうも喋る余裕が出てきたみたいだしさっさと鍛錬に戻るぞ」
「あ、はい」
立ち上がった師匠に続いて僕も立ち上がる。
「次は前からやってた力を練る鍛錬だ。まあ感覚を掴むまでこれは継続的に続けるしかない。まあまずは俺を見ていろ」
そう言うなり師匠は力を練りだした。僕の視覚的には、練るよりも混ぜる、回るというのが適切なように見える。
しばらくその状態を保ち師匠は力を練ることを止めた。
「で、次にだが説明していなかった、力を練ることでの威力の変化を見せる。どこかよさげな物は……まあここら辺の木で良いか。見てろよ」
師匠が手を当てた木から僕が離れるのを見て師匠は右手を絞るように体に引きつけ構えを取る。
「ハッ!」
気合いの入ったかけ声と共に放たれた師匠の右手は鈍い音と共に、木に円形のくぼみを作った。そして殴った師匠の手からは少し血が出ている。
「何も使わなかった場合の俺の全力はこんなもんだ」
「いやこんなもんって……僕と師匠で手を繋いでも幹を囲えないような木をへこませただけでもとんでもない威力じゃないですか」
「何言ってんだ。冒険者の間じゃあ、このくらい出来て当然なんだよ。こんなんで驚いてちゃあいつまで経っても強くなれないぞ」
あきれ顔で師匠のパンチを褒める僕を師匠はそう一蹴した。そして僕の中で冒険者の常識が変わった。
手加減してこの程度の物が出来ないと冒険者になる資格すらないのか。冒険者というと野蛮な見た目であることから力は強そうだったがこれまでとは。
少しばかり冒険者の評価が僕の中で上がった。
さて、冒険者というとこの世界で最もなりやすい職業である。身分年齢性別種族問わず冒険者登録ができ、僕みたいな学なし、資格、身分、金なしがまず手を付ける職業である。
はてさて、僕も師匠から自立できるようになったら……というかある程度実力が付いたらなるべきなんだろうか?
授業料すら払わずにこのまま僕を育ててくれるとは思いがたい。師匠は自分のためだからと言っていたが、いつか僕が堕落したり成長が止まってしまったら……というか今も成長はしていないが、そのうち見捨てられることになるのではないだろうか。
そうなったら僕はもう終わりだ。ある程度の実力が付いていれば直ぐに冒険者を始めても生きていけるだろう。
しかし今のままでは最悪野垂れ死んでしまう。よくて奴隷だろう。いくら何でもそんな仕打ちはあんまりだ。
「お~い。ロニ~。疲れたのか?」
「え? ああ、いえ少し考え事を」
「そうか。まあそれは後にしろ。とりあえずこれを見てから考えな」
師匠は先ほどのへこみの付いた木の隣にある、ほぼ同じ大きさの木に左の手のひらをピタッとくっつけていた。そして次の瞬間、師匠は力を練り上げて構えを取る。
「ハッ!」
そうして練り上げられた力で右手を放たれた木は師匠の殴った部分だけが虫食いのようになくなって木の向こう側が見えていた。対して殴った方の師匠の手は、いつの間にか先ほどの傷も癒えて何事もなかったかのように傷一つない綺麗な状態になっていた。
「まあこんな感じで力を練って攻撃すると防御にも使えるし、もちろん威力も上がる。だからこそ俺は真っ先にお前にこれが使えるようになってほしい」
「なるほど」
「じゃあまずは力を練るところからやってみな」
怪我している状態で出来る鍛錬でこれをやらせたのはそのためだったのかと今更ながら僕は納得した。
だがまだどうすればそれが出来るのかわからない。師匠が力を練っているときの力の流れが見えている分どうしたら良いのかはわかっているのに感覚が掴めないのがもどかしい。
何故見えているのに出来ないんだろうか。見えているならば僕にだって出来るはずなんじゃないのか。
……ん? 見えているのはなんなんだ? それは力の流れだがじゃあ何が流れているんだ? 力と言えば筋肉? いやそんなものを流していたら流形魔じゃあるまいし間違いなく体が損傷するだろう。
じゃあ他に何が僕の中に力としてあるんだ? 直ぐに思いつくのは魔力だ。魔力なら体内で回しても特に影響はない……のか?
なんとなく内臓とかにダメージが入りそうだ。うーん。
いや自分一人で考えずに師匠に聞けば良いじゃないか。
「師匠、力を練るとは何を動かしているのでしょうか」
「なにをっていわれると……俺にはわからん。ずっと感覚でやってきたからな」
わぉ~師匠は天才であられる。原理を理解しないままでここまでの威力を出すとは……そして答えはわからずじまいか。ふむ……いまいち魔力を体内で回すのは不安だがやってみるか。
「じゃあ師匠少しやってみますね。暴走したら止めていただけますか?」
「お、感覚掴んだのか?」
「いえ、あくまで実験なので」
「そうか! じゃあ安心してやれ。暴走したら一発で落としてやるから」
それは落とすと書いて気絶と読むのでは……? いや師匠は止めてくれるみたいなんだけど、止める方法が何かわからない。痛いのはいやだ。
まあ冒険者になったらそんなこと言ってられないんだけど……
「じゃあ行きます!」
「おう」
体内にある魔力をとりあえず心臓に集めてそこから体を一周させるようにぐるぐると回す。少なくとも師匠がやっているのはそういう風に見えたのでとりあえず見よう見まねでやってみる。
「う~ん?」
威勢よく初めてのはいいのだが全く効果がわからない。ぐるぐる回し続けているが力が強くなったかというと……違うのか?
と始めはそんなことを思っていたがしばらくすると体が温まってきた。
合ってたのか? そう思って師匠のように木を前にして構えを取る。
「はあっ!」
振り抜いた右手にガツンとした衝撃、そしてピリピリとしびれるような痛みを感じる。
失敗したか? と思い右手を離すと木がわずかにへこんでいた。
チラッと師匠を見ると腕を組んでうんうんと頷いている。
「よくやったロニー! 威力はまだまだだが力を練る感覚は掴めたようだな!」
「はい……はい!」
師匠にそう言われて僕はようやく成功したんだという実感が湧いてきた。うれしさに僕は右手に少し残った痛みも忘れて力強く拳を作った。
ようやく成長することが出来た。この三日間何も起こらないことに不安を感じていたがやっと、やっと努力して成果を得られることが出来た。
胸の中に抱えていたおもりがストンと落ちて心なしか体が軽くなったような気分になる。
これは何だろう? じわじわとこみ上げてくる感覚に僕は一つ思い当たる物を見つけた。多分これがいろんな人が口にしていた達成感というものなんだろう。
頬が緩むのを抑えきれない。にまにまとし続けていると師匠から声がかかった。
「安心するのはまだ早いぞ! これを常に戦闘中は展開できるようにするんだ。何よりまだまだ威力が足りん!」
そんな師匠の言に僕は緩みきった頬を慌てて引き締める。
「はい! 師匠! これからも精進します!」
「ガハハハ! 良い返事だ」
こうして僕は一歩、踏み出すことが出来た。いまさらか、と同級生には言われるだろう。この程度かと蔑まれるかもしれない。だがそれでもいつか追いつける……いや追い越せると信じて僕は鍛錬を続けた。
朝起きて『魔法の袋』の中にある食材を食べ、鍛錬し、師匠が魔物を捕まえて丸焼きにして昼飯にする。それが食べ終わったらまた鍛錬し、また師匠が捕ってきた獲物を食べて鍛錬して寝る。
そんな生活を十日ほど過ごした。
「よし、ロニー。ワーフと戦え」
「え?」
再戦は思ったよりも早かった。